疑心暗鬼⑬
その後も私たちは、周囲の様子を調べながら歩き回った。
倒木の根元を確認したり、地面に残された痕跡を調べたり。
そうしているうちに、もう一つ奇妙なことに気付いた。
「……あれ?」
私は足を止めた。
何だか、周囲の魔力が薄くなっているような気がする。
先ほどまで、この森には独特の濃い魔力が漂っていた。
魔物が次々と現れるのも納得できるほど、異様な気配が満ちていたのだ。
ところが、今はそれが急速に失われつつある。
倒れた木々の周辺から、魔力が一気に抜けていくような感覚だった。
まるで、居場所を失った魔力が行き場をなくし、そのまま霧散しているかのようだ。
私はしばらくその変化を観察していた。
「これ、何かから生命力を吸うタイプの呪いを感じるわね。」
シルフが不思議そうに周囲を見渡しながら言った。
「生命力を吸う?」
私は彼女の言葉を繰り返した。
生命力を吸い取る呪い。
森全体に広がっていた異様な魔力。
そして、倒しても倒しても現れ続ける魔物たち。
その三つが頭の中で結び付いた瞬間、忘れていた記憶が一気に蘇ってきた。
「……あっ!?」
思わず大きな声が出た。
「どうしたの、何か思い出した?」
ドライアドが私の顔を覗き込んできた。
「うん! 思い出した!」
そうだった。どうして今まで忘れていたんだろう。
前世のネームレスオンラインにおけるデーモンフォレストには、特殊なギミックが存在していた。
それは森の中にいるプレイヤーが受けたダメージを魔力へと変換し、新たなモンスターを出現させるというものだった。
つまり、プレイヤーがダメージを受ければ受けるほど、森の中にモンスターが増えていく仕組みだ。
そして増えたモンスターからさらにダメージを受ければ、また新しいモンスターが現れる。
その繰り返し。
……ああ、なるほどね。
これなら、どれだけ魔物を倒しても一向に数が減らなかった理由が説明できる。
今回の討伐隊には、この森の攻略に必要な実力を持っていない人たちが大勢参加していた。
彼らは魔物と遭遇するたびに傷を負い、何度も回復魔法で治療を受けながら進んでいた。
だけど、その行動こそが森のギミックを動かし続ける原因になっていたのだ。
一体倒すために何人もの討伐隊員が負傷する。
そのダメージを利用して新しい魔物が現れる。
そして、新しく現れた魔物がさらに討伐隊員たちを傷付ける。
これじゃあ、いつまで経っても終わるわけがない。
むしろ、戦えば戦うほど状況が悪化していた可能性すらある。
「そういうことだったのかぁ。」
私は思わず天を仰いだ。
いや、これは本当に忘れてた。
何しろ、前世のゲームではほとんど意味のないギミックだったんだから。
デーモンフォレストに挑戦するプレイヤーは、基本的に適正レベルへ到達していたし、装備も十分に整えている人が多かった。
だから普通に攻略している限り、敵から大きなダメージを受けることなんて滅多になかったのだ。
そもそもダメージを受けなければギミックそのものが発動しない。
そんな仕組みがあったことすら知らずに攻略を終えたプレイヤーだって、きっと大勢いただろう。
私自身も、存在を知っているだけで意識したことなんてほとんどなかった。
だから、すっかり記憶から抜け落ちていたんだね。
……いやはや、まさかこんなところで影響が出るとは。
私は思い出した内容を二人へ説明した。
すると、シルフは何とも言えない呆れ顔になってしまった。
「じゃあ、森を吹き飛ばしたのは正解ってこと?」
「そうなるね。」
私は素直に頷いた。
結果的には、森そのものを破壊したことで、魔物を生み出していた仕組みまで壊せた可能性が高い。
少なくとも先ほどまで満ちていた魔力が急速に失われているのは確かだ。
それに、実力の足りない討伐隊員たちも撤退を始めている。
これなら、これ以上ギミックが動き続けることもないだろう。
……まぁ、随分と乱暴な解決方法だったけど。
「私の完璧な作戦。褒めて。」
ドライアドが突然、得意満面の顔で両手を前に差し出してきた。
どうやら、最初に森を吹き飛ばそうと提案したことを褒めてほしいらしい。
確かに結果としては正解だったけど、あれは攻略方法が分からないから全部吹き飛ばそうっていう、相当な力技だったよね?
