疑心暗鬼⑩
「アイラ?」
ドライアドが不思議そうに首を傾げた。
「どうするつもりよ?」
シルフも私の顔を覗き込んでくる。
私は二人へ向き直った。
「ドライアド、正面の方に誰かいないか全力で探って。シルフは私たちを運ぶの。ほら、急いで。」
「う、うん。」
「何だか知らないけど分かったわ。」
二人は少し戸惑った様子だったけど、すぐに動き始めてくれた。
シルフの魔法で私たちの体が浮き上がり、再び森の上空へ向かう。
木々の間を抜けると、眼下には相変わらず鬱蒼とした森が広がっていた。
私はその景色を見下ろしながら、地上で戦っている討伐隊員たちの姿を探した。
「……うん、前方の精鋭部隊は問題なく倒せてるね。」
木々の隙間から、フォレストエイプと戦っている部隊の姿が見えた。
だけど、こちらは心配なさそうだ。
複数の討伐隊員が上手く連携し、魔物の攻撃を受け流しながら反撃している。
その中にはクレスたちの姿もあった。
彼らは落ち着いた様子で敵の動きを見極め、互いの隙を補いながら戦っている。
フォレストエイプの巨体にも怯まず、確実に攻撃を加えていた。
うん、あそこは大丈夫そう。
少なくとも、今すぐ私たちが助けに入る必要はなさそうだ。
私は安心すると、さらに遠くへ視線を向けた。
そこから大きく離れた場所。
他の討伐隊員たちの姿が見えない、孤立した一角で、たった一人で戦っている存在があった。
「マリス……。」
私は思わずその名前を呟いた。
そこにいたのは、見覚えのある人物だった。
彼の前には、巨大なフォレストエイプが立ちはだかっている。
魔物はその太い腕を振り上げると、マリスへ向けて勢いよく叩き付けた。
だけど、彼は避けようともしなかった。
片手を持ち上げると、その一撃を正面から受け止めたのだ。
そして、そのまま魔物の腕を握り締める。
次の瞬間、フォレストエイプの巨体が紙細工のように握り潰された。
……うわぁ。何というか、凄まじいね。
そこにあるのは、まさしく暴虐の嵐だった。
襲い掛かる魔物たちが、次々と彼の手によって破壊されていく。
一体倒したと思ったら、もう次の魔物が倒れている。
それなのにマリス自身には焦りも疲労も感じられない。
まるで、ただ歩いているだけのような自然さで魔物を蹂躙していた。
歩く殺戮兵器。
そんな言葉が、これほど似合う存在も珍しいだろう。
いやはや未来都市出身のサイボーグは凄まじいね。
そもそも、マリスが何を目的として今回の討伐隊に参加しているのかは分からない。
だけど彼の本来の目標については知っている。
失った恋人を蘇生させること。
マリスが求めているのは、徹頭徹尾それだけだった。
数千年もの間、たった一人のことを思い続けている。
その年月がどれほど長いものなのか、私には想像することさえ難しい。
大切な人を失った悲しみを抱えながら、何千年も生き続ける。
そして、いつかその人を取り戻せると信じて行動し続ける。
それは一体、どんな気持ちなんだろう。
私には皆目見当もつかなかった。
「あんな人間、存在していいの?」
シルフが呆然とした様子で呟いた。
その視線の先では、マリスが相変わらずフォレストエイプたちを蹂躙している。
あれだけ巨大な魔物を相手にしているというのに、戦っているというより、ただ目の前の障害物を片付けているようにしか見えなかった。
「精霊女王より強そう。」
ドライアドも珍しく感心したような声を漏らしている。
「実際に強いと思う。マリスに確実に勝てるって言えるのは女神様くらいじゃないかなぁ。」
私は遠くで戦っているマリスを眺めながら答えた。
少なくとも今の彼を見ている限り、冒険者がどうにかできる相手とは思えない。
何しろ、あの体には人間の常識なんて通用しないんだから。
「へぇ~。でもアイラなら勝てるでしょ?」
シルフが当然のように尋ねてきた。
「何も対策されてなければ、ね。私の能力だって完全無敵ってわけじゃないから。」
そう答えると、シルフは少し意外そうな顔をした。
まぁ、今までの私を見ていれば、そう思うのも無理はないかもしれない。
実際、単純な戦闘能力だけで考えれば、GM装備は反則と言って良いほど強力だ。
いかなる攻撃も通用せず、どれほど強固な防御であっても貫くことができる。
少なくとも、ステータスに依存する攻撃や防御に対しては、ほぼ無敵と言っても良いだろう。
だけど、それはあくまでもステータス面に限った話だ。
例えば、特定の条件を満たすまで敵が無敵になるギミックなんかがあったとする。
そういう相手には、どれだけ攻撃力が高くても意味がない。
そもそもダメージを受け付けない状態なんだから、いくら強力な武器で殴ったところで倒せるわけがないのだ。
もちろん、私にはGMコマンドもある。
無敵状態の敵を強制的に倒すためのコマンドだって存在するし、そういう意味では完全に手詰まりになるわけじゃない。
だけど、それも相手の能力や状況を把握できていることが前提だ。
何も知らないまま戦えば、予想外の事態に陥る可能性だってあるだろう。
ましてや、こちらの能力を理解した上で対策を用意してくるような相手なら、なおさら厄介だ。
「まぁ、絶対なんてものは無いってことだね。」
私はそう締めくくった。
できれば今後も、そんな相手とは対立したくないものだ。
特にマリスのような、何を考えているのか分かりにくい相手とはね。
「ふーん。」
「なるほどねぇ?」
ドライアドとシルフが、それぞれ微妙な反応を返してきた。
……うん、全然ピンと来てない。
二人とも、私がその気になれば何でもできると思っているんだろう。
まぁ、その認識も完全に間違っているわけじゃない。
実際、GM権限を使えば大抵のことはできてしまう。
だけど、だからこそ油断したくないのだ。
そもそも私のような存在がこの世界にいること自体、普通なら考えられないことなんだから。




