疑心暗鬼⑧
「あたしも怒ってるんだから!」
シルフが怒りを露わにして答える。
「うん、殺す。」
ドライアドの声は冷たかった。
二人の周囲に膨大な魔力が集まり始める。
明らかに、目の前の魔物を倒すだけなら必要のない量だった。
普段なら少しくらい加減するように言っていたかもしれない。
だけど、今は止めるつもりなんてなかった。
「思いっきりやっていいよ。」
それだけ告げると、私は地面を強く蹴った。
ドンッという音と共に土が弾け、一瞬でティナさんの隣へ移動する。
その衝撃に驚いたのか、セリーちゃんたちが一斉に背後を振り返った。
フォレストエイプまで、何が起こったのか分からない様子で顔を向けている。
「えっ、フォレストエイプが倒れて……?」
リリーナさんが戸惑った声を漏らした。
「キ、キキッ?」
残る二匹のフォレストエイプも、ようやく仲間の一匹が倒されていることに気付いたらしい。
だけど、そんなことはどうでも良い。
今はティナさんの治療が最優先だ。
私はセリーちゃんの腕の中にいるティナさんへ視線を落とした。
大丈夫。すぐに治してあげるからね。
失われた左腕と右足の傷口は、見ているだけでも胸が痛くなるほど酷い状態だった。
どれほど無茶な力を加えられたのか、考えたくもない。
それに、傷付いているのは手足だけとは限らない。
こんな力で引っ張られたのなら、体の他の部分にも損傷があって不思議じゃないだろう。
『リジェネレーション』
昨日、クレスの治療にも使用した回復の奇跡だ。
魔法が発動すると、ティナさんの体に変化が現れ始めた。
失われた左腕と右足が少しずつ再生し、傷付いていた体も元の状態へ戻っていく。
先ほどまで流れ続けていた血も止まり、青白かった顔に血色が戻ってきた。
やがて、失われていた手足が完全に再生する。
「あ、あれ?」
ティナさんが小さな声を漏らした。
突然、全身を襲っていた激痛が消えたことに驚いているらしい。
彼女は恐る恐る左腕を持ち上げると、指を一本ずつ動かし始めた。
破れてしまった服の袖からは、元どおりになった腕が伸びていた。
そして、今度は右足へ視線を向ける。
右足も再生しているけど、失われた靴やタイツまでは戻っていない。
それでも、足先までしっかりと感覚があるようで、ティナさんは何度も指を動かして確かめていた。
「うそ……。私の、手と足が……。」
信じられないというように呟くティナさん。
セリーちゃんも、彼女の体を抱き締めたまま呆然としている。
ちゃんと治って良かった。
もう大丈夫だからね。
私は胸を撫で下ろすと、すぐに周囲へ視線を向けた。
他にも怪我をしている人がいるかもしれない。
まず、セリーちゃんとリリーナさん。
二人とも随分と疲れた様子だけど、目立った怪我はなさそうだ。
少なくとも、今すぐ治療が必要な状態には見えない。
だけど、ピュアさんは違った。
少し離れた地面に倒れていて、頭と鼻から血を流している。
目を閉じたまま動く様子がなく、意識も失っているようだった。
もしかしたら頭を強く打ったのかもしれない。
だとしたら、早く治療してあげないと。
私はすぐにピュアさんの方へ向かおうとした。
そのとき、ふと気になることがあった。
……あれ?
アサシンさんはどこ?
セリーちゃんたちと一緒に行動していたはずなのに、近くに姿が見えない。
私は周囲を見渡した。
すると、少し離れた場所に立っているアサシンさんを見つけた。
ああ、いた。
だけど……。
私はその姿を見て、思わず動きを止めかけた。
「キーッ、キーッ!」
突然、フォレストエイプの甲高い鳴き声が森中に響き渡った。
その声に反応して、私は背後を振り返る。
そこには何とも奇妙な光景が広がっていた。
残る二匹のフォレストエイプが、宙に浮かんでいたのだ。
巨大な体を持ち上げられ、訳も分からない様子で手足をばたつかせている。
「逃がすわけ無いでしょ。バッカじゃないの。」
シルフが冷たい笑みを浮かべながら言った。
どうやら、彼女の風魔法で二匹の動きを封じているらしい。
あれだけ大きな体を持ち上げているというのに、シルフには全く苦しそうな様子がない。
それどころか、逃げようともがくフォレストエイプを見て、ますます不機嫌そうな表情になっていた。
「同じことしてあげる。」
今度はドライアドが静かに呟いた。
すると、地面から何本もの植物の蔦が伸び始める。
蔦は二匹のフォレストエイプの手足へ絡み付き、その巨体を大の字に拘束した。
身動きが取れなくなったフォレストエイプたちが、必死に体を捩っている。
どれだけ暴れても蔦が緩む気配はない。
さらに、地面から鋭く尖った土の槍が姿を現した。
それぞれのフォレストエイプに二本ずつ。
ドライアドはその槍を、ゆっくりと魔物たちへ近付けていく。
ああ、そういうことね。
私は槍が向かっている場所を見て、彼女の意図を理解した。
狙っているのは左腕と右足。
つい先ほど、ティナさんが失った場所と同じだった。
ドライアドは、あの魔物たちに同じ苦痛を味わわせるつもりらしい。
普段は穏やかな彼女だけど、今回は本当に怒っているようだ。
ちなみにシルフが魔物を浮かせている力も、ドライアドが生み出した蔦や土の槍も、他の人たちからは見えていない。
これは《HidePC》について幼い頃に検証した際、確認していたことだ。
魔法の効果によって発生し、時間が経つと消えてしまうものは、私たち以外から視認できなくなる。
だから、今この場にいる人たちには、二匹の巨大な猿が何もない空中で拘束されているように見えているはずだ。
もちろん、それだけで何が起こっているのか分かるわけじゃない。
私たちの正体が知られる心配もないだろう。
私は二人に魔物の処理を任せると、再びピュアさんへ視線を戻した。
今は、助けられる人を助けることが先だ。
まだ治療を待っている人がいるんだから。




