『メインストーリー』①
謎の侯爵家令息の登場です。
ここから少しの間、アイラ視点を離れて物語が進みます。
彼とその家族に何が起こるのか、見守っていただければと思います。
◇
空が明るみ、朝日が差し込み始めた頃。
私はいつものベッドで目を覚ました。
小さく欠伸をしながらゆっくりと起き上がり、呼び鈴を鳴らす。
間もなく数人のメイドが部屋を訪れ、揃って一礼した。
「おはよう。」
「おはようございます、お坊ちゃま。」
私の言葉を待っていたメイド達が顔を上げた。
「訓練の準備をするので手伝ってくれ。」
「承知いたしました。」
メイドたちは手際よく私の訓練着を用意する。
一人が寝間着を脱がせ、もう一人は訓練着を手にして隣へ控える。
その間にも、別のメイドが水やタオルを準備してくれていた。
私は彼女たちに手伝われるまま、用意された訓練着へ袖を通す。
「どこか違和感はございますか?」
「いや、大丈夫だ。」
手足を軽く動かして着心地を確かめ、手伝ってくれたメイドへ微笑みかける。
「こちらをどうぞ。」
差し出された小さなコップを受け取り、中の水を飲み干した。
適量で冷たすぎず、温すぎない。
相変わらず、良い仕事をしてくれる。
「失礼いたします。」
「うむ。――わぷっ。」
わずかに水気を含んだタオルで顔や首回り、耳の裏まで丁寧に拭かれた。
顔に何かが触れる感触に思わず声が出てしまった。
侯爵家の令息として、恥じるべき失態であろう。
次からは気を引き締めねば。
「お坊ちゃま、整いました。」
メイドたちは私から離れると、一列に並んで一礼し、言葉を待っている。
「うむ。今日も見事な手際であった。皆の者、感謝する。」
そう告げて部屋の扉を開ける。
……感謝を伝えた時、一番若いメイドが小さくガッツポーズをしたように見えた。
いや、きっと気のせいだろう。
大丈夫だ。
私は何も見ていない。
だからメイド長、その怒った時だけ見せる顔はやめてくれ。
私は逃げるように長い廊下を進み、訓練場へ向かった。
メイド長は仕事中、顔に感情が出ないように努めている。
しかし長く当家に使えており、私の乳母まで務めてくれた人だ。
私には、わずかな変化でも分かってしまう。
真面目なメイド長は、主人の前でガッツポーズをすることなど絶対に許さない。
この後は間違いなく雷が落ちるだろう。
あの若いメイドの無事を祈るばかりである。
訓練所の扉を開けると、父上が体を解していた。
「おはよう、『クレス』。」
「おはようございます。父上。」
父上はゾディアック王国騎士団、第二部隊長『カシウス・グローザ』。
私が誰よりも尊敬する人だ。
短い金髪に青い目、長身で鍛えられた肉体。
親子だけあって、よく似ていると周囲は揃えて口にする。
いつかこの人のようになりたい。
そして乗り越えたい。
それが私の夢だ。
父上の隣で十分ほど体を解したところで、私は父上へ声を掛ける。
「お待たせしました、父上!」
「うむ。」
既に準備を終えていた父上は、私が終わるまで待っていてくださっていた。
多くを語る方ではないが、こうした気遣いができるところも、私が尊敬している理由の一つだ。
父上はグローザ侯爵家に伝わるの大剣を手に取り、静かに構える。
私も専用の大剣を手に取り、父上の隣へ並んで構えた。
そして同時に、大剣を振り下ろす。
ビュンッ、と風を切る音だけが、何度も訓練所へ響いた。
やはり父上は凄い。
大剣を振り下ろしても、体はまったく揺れていない。
常に一定の軌道を描き、寸分違わぬ太刀筋を繰り返している。
そのうえ息は乱れず、疲労した様子も微塵も感じさせない。
どれほど修練を積めば、この領域へ辿り着けるのか。
私には想像もつかなかった。
今は必死に大剣を振り下ろす。
息が切れても、太刀筋がぶれても、腕だけは止めない。
少しでも正確に、美しい直線を描けるようになるために。
憧れの背中へ、少しでも早く追いつくために。




