『メインストーリー』②
訓練を始めて一時間ほど経った頃だろうか。
額から流れた汗が頬を伝い、床へ落ちる。
何度目か分からない大剣を振り下ろしたところで、隣にいた父上が動きを止めた。
「クレス、そろそろ終わりにして朝食にしよう。『ティアナ』もそろそろ起きてくるはずだ。」
「はい、父上!」
私も大剣を下ろし、大きく息を吐いた。
言われてみれば、もうそんな時間か。
訓練へ集中していると、どうしても時間が経つのを忘れてしまう。
確かに、そろそろメイドたちが浴室の湯を沸かして待機している頃だ。
それに朝食へ遅れれば、ティアナがへそを曲げるかもしれない。
あの子は家族揃っての食事を楽しみにしているからな。
父上と共に大剣を片付けると、待機していたメイドからタオルを受け取った。
「ありがとう。」
体中の汗を拭き取りながら、父上と一緒に訓練所を後にする。
朝から一時間も大剣を振り続けたせいで、腕には心地良い疲労が残っていた。
今日も良い訓練ができた。
この疲労も、いつか父上へ追いつくための一歩だと思えば悪くない。
そのまま浴室へ向かうと、予想した通り既に準備が整っていた。
温かい湯気が漂う浴室へ入る。
メイドたちに訓練着を脱がされ、汗に濡れた体を丁寧に洗われた。
腕、背中、足と順番に汚れを落としてもらう。
一時間の訓練で流した汗が綺麗に洗い流されていく感覚は心地良い。
最後に大きなバスタオルで全身の水気を拭き取られた。
「ふぅ。」
汗も綺麗に落ちて気持ちいい。
先ほどまで感じていた疲労まで少し軽くなった気がする。
メイドから手渡された下着を受け取り、自分で身に着ける。
その間に別のメイドが着替えを準備していた。
下着を身に着け終えたところで、服を持ってきたメイドと目が合う。
――あ、さっきの若いメイドだ。
朝、私が感謝を伝えた時に小さくガッツポーズをしていた子。
あの後、やはりメイド長の雷が落ちたのだろう。
今はきちんと仕事用の作り笑いを浮かべているものの、元気がないのは一目で分かった。
肩も僅かに落ちている。
そんな顔をしていたら、またメイド長に叱られるぞ。
仕事中は感情を顔に出さない。それがメイド長の教えなのだから。
今日はしっかり反省してくれ。
……今度、お菓子を持って行ってあげるから。
もちろん、メイド長には内緒だ。
私がそんなことを考えているとは知らず、若いメイドはいつも通り丁寧に服を差し出してくる。
下着を着け終えると、今度はメイドたちに服を着せてもらった。
襟元を整え、服に皺がないことまで確認してくれる。
仕上げに髪をタオルでよく拭かれると、濡れていた金髪が少しずつ乾いていった。
髪へ指を通したメイドが十分に乾いたことを確認する。
これで朝食の準備は完了だ。
浴室を出て、屋敷二階にある食堂へ向かう。
長い廊下を進んでいくと、食堂の扉の前には見慣れた人物が待っていた。
「おはよう、爺や。」
「おはようございます、坊ちゃま。」
執事の爺やと挨拶を交わす。
爺やはいつもの穏やかな表情で一礼すると、静かに食堂の扉へ手を掛けた。
「どうぞ、お入りください。」
「うむ。」
開かれた扉を通り、食堂へ入る。
すると、既に食卓へ着いていた母上とティアナが揃ってこちらを見た。
「あ、お兄様!」
私の姿を見つけた瞬間、ティアナの大きな青い瞳が歓喜に揺れる。
そして次の瞬間には、足の届かない椅子からぴょんと飛び降りていた。
「ティアナ。」
名前を呼ぶ間にも、こちらへ向かって一直線に駆けてくる。
青いリボンで結ばれた美しいブロンドのツインテールが、走るたびに大きく上下していた。
まるで嬉しそうに尻尾を振っているようだ。
勢いよく飛び込んでくるティアナを、このまま受け止めても鍛えている私には何の問題もない。
しかし、万が一にもティアナへ怪我をさせるわけにはいかなかった。
私はしっかり足を踏ん張りながら両腕を広げる。
飛び込んできた勢いを優しく受け流しながら、小さな体をしっかりと受け止めた。
「おはようございます、お兄様!」
腕の中へすっぽりと収まったティアナが、嬉しそうに私を見上げている。
「おはよう、ティアナ。」
私も笑顔で返事をする。
するとティアナの表情が、さらに明るくなった。
ぱぁっと花が咲くような笑顔。
それを見ているだけで、先ほどまでの訓練の疲れまで吹き飛んでいくようだ。
うん。うちの妹は世界一可愛い。
これは兄としての贔屓目ではない。間違いなく世界一だ。
「おはよう、クレス。……ティアナ、淑女らしくないわよ。」
「おはようございます、母上。」
母上へ挨拶を返す。
母上は困ったように笑いながら、私に抱きついたままのティアナを見ていた。
口では注意しているが、本気で叱っているわけではない。
声にも表情にも厳しさはなく、むしろ微笑ましそうに見守っている。
まだまだティアナを甘えさせるつもりなのだろう。
もっとも、それは私も同じなので口に出すつもりはない。
「お母さま、ごめんなさい。」
当のティアナは素直に謝った。
しかし、私の腕から離れる様子はない。
まったく反省していなかった。
返事だけは良い。
「ティアナ。」
母上がもう一度名前を呼ぶ。
「はい、お母さま。」
今度も返事だけは完璧だった。
それもまた、ティアナの可愛いところなのだ。




