疑心暗鬼⑨
背後からフォレストエイプの悲鳴が聞こえてくるけど、もう気にしないことにした。
今の二人は相当怒っている。
あの魔物たちがどうなるかなんて考えるまでもないだろう。
精霊という存在は、大きな分類で見れば妖精属に位置している。
そして、妖精というものは意外と残酷な生き物だったりする。
前世で読んだ童話なんかでも、人間を平気で騙したり、悪戯のつもりで酷い目に遭わせたりする妖精が登場していた。
可愛らしい外見とは裏腹に、人間とは随分と異なる価値観を持っていることがあるのだ。
実際、シルフやドライアドと一緒に過ごしていて、何となく分かってきたことがある。
妖精という存在は、強大な力を持ってしまった子供に近いのかもしれない。
子供は純粋な生き物だと言う人がいる。
確かに、そういう一面はあると思う。
だけど、その純粋さには残酷さだって含まれている。
何でもない理由で自分より弱い虫を殺してしまったり、大人なら考えもしないような危険なことを平気でやってしまったり。
そこに悪意がなくても、相手を傷付けてしまうことがある。
ましてや、それを実行できるだけの力を持っていたらどうなるだろう。
今の二人を見ていると、そんなことを考えてしまう。
もちろん今回のことは私だって怒っている。
ティナさんがあんな目に遭わされたんだから、二人の気持ちも十分に理解できる。
それに、魔物を倒すこと自体を叱るつもりはない。
だけど、命を弄ぶことについては、少し注意しておいた方が良いかもしれない。
怒っているからといって、何をしても良いわけじゃないんだから。
「それよりも、お待たせ。」
私はピュアさんの傍らにしゃがみ込んだ。
まずは呼吸を確認する。
……うん、ちゃんと息をしている。
どうやら命に別状はなさそうだ。
だけど、頭と鼻から血を流しているし、意識も戻っていない。
私は慎重に彼女の体を確認した。
外傷を見る限り、何か強い打撃を受けて吹き飛ばされたように見える。
体のあちこちには打撲の痕があり、不自然な方向に曲がっている部分もあった。
おそらく骨折もしているんだろう。
それに、少し離れた地面には何か大きなものが擦れたような跡が残っている。
きっと、フォレストエイプの攻撃を受けて、ここまで飛ばされてしまったんだと思う。
頭を打っているのなら、見た目以上に危険な状態かもしれない。
私はすぐに回復の奇跡を使用した。
『リジェネレーション』
ピュアさんの体に回復の力が働き始める。
傷付いた皮膚が元に戻り、打撲の痕も少しずつ消えていった。
骨折していたと思われる部分も、本来の形を取り戻していく。
「……うぅ。」
やがて、ピュアさんの口から小さな呻き声が漏れた。
意識はまだ戻っていないようだけど、先ほどまで苦しそうだった表情が随分と穏やかになっている。
顔色も良くなってきたし、呼吸も落ち着いている。
これなら誰かが声を掛けたり、少し時間が経ったりすれば目を覚ましてくれるだろう。
私は彼女の様子を確認すると、ようやく胸を撫で下ろした。
これで、ひとまず治療が必要な人は全員かな。
そう思って後ろを振り返ると、既にフォレストエイプたちの悲鳴は聞こえなくなっていた。
そこにあったのは、首と全ての手足を失った二匹の魔物の姿だった。
……あらら。
結局、左腕と右足だけでは許せなかったらしい。
残った手足も全て切断してしまったようだ。
おそらく、ティナさんにしたことをそのまま返しただけでは怒りが収まらなかったんだろう。
散々苦しめたものの、途中で可哀そうになってきたから、最後は首を刎ねて楽にしてあげた。
そんなところだろうか。
「まったく。」
私は小さく呟くと、ふぅと小さくため息をついた。
まぁ、後で少し話そう。
そう考えながら視線を横へ向けると、そこにはアサシンさんの姿があった。
彼女は少し離れた場所に、何事もなかったかのように立っている。
周囲では突然魔物が倒れたり、失われた手足が再生したり、巨大な猿が宙に浮かんだりしていたというのに。
それなのに、アサシンさんの表情は全く変わっていなかった。
もっと驚いたり、戸惑ったりしても良いはずだ。
少なくとも、他の人たちは何が起こっているのか分からず、呆然としているんだから。
だけど、彼女だけは違う。
あまりにも自然に、その場に立っていた。
……どう考えても怪しいよね。
「それに、さっき見たあれは……。」
私は思わず呟いた。
ピュアさんの治療へ向かおうとしたとき、視界の端に入ったアサシンさんの姿。
あの光景が、どうしても脳裏から離れない。
だけど今はそれを考えている場合じゃない。
彼女のことは、後で落ち着いてから考えよう。
それよりも今はこの戦場を何とかしなくてはならない。
フォレストエイプが三匹も出現したということは、森の状況がさらに危険になっている可能性がある。
他の部隊だって、同じようなモンスターに襲われているかもしれない。
もしそうなら今まで以上に被害が増えてしまう。
私はシルフとドライアドのところまで軽く駆けて戻った。
「二人ともお疲れさま。」
「全然、余裕だったわよ。」
シルフが得意そうに胸を張った。
「スーパードライアドは最強。」
ドライアドも満足そうに頷いている。
一つ聞きたいんだけど、ドライアドって本当にこの世界の知識しかないんだよね?
何だか今の言い方、前世のネットミームみたいなんだけど。
まさか、私の知らないところで日本の文化でも学んでいるんじゃないでしょうね。
まぁ、そんなわけないんだけど。
単なる偶然だろう。
「で、何なのこのモンスター。」
シルフが倒れているフォレストエイプへ視線を向けた。
「フォレストエイプだね。この森ではまぁまぁ上位のモンスターだよ。」
「大きさの割にはあまり強くなかった。」
ドライアドが少し不思議そうに言った。
確かに、その感想も分からなくはない。
何しろ、あの巨体だ。
前世のゲームなら、フィールドボスとして登場してもおかしくないくらいの迫力がある。
だけど実際の能力はそこまで高くない。
フォレストエイプは、筋肉に能力を全振りしたような魔物なのだ。
物理攻撃力は非常に高いものの、耐久力や魔力については大したことがない。
だから、私たちのように圧倒的な能力差がある相手からすれば、見た目ほど厄介な魔物ではなかった。
だけど、それはあくまでも私たちの場合だ。
普通の冒険者が対策もせずに攻撃を受けたら、致命傷になりかねない。
現に、セリーちゃんたちのパーティーで一番筋力も耐久力も高いと思われるティナさんでさえ、あんな状態になってしまったんだから。
ましてや、既に疲労が溜まっている討伐隊員たちでは、まともに対処できない可能性が高い。
……これは、本当に不味いかもしれない。
「時間がないか。」
私は小さく呟いた。




