疑心暗鬼⑥
そんなことを考えていると、ドライアドが何気ない調子で提案してきた。
「森の一部でも吹き飛ばす?」
……えっ? 私は思わずドライアドへ顔を向けた。
いやいや、いくら何でもそれは。
確かに、突然森の一部が吹き飛ぶような事態になれば、討伐隊も何か異常が起こったと判断するだろう。
それほど強大な力が働いていると分かれば、撤退を考える理由にもなるかもしれない。
もちろん、討伐隊員たちを巻き込まないことが大前提。
それに、ただ森を吹き飛ばしたからといって、必ず撤退してくれるとは限らない。
下手をすれば、逆に何が起こったのか調べようとして、余計に人が集まってしまう可能性だってある。
……でも。
「……ありかも。」
私は小さく呟いた。
少なくとも、状況を大きく変える手段の一つにはなる。
このまま消耗戦を続けるよりは、何かしらの変化を起こした方が良い場合もあるだろう。
ただし、今すぐ実行するつもりはない。
まだ森の仕組みも分かっていないんだから。
「良い案だけど今は無し。それより今は人助けしつつ、この森の攻略法を考えたいね。」
「分かったわ。」
「ん。」
二人が頷いたところで、ドライアドが次の救援先を示した。
私たちは再び移動を始める。
もっとも、こうして話している間も手を休めていたわけじゃない。
既に三つの部隊を救援している。
一つ目の部隊では、魔物の群れに大きなダメージを与えて戦況を立て直した。
二つ目では、毒や麻痺などの状態異常に苦しんでいた人たちを治療した。
そして三つ目では、残念ながら既に命を落としてしまった人がいた。
もちろん、そのままにはしていない。
蘇生魔法を使って命を取り戻してもらった。
突然息を吹き返した仲間を見て、周囲の人たちは随分と驚いていたけど。
無事に生き返ったのなら、それで良い。
だけど、こうして助け続けても、次から次へと新しい救援先が見つかる。
本当にキリがない。
私たちには体力や魔力の心配がないとはいえ、精神的な疲労までなくなるわけじゃない。
むしろ、次々と危険な状況を見せられるせいで、気持ちの方が疲れてきた。
誰かを助けたと思ったら、また別の場所で誰かが倒れている。
そちらを助ければ、今度は別の部隊が魔物に囲まれている。
この繰り返しだ。
これでは、いくら私たちが頑張っても根本的な解決にはならない。
必要なのは、目の前の魔物を倒すことじゃない。
この森から魔物が発生し続ける仕組みを止めることだ。
だけど、どうすれば良いんだろう。
私は必死に前世の記憶を探っていた。
デーモンフォレストについて、何か見落としている情報はなかっただろうか。
ゲームの仕様でも、攻略方法でも、何でも良い。
この状況を打開できる手掛かりが欲しい。
私は眼下で戦い続ける討伐隊員たちを見つめながら、記憶の中を探り続けた。
「この役割、ハードすぎるでしょ。」
私は思わず愚痴を漏らした。
北へ南へ、東へ西へ。
ドライアドが救援の必要な場所を見つけるたびに、シルフが私たちを運んでいく。
そして、到着した先では魔物に襲われている討伐隊員たちを助ける。
もう何度繰り返したか分からない。
一つの部隊を助けたと思ったら、今度は反対側で別の部隊が危険な状況に陥っている。
そちらへ向かえば、また別の場所から救援が必要な反応が見つかる。
まるで終わりのないお使いクエストを延々と続けている気分だ。
「こいつら、何で撤退しないのよ!」
シルフが苛立った声を上げた。
彼女も随分と我慢しているらしい。
さっきから何度も同じ場所へ戻っているし、助けたばかりの部隊が再び魔物に襲われていることだってある。
いくら私たちが助けても、本人たちが森の奥へ進み続けるんだから、どうしようもない。
「この森を攻略するには明らかに実力が足りてないね。」
私は眼下の討伐隊員たちを眺めながら答えた。
これだけ森の中を飛び回っていれば、嫌でも分かってくる。
討伐隊全体の平均的な実力が、この森を攻略するために必要な水準に達していないのだ。
