『メインストーリー』③
着替えを終えた父上が食堂へ到着すると、食卓には朝食が並べられていた。
数種類のパンに、バターやジャム、はちみつなどのスプレッド。
ベーコンやハム、オムレツなど、様々な料理が所狭しと並んでいる。
父上以外の席には、ケーキまで用意されていた。
今日も料理長は素晴らしい仕事をしてくれたようだ。
食べきれないほどの量ではあるが、余った料理は使用人たちが分け合って食べるため、残ることはほとんどない。
市井では、このような食事は滅多に口にできないと、平民出身のメイドから聞いたことがある。
実際にどのような食事なのか教えてもらったが、本当に質素なものだった。
贅沢な暮らしをさせてもらっている分、力を持つ我々が有事の際には立ち上がり、国の平和を守らなければならない。
それが貴族の責務なのだから。
全員が満足するまで料理を堪能すると、余った料理は使用人たちによって厨房へ運ばれていった。
最後は、リスのようにケーキを頬いっぱいに詰め込んでいるティアナを、皆で微笑ましく眺めた。
ティアナは食事の時だけ静かになる。
口が小さいため、一度にたくさん食べられないからだ。
私たちに遅れまいと一生懸命口を動かしている姿は、絵画へ残したいほど愛らしかった。
「さて、私はそろそろ登城しなくては。」
紅茶を飲み終えた父上が、名残惜しそうに席を立つ。
「あら、もうそんな時間ですのね。旦那様、お気をつけて。」
母上も立ち上がり、父上のマントを整えた。
これも毎朝の光景である。
「うむ。しばらく忙しくなる。食事はしばらく三人で済ませてくれ。」
「えぇ~! お父様がいないとやだぁ!!」
ティアナが不満そうに父上へ訴えた。
その姿を見て、全員が苦笑する。
私も寂しく感じていたが、自分以上に悲しんでいる人間がいると、不思議と冷静になるものだ。
父上はティアナの傍まで歩み寄ると、
「すまない。王様に大切なお願い事をされてしまったんだ。」
そう言って、優しく頭を撫でた。
「「あ……。」」
父上を除く全員が同時に固まる。
一拍置いて最初に動いたのはティアナだった。
「お父様が髪の毛さわったあああああああ!」
――やってしまった。
ティアナは毎朝、着替えを終えるとメイドに三十分近くかけて髪を整えてもらっている。
どうやら最近の我が家のお姫様は、髪型へのこだわりが並々ならぬものらしい。
つい先日も、頭を撫でようとした母上、私、メイドが全員轟沈したばかりである。
しかし、騎士団の仕事で忙しい父上は、そのことをご存じなかったのだろう。
うっかりティアナの髪へ触れてしまい、今に至る。
「びええええええええ!!」
「ティ、ティアナ……悪かった……泣き止んでくれないか……?」
憧れの父上が狼狽える姿を見るのは、少々複雑な気分だった。
しかし、この家で最も強い立場にいるのは、身分ではなく精神的な意味でティアナなのである。
悪戯をして叱られているのならともかく、今回は何も悪いことをしていない。
誰も注意することができなかった。
「旦那様、もう出ないと間に合わなくなります……。」
母上は額へ手を当て、小さくため息をつく。
「ま、待ってくれ! まだティアナが……。」
「はいはい、坊ちゃま様。お嬢様は我々が何とかしますので。」
「爺や、昔の呼び方が出ているぞ!」
爺やは苦笑しながら父上の背中を押した。
「びええええええええええええん!!」
泣き叫ぶ妹。
爺やに押されながら屋敷を後にする父上。
そして、それを静かに見守る私。
私の人生で、今日が最も慌ただしい朝になりそうだ。
「今日はどこかへお出掛けしましょうか。」
母上は、いつまでもぐずり続けるティアナへ優しく声を掛けた。
ティアナの頭がぴくりと揺れる。
分かりやすい。
「まぁ、それは良いですね、『オリヴィア』様!」
メイド長も大袈裟に声を上げた。
「ティアナはどこへ行きたい?」
「お出掛け……?」
涙で溢れそうな瞳が私たちを見上げる。
何度かぱちぱちと瞬きをしたあと、
「ピクニックしたい!」
まだ涙の残る瞳を大きく輝かせ、いつもの笑顔でそう答えた。
その一言を聞くと、世話係のメイドだけを残し、他のメイドたちは慣れた様子で食堂を後にする。
「ではお嬢様、ピクニックの準備をいたしましょう。」
「うんっ!」
ティアナはメイドたちに連れられ、自室へ戻っていった。
王都の外へ出るのなら、私も準備をしなくては。
「私も着替えてきます。クレス、準備ができたら玄関まで来るように。」
「はい、母上。失礼いたします。」
母上へ一礼すると、私は食堂を後にした。
途中、近くにいた騎士へ訓練所に置いてある私の大剣を玄関まで運ぶよう頼み、そのまま自室へ戻る。
部屋で動きやすい服へ着替えさせてもらいながら、行き先を考えた。
この時期にピクニックへ行くなら、西方の魔法都市方面にある湖畔だろう。
景色も美しく、気候もちょうど良い。
ティアナもお気に入りの場所である。
しかし、あの周辺では稀にゴブリンなどの凶悪なモンスターが出現することもある。
護衛の騎士も同行するため心配はないと思うが、念のためレザーメイルとグローブも身に着けることにした。
これで私の準備は完了だ。
料理長は、まだピクニック用の弁当を作っている頃だろう。
女性陣の身支度にも時間が掛かる。
母上もティアナも、まだ準備の途中のはずだ。
出発までは、まだ少し時間がありそうである。
「ふむ、馬車の様子でも見に行くか。」
そう呟き、私は部屋を出て、馬車が停められている玄関前へ向かった。