そんな作戦を完璧と言い切ってしまうのは、どうなんだろう。
私は思わず頭を抱えたくなった。
だけど、目の前ではドライアドが期待に満ちた表情でこちらを見つめている。
……うん、可愛い。
まぁ、今回は実際に役立ってくれたんだし、褒めてあげても良いかな。
私は小さく笑うと、彼女の頭へ手を伸ばした。
「良い子良い子。」
優しく頭を撫でてあげると、ドライアドは嬉しそうに目を細めた。
「えへへ。」
何とも満足そうな顔だった。
その様子を見ていたシルフが少し呆れたように肩を竦めている。
まぁ、これくらいは良いでしょう。
それよりも、問題はここからだ。
私は改めて周囲を見渡した。
実力の伴わない討伐隊員たちは、既に森から逃げ始めている。
そして、森の大部分が破壊されたことで、生命力を吸い取る仕組みも機能しなくなったように見える。
少なくとも、先ほどまでのように魔物が際限なく現れる状況は収まったはずだ。
だったら次に起こることは大体想像がつく。
こういうギミックを持つ場所では、仕組みを突破した後にボスが現れることが多い。
前世のゲームでも、そういう演出は珍しくなかった。
森に満ちていた魔力が一か所へ集まって巨大な魔物が現れたり、隠されていた敵が姿を現したり。
そういった展開があってもおかしくないはずだ。
だけど……。
「何も出てこないね。」
私は周囲を見渡しながら呟いた。
隕石が落ちてから、既に少し時間が経っている。
それなのに、ボスらしき存在が姿を現す気配は一向にない。
むしろ、森は先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
魔物の鳴き声も聞こえず、魔力の流れも弱くなっている。
何だか、逆に不気味なんだけど。
「もしかして、ギミック無視して地形ごと吹き飛ばしたから、イベントそのものが無くなった的な?」
私は思わずそんなことを口にしてしまった。
いやいや、ゲームじゃないんだから。
そんな都合の良い話があるわけないでしょう。
……と、言い切れないのが怖いところだ。
何しろ、この世界には前世のゲームと共通する仕組みが数多く存在している。
もしボスの出現条件が森のギミックと結び付いていたのなら、その仕組みを丸ごと破壊したことで何かが変わってしまった可能性だってある。
それに、そもそもボスが出現する場所まで吹き飛ばしてしまったのかもしれない。
だとしたら、もう現れることはないのかな。
……うーん。
考えれば考えるほど分からなくなってきた。
私は近くにあった倒木へ腰を下ろすと、しばらく周囲の様子を観察することにした。
これからどうするべきか。
もう少し調査を続けるべきなのか、それとも一度引き返した方が良いのか。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「ここが、さっき隕石が落ちてきた場所か。」
聞き覚えのある声が響いた。
私は顔を上げた。
そこには、周囲を警戒しながら歩いてくるクレスの姿があった。
どうやら、最前線にいた部隊がようやく現場へ到着したらしい。
「調査をするぞ、急げ!」
別の方向からも、討伐隊員たちの声が聞こえてきた。
精鋭部隊の人たちが次々と現れ、周囲の状況を確認し始めている。
彼らは大きく抉れた地面や散乱した倒木を見回しながら、何が起こったのか調べようとしていた。
まぁ、当然だよね。
目の前で森の七割が消し飛んだんだから、調査しないわけにはいかないだろう。
そして、さらに少し遅れて姿を現したのはマリスだった。
「ふむ。」
彼は短く呟くと、周囲をゆっくりと見渡した。
他の討伐隊員たちが驚きや戸惑いを隠せずにいる中、マリスだけは妙に落ち着いている。
まるで、目の前の光景を一つずつ確かめているようだった。
……ああ、やっぱり来たか。
できれば、もう少し静かなうちに調べておきたかったんだけど。
私は倒木に腰掛けたまま、次々と集まってくる討伐隊員たちを眺めた。
もちろん、《HidePC》を使用している私たちの姿は見えていない。
だから、すぐ近くを人が通り過ぎても、こちらに気付く様子はなかった。
それでも、これだけ大勢の人が集まってくれば、落ち着いて調査を続けるのは難しそうだ。
周囲では次々と指示が飛び交い、調査を始める人たちの声が響いている。
先ほどまで静まり返っていた隕石の落下地点は、あっという間に騒然とした空気に包まれてしまった。
私はその様子を眺めながら、小さくため息をついた。