もちろん、全員が弱いというわけじゃない。
クレスたちのように、各国を代表する実力者が集まった部隊なら魔物が現れても問題なく対処できている。
実際、そういう部隊は自分たちで敵を倒しながら着実に森の奥へ進んでいた。
だけど後から入ってきた部隊は事情が違う。
魔物が一体現れただけで、文字どおり命懸けの戦いになってしまうのだ。
剣を振る手は震え、魔法を使う人たちも余裕がない。
一体を倒すのに何人もの討伐隊員が協力して、ようやく勝利できるような状況だった。
それなのに魔物は一体ずつ現れるとは限らない。
二体、三体と増えていけば、途端に戦線が崩れ始める。
これでは森の調査なんて言っている場合じゃない。
自分たちの命を守るだけで精一杯だ。
むしろ、これまで大きな被害が出ていないことの方が不思議なくらいだ。
「というか、私たちが助けなかったら死んでる。」
ドライアドが冷静に指摘してきた。
「そうなんだよねぇ。」
私は苦笑しながら頷いた。
残念ながら、そのとおりだった。
私たちが到着したときには既に魔物に追い詰められている部隊がいくつもあった。
あのまま放置していたら、きっと無事では済まなかっただろう。
中には既に命を落としていた人だっていたんだから。
三か国の代表が集まった討伐隊と聞いていたから、もう少し全体の実力が高いものだと思っていた。
だけど実際には、部隊ごとの実力差があまりにも大きい。
下の方の部隊に至っては、前世のゲームで作成したばかりのキャラクターを操作しているような練度に見える。
もちろん、彼らが何も努力していないと言いたいわけじゃない。
むしろ、この世界で冒険者や騎士として活動しているだけでも、十分に危険な経験を積んできたはずだ。
それでもゲームのキャラクターと比較すると、どうしても見劣りしてしまう。
だけど、それも仕方のないことだと思う。
何しろ前世のゲームには、この世界の人たちが持っていない利点がいくらでもあったんだから。
戦闘不能になっても、本当に命を落とすわけじゃない。
失敗したら何度でも挑戦できるし、敵の攻撃を覚えるためにわざと倒されることだってできた。
それにゲーム内には優れた装備が数多く存在していた。
装備の性能や入手方法だって、情報サイトを調べれば簡単に見つけられる。
攻略方法も同じだ。
どんな魔物が出現するのか、何が弱点なのか、どのような戦い方が有効なのか。
そういった情報が大量に蓄積されていて、誰でも簡単に確認できた。
だけど、この世界ではそうはいかない。
一度の失敗で命を落とすかもしれないし、優れた装備を手に入れるのだって簡単じゃない。
ましてや、危険な魔物の情報を集めるために命を懸けるなんて、誰にでもできることじゃないだろう。
そう考えれば、この世界の人たちがゲームの冒険者ほど強くなれない理由なんて、いくらでも思い付く。
だからこそ、無理をしてほしくないんだけど。
「撤退しない理由はプライドなのか、それとも国からの圧力があるのかな。」
私は何となく口にした。
高ランクの冒険者として参加している以上、簡単に引き返すわけにはいかないという気持ちがあるのかもしれない。
あるいは、国から何らかの命令を受けている可能性だってある。
そういえば前世でも、国際的なスポーツ大会に関する物騒な噂を聞いたことがあった。
勝てば一族が死ぬまで豪遊できるほどの褒美を与えられるけど、負ければ処刑されるとか何とか。
本当だったのか、単なる作り話だったのかは知らない。
だけど、もし似たような脅しを受けているのなら、彼らが命懸けで進み続ける理由も理解できなくはない。
もちろん、この討伐隊でも同じことが起こっているとは限らないけど。
それに単純に自分たちの実力を過信しているだけかもしれない。
もし高ランク冒険者としてのプライドが撤退の判断を邪魔しているのなら、そんなものは今すぐ捨ててほしい。
命を落としてしまったら、何の意味もないんだから。




