疑心暗鬼⑤
「ドライアド、次はどっち?」
私は足元に転がっている魔物を一瞥すると、ドライアドへ尋ねた。
そこには、この森に出現する『フォレストスパイダー』が倒れている。
何本もの足を切断され、身動きが取れなくなった巨大な蜘蛛だ。
つい先ほどまで討伐隊員たちを襲っていたんだけど、私が横から足を切り落としておいた。
あとは地上の人たちに任せておけば良いだろう。
「右を真っ直ぐ進んだところ。」
ドライアドが迷うことなく答えた。
どうやら、もう次の救援先を見つけているらしい。
「行くわよー!」
シルフが元気よく声を上げると、私たちの体が再び宙へ浮かび上がった。
そのまま木々の間を縫うように移動していく。
「一体何が起こったんだ?」
背後から、討伐隊員の男性が狼狽した声を上げるのが聞こえた。
まぁ、そうなるよね。
さっきまで自分たちを襲っていた巨大な蜘蛛の足が、突然吹き飛んだんだから。
何が起こったのか分からなくても無理はない。
だけど、少なくともあの状態なら、もう討伐隊員たちだけで対処できるはずだ。
私は振り返ることなく、次の目標へ向かった。
今の私たちは、ドライアドが地上の状況を探知し、シルフが私たちを運び、私が魔物を倒すという役割分担で動いている。
この方法なら、広い森の中でも危険な場所へ素早く駆け付けることができる。
実際、先ほどから何度も同じことを繰り返していた。
ただし、一つだけ問題がある。
……とにかく数が多い。
しかも虫ばっかり。
森の中だから虫が多いのは分かるけど、いくら何でも限度があるでしょ。
足の数が多ければ強いとでも思っているのかな。
私はそんなことを考えながら、眼下に見える魔物たちから目を逸らした。
今はレーヴァテインを握っているおかげで、こうして落ち着いていられる。
だけど、もしこの剣を持っていなかったらどうなっていただろう。
きっと、悲鳴を上げながらシルフに逃げてとお願いしていたに違いない。
あんな巨大な虫が次から次へと出てくるんだよ?
いくら魔物だと分かっていても、気持ち悪いものは気持ち悪い。
「この辺り?」
ドライアドが示した方向へ目を向ける。
木々の隙間から、地上で戦っている討伐隊員たちの姿が見えた。
どうやら、ここが次の現場らしい。
私は周囲の状況を確認しようとして、思わず声を上げた。
「あっ!」
少し離れた場所に、一人の女性が倒れている。
「うぅ……。」
女性は苦しそうに呻きながら、地面に横たわっていた。
手足には力が入っていないようで、立ち上がろうとしても体を動かせないらしい。
よく見ると顔色も悪く、額には大量の汗が浮かんでいる。
これは、もしかして毒?
私はすぐに女性の近くへ移動した。
周囲の討伐隊員たちは魔物への対応に追われていて、彼女を助ける余裕がなさそうだ。
だったら、私が治してしまおう。
『キュアポイズン』
女性へ向けて解毒の魔法を使用する。
すると、苦しそうに歪んでいた彼女の表情が少しずつ和らいでいった。
「あ、あれ?」
女性は不思議そうに声を漏らした。
先ほどまで動かなかった手足をゆっくりと持ち上げ、何度も握ったり開いたりしている。
どうやら、毒が消えたことに驚いているらしい。
やがて彼女は上半身を起こすと、自分の体を確かめるように見下ろしていた。
うん、もう大丈夫そうだね。
私はその様子を確認すると、ドライアドへ顔を向けた。
「次をお願い。」
「ん。」
短い返事と共に、ドライアドが次の場所を探し始める。
私たちは再び上空へ移動した。
それからも、目についた場所から順番に手助けを続けていった。
魔物に囲まれている部隊を見つければ、敵に大きなダメージを与える。
負傷者がいれば治療して、状態異常に苦しんでいる人がいれば回復させる。
そうやって次々と救援に向かっているんだけど、なかなか終わりが見えない。
何しろ、この森は広すぎる。
ドライアドが地上の様子を探ってくれているとはいえ、全ての場所を同時に確認できるわけじゃない。
私たちが一つの部隊を助けている間にも、別の場所では戦闘が続いている。
今この瞬間にも、どこかで誰かが命を落としているかもしれない。
そう考えると、どうしても気持ちが焦ってしまう。
せめて私たちが見つけられる範囲では、誰も死なないでほしい。
そんなことを願いながら、救援を続けていった。
そうして動き回ること、およそ二時間。
私たちは相変わらず森の上空を飛び回っていた。
だけど、ここまで派手に魔物を倒しているというのに、一向に大物が現れる気配はない。
森の奥から強力な魔物が出てくるとか、何か特別な反応があるとか。
そういう変化を期待していたんだけど、今のところ何も起こっていなかった。
その一方で、地上の戦闘は続いている。
討伐隊員たちは次々と現れる魔物を倒しながら、少しずつ森の奥へ進んでいた。
だけど、その表情には早くも疲労の色が見え始めている。
無理もない。
強力なモンスターと休む間もなく戦わされているんだから。
私は眼下の様子を眺めながら、ここまでに分かったことを整理した。
「これだけ人が入ってきてもボスらしき姿は無し。しかもモンスターは森全体の魔力から自然発生、と。」
どうやら、このデーモンフォレストもデーモンケイブと同じように、内部に蓄えられた魔力から魔物を自然発生させているらしい。
ただし、仕組みは同じではないようだ。
昨日の洞窟では、攻略を進めることで魔物の出現にも変化があった。
だけど、こちらは違う。
いくら魔物を倒しても、出現する数が一向に減らないのだ。
むしろ、討伐隊が進んだ先から新しい魔物が現れているようにさえ見える。
これでは、どれだけ倒しても終わりがない。
仮に一体一体の魔物がそれほど強くなかったとしても、数で押し切られれば人間の方が先に限界を迎えてしまう。
しかも、この森には強力な魔物が出現する。
疲れ切ったところを襲われたら、ひとたまりもないだろう。
「目についた犠牲者はアイラが助けているけど、キリが無いわよ、これ。」
シルフが少し呆れたように言った。
「私たちは一日中でも動いてられるけど、地上の人たちは無理。」
ドライアドも眼下の討伐隊員たちを見つめながら呟いた。
そのとおりだ。
私たちにはギャラルホルンがある。
このGM装備のおかげで、消費した体力も魔力も際限なく回復し続けている。
だから、こうして飛び回りながら魔法を使い続けても、体力や魔力が尽きる心配はない。
だけど、地上の討伐隊員たちは違う。
剣を振れば体力を消耗するし、魔法を使えば魔力が減っていく。
どれほど鍛えられた人でも、いつかは限界が来る。
しかも、休憩しようにも魔物が次々と出現しているんだから、落ち着いて休むことさえ難しい。
このままでは不味い。
何とかしないと、いずれ討伐隊全体が危険な状況に陥ってしまう。
「いっそ、撤退の判断でもしてくれたら楽なんだけど。」
私は思わず本音を漏らした。
少なくとも、一度森の外へ出て態勢を立て直せば、消耗した体力や魔力を回復させる時間は作れるだろう。
だけど、現場の判断で簡単に撤退できるものなのかは分からない。
私には討伐隊全体の指揮権なんてないし、各部隊へ指示を出す立場でもない。
そもそも、誰がどこまで状況を把握しているのかさえ分からないんだから。




