疑心暗鬼⑦
「どうするの? やっぱり森を吹き飛ばす?」
ドライアドが再び例の提案を持ち出してきた。
……うーん。いよいよ、プランΩが現実味を帯びてきたね。
もちろん、そんな大層な作戦名を付けるほど考え抜いた案じゃない。
単に森の一部を吹き飛ばして、討伐隊に撤退を考えさせようという力技だ。
だけど、こうして次々と危険な状況を目にしていると、そんな強引な方法でも試したくなってくる。
他の手段があるとすれば、私たちがこの森をさっさと攻略してしまうことだろう。
魔物が自然発生する仕組みを止められれば、討伐隊員たちがこれ以上消耗することもなくなる。
その方がずっと良い。
だけど、肝心の攻略方法が思い出せないんだよね。
私は先ほどから何度も前世の記憶を探っている。
ゲーム内でこの森を攻略したときのこと。
出現する魔物や地形、何か特別な仕掛けがなかったか。
思い付く限りの情報を確認しているんだけど、どうしても肝心な部分が出てこない。
「も~、何も思い出せないの?」
シルフが困ったように尋ねてきた。
「仕方ないんだよ。こんなに苦戦した記憶もないもん。」
私は少し不満そうに答えた。
そもそもゲームの中でこの森を攻略するのに苦労した覚えがない。
だからこそ、こんな状況になるとは思ってもいなかったのだ。
単純に私が忘れてしまったことが多いんだろう。
何しろ、前世の記憶を全て鮮明に覚えているわけじゃない。
特に何度も繰り返していたような攻略については、細かい部分が曖昧になっている。
ただ不思議なことに、出現する魔物には見覚えがある。
巨大な蜘蛛も、甲虫のような魔物も、ゲーム内で遭遇したことのある種類ばかりだ。
森の地形についても、おぼろげながら記憶に残っている。
少なくとも、全く知らない場所へ迷い込んだような感覚はない。
だから、このデーモンフォレストそのものが私の記憶と大きく違っているわけではないと思う。
それなのに、どうしてこんなに苦戦しているんだろう。
ゲームでは、もっと簡単に攻略できていたはずなのに。
何か重要なことを見落としている気がする。
だけど、それが何なのか分からない。
私は考え込んだまま、眼下に広がる森へ視線を向けていた。
そのときだった。
「! シルフ、あっち! 急いで!!」
突然、ドライアドが鋭い声を上げた。
「え、ええ!」
シルフも驚いたように返事をすると、すぐさま進行方向を変えた。
次の瞬間、私たちの体が勢いよく加速する。
風を切る音が耳元を通り過ぎ、周囲の木々が一気に後方へ流れていった。
私は慌ててドライアドへ顔を向けた。
いつも落ち着いている彼女が、こんなに切羽詰まった声を出すなんて珍しい。
それほど急を要する事態が起こっているのだろう。
「どうしたの?」
尋ねても、ドライアドは前方を見つめたままだった。
「急いで。危ない!」
その言葉を聞いて、私はすぐに視線を前へ戻した。
木々の隙間から、何か大きな影が見え始めている。
最初は木の幹かと思った。
だけど、それは明らかに動いていた。
しかも一つじゃない。
大きな影がいくつも重なり合いながら、何かを取り囲んでいる。
あれは……。
「『フォレストエイプ』!」
私は思わず声を上げた。
そこにいたのは、これまで遭遇してきた虫型の魔物とは全く異なる姿をした魔物だった。
巨大な猿だ。
全身を覆う毛並みの下には逞しい筋肉が盛り上がり、長い腕を地面につきながら歩いている。
体長はおよそ五メートル。
普通の人間なんて、簡単に踏み潰してしまいそうな巨体だ。
しかも、ただ大きいだけの魔物じゃない。
フォレストエイプは知能が高く、獲物を追い詰めるような戦い方をする。
この森に出現する魔物の中でも、特に凶暴な種類として知られていた。
そんな厄介な魔物が、何と三匹も集まっている。
それぞれが別の方向から迫り、中央にいる討伐隊員たちを取り囲んでいた。
これは相当危険な状況だ。
だけど、私が驚いたのは魔物の数でも、その大きさでもなかった。
三匹のフォレストエイプに囲まれた部隊。
その中心にいる人たちの姿が、木々の間から見えたのだ。
見覚えのある顔。
つい今朝、無事に帰ってこようと約束したばかりの大切な友人たち。
「セリーちゃんたちだ!」
私は叫ぶと同時に、レーヴァテインを握り直した。
考えるよりも先に体が動いていた。
シルフが運んでくれている勢いをそのまま利用して、私は一気に地上へ飛び込んだ。
狙うのは、セリーちゃんたちへ迫っているフォレストエイプの背後。
こちらの存在に気付く暇なんて与えない。
振り上げたレーヴァテインを、その巨体へ向けて一気に振り下ろす。
次の瞬間、巨大な猿の背中が深く切り裂かれた。
その体が大きく揺らぎ、周囲の木々を震わせるような衝撃と共に地面へ崩れ落ちる。
私はすぐに残る二匹へ視線を向けた。
まだ終わっていない。
何より、今はセリーちゃんたちの無事を確認しないと。
お願いだから、皆無事でいて。
私はそう願いながら、次の魔物へ向けてレーヴァテインを構え直した。
「ティナッ! ティナァッ!!」
突然、セリーちゃんの悲痛な叫び声が響き渡った。
その声を聞いた瞬間、私は慌てて振り返った。
そこには地面に膝をついて誰かを抱きかかえているセリーちゃんの姿があった。
そして、その腕の中に横たわっているのはティナさんだった。
「えっ……。」
私は思わず息を呑んだ。
ティナさんの、左腕と右足がない。
失われた手足からは大量の血が流れ、地面を赤く染めていた。
顔色も酷く悪く、今にも意識を失ってしまいそうな状態だった。
どうして、こんなことに。
そう思ったのは、ほんの一瞬だった。
すぐ近くに立っているフォレストエイプの手を見て、その理由を理解してしまったからだ。
おそらく、あの巨大な手でティナさんの手足を掴み、力任せに引っ張ったのだろう。
あまりにも残酷な光景に、カァッと頭が熱くなるのを感じた。
胸の奥から抑えようのない怒りが込み上げてくる。
だけど今は怒っている場合じゃない。
何よりも先に、しなければならないことがある。
「シルフ、ドライアドッ! 倒して!!」
私は二人へ向かって叫んだ。




