疑心暗鬼⑪
前世で読んだ異世界転生ものなんかでは、主人公と同じような能力を持った転生者が登場する展開なんて鉄板だった。
主人公だけが特別だと思っていたら、実は同じような力を持った相手が現れる。
そして、能力の相性や知識の差によって苦戦を強いられる。
そんな話を何度も読んだ覚えがある。
もちろん、ここは物語の世界じゃない。
だから、そんな都合の良い展開が本当に起こるとは限らないけど。
それでも、私という前例が存在している以上、似たような存在が絶対にいないと決め付けるのは危険だろう。
可能性を考えておくことと、実際に存在すると決め付けることは別の話だ。
いつだって最悪の事態を想定しておく。
それくらい慎重な方が、きっと長生きできると思う。
「そんなことよりも、私の見立てではこれより先に人はいないと思うんだけど、どうかな?」
私は話題を切り替えると、森の奥へ視線を向けた。
マリスやクレスたちよりも先へ進めるような部隊がいるとは考えにくい。
もちろん、私の知らない実力者が参加している可能性もある。
だからこそ、二人にも確認しておきたかった。
「あたしもいないと思うわ。」
シルフが周囲を見渡しながら答えた。
「ん、合ってる。」
続いてドライアドも頷いた。
彼女は先ほどから全力で地上の気配を探ってくれている。
そのドライアドが言うのなら、少なくとも探知できる範囲には誰もいないのだろう。
三人の意見が一致した。
だったらもう迷う必要はない。
「じゃあ、ここから前を全部吹き飛ばすよ!」
私は森の奥へ向かって手を掲げた。
シルフとドライアドが同時にこちらを見る。
私たちが確認した範囲には、討伐隊員の姿はなかった。
だけど、もし見落としがあったら……そのときは、ごめんなさい。
間違えて吹き飛ばしてしまったら、ちゃんと蘇生するから許して!
いや、もちろんそんなことにならないのが一番なんだけど。
何しろ、これから使おうとしているのは広範囲殲滅魔法だ。
少しでも攻撃範囲を間違えれば、とんでもない被害が出てしまう。
だからこそ、味方がいない方向を確認した上で使用する必要がある。
私は前方の森を見据えると、少しだけ魔力を集め始めた。
手のひらに魔力が集中し、周囲の空気が微かに震える。
「マリスが特等席で見てることだけは気になるけどね。」
私は小さく呟いた。
よりにもよって、あんな相手の目の前で大技を披露することになるとは思わなかった。
マリスは、こちらが手札を見せれば見せるほど対策を考えてきそうな相手だ。
ただ強いだけなら、まだ良い。
だけど、彼には何千年もの経験がある。
しかも、未来都市の技術をその身に宿したサイボーグだ。
どんな方法でこちらの能力を分析してくるのか、想像もつかない。
できることなら、私の能力なんて一つも知られたくないんだけど。
……でも、人の命には代えられない。
これ以上この森を放置していたら、犠牲者は増える一方だろう。
セリーちゃんたちは助けられたけど、他の部隊も同じように助けられるとは限らない。
何より、既に多くの討伐隊員たちが限界に近付いている。
だったら今ここで状況を変えるしかない。
さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
私は前方へ向けて掲げた手に意識を集中させた。
「『ウィッシュアポンアスター』!」
その瞬間だった。
森の遥か上空。
雲一つない青空に、突如として巨大な影が現れた。
それは、空の向こうから飛んできたものではない。
何もなかった空間に、まるで最初からそこに存在していたかのように姿を現したのだ。
ごつごつとした岩肌を持つ巨大な塊が、地上へ向けてゆっくりと動き始める。
もちろん、女神ガイア様のところで見せたものと比較すれば、随分とみすぼらしい大きさだ。
あのときは本気で魔力を込めたけど、今回は必要最低限に抑えている。
それでも、普通の人間からすれば十分に規格外だろう。
何しろ、空から突然隕石が降ってくるんだから。
……って、あれ?
私はふと違和感を覚えた。
森の中にいる討伐隊員たちが、一斉に空を見上げ始めたのだ。
「お、おい。何だよあれ……。」
誰かが震える声を上げた。
その声につられるように、周囲の冒険者たちも次々と空へ顔を向けている。
戦っていた魔物から距離を取り、目の前の光景に呆然としている者までいた。
「これは……。」
クレスも空を見上げ、驚いたように目を見開いていた。
そして、少し離れた場所ではマリスも動きを止めていた。
彼は頭上に現れた巨大な岩塊を見つめると、静かに口を開いた。
「……素晴らしい。」
その声には、驚きというよりも感嘆の響きがあった。
いやいや、ちょっと待って。
どうして皆、隕石を見てるの?
えっ、《HidePC》してるのに、これは見えるの?
私は思わず自分の手と上空の隕石を交互に見比べた。
今までの検証では、魔法で生み出したものは他の人から見えなくなっていたはずだ。
シルフの風も、ドライアドの蔦や土の槍もそうだった。
だから今回も隕石そのものは見えないと思っていたんだけど。
……もしかして、これは違うのかな?
『ウィッシュアポンアスター』は、魔力で隕石を作り出しているわけじゃない。
実際に存在する隕石を呼び寄せる魔法だ。
だから、私たちが生み出した魔法の構造物とは扱いが違うのかもしれない。
こんな大勢の人が見ているところで、初めてその仕様を確認することになるとは思わなかったよ!
「アイラ、皆こっち見てるわよ?」
シルフが少し不思議そうに言った。
「ん。隕石、見えてる。」
ドライアドも空を見上げながら呟いた。
だけど、もう魔法は発動してしまっている。
今さら慌てたところで、空に現れた隕石が消えてくれるわけじゃない。
それに、これだけ大勢の人が目撃している以上、隠そうとしても手遅れだ。
……ああ、もう!
「想定外だけど、もう仕方ないっ! 吹き飛んで!」
私は前方へ向けて手を振り下ろした。
それに応じるように、上空の隕石が一気に加速する。
巨大な岩塊が空気を切り裂き、地上へ向かって落下していった。
「いけー!」
シルフが楽しそうに声を上げる。
「どっかーん!」
ドライアドも両手を上げて叫んだ。
……二人とも、随分と楽しそうだね。
こっちは内心、冷や汗ものなんだけど。
だけど、そんな考えもすぐになくなった。
隕石が森の奥へ突き刺さったのだ。
次の瞬間、凄まじい衝撃が大地を揺るがした。
轟音と共に地面が大きく陥没し、周囲の木々が一斉に吹き飛んでいく。
巨大な土煙が空へ立ち上り、衝撃によって巻き上げられた土砂や岩石が周囲へ広がった。
まるで大地そのものが抉り取られたかのような光景。
先ほどまで鬱蒼とした木々に覆われていた場所が、一瞬にして巨大な窪地へと姿を変えていく。
そして、隕石が落ちた場所を中心に森の一角が跡形もなく消し飛んでいた。




