疑心暗鬼④
「それはどういうこと?」
私が尋ねると、ドライアドは少し考えるように間を置いてから口を開いた。
「普通の森はね、誰かを生かして、誰かに生かされてるの。でもこの森は違う。誰にも求められず、誰も求めていない。」
その言葉を聞いて私はもう一度森を見下ろした。
誰かを生かして、誰かに生かされている。
きっと、森に暮らす生き物たちのことを言っているんだろう。
木々は動物たちに住処や食べ物を与え、動物たちは種を運んだり、土を豊かにしたりする。
草木も虫も動物も、それぞれが関わり合いながら生きている。
そして、その繋がりが森そのものを育んでいく。
ドライアドは地の精霊だ。
私なんかより、ずっと深く自然の営みを感じ取れるのだろう。
そんな彼女が、この森は誰も求めていないと言う。
つまり、ここには本来あるはずの繋がりが欠けているということなのかもしれない。
木々はこんなにも生い茂っているのに、そこに温かさが感じられない。
生き物たちを包み込むはずの森が、逆に全てを拒絶しているような。
そんな場所で生き続けるというのは、どんな気分なんだろう。
「それは、きっと寂しくて怖いね。」
私は眼下の森を見つめながら呟いた。
ドライアドは小さく頷いた。
「森自体が殺意を持っているみたい。アイラ、気を付けて。」
殺意かぁ。随分と物騒な表現だね。
だけど、ドライアドがそう感じるのなら、きっとそうなんだろう。
この森は、ただ魔物がいるというだけの場所ではないのかもしれない。
私はドライアドの顔を見つめると、安心させるように微笑んだ。
「平気だよ。言ったでしょ、真面目に行くって。」
昨日のような失敗を繰り返すつもりはない。
それに、今回は最初から全能力を使うつもりで来ている。
危険な場所だというのなら、なおさら遠慮する必要はないだろう。
「あはは、それは相手が可哀そうね。」
シルフが楽しそうに笑い出した。
「ん。それなら安心。」
ドライアドも先ほどまでの真剣な表情を緩めて、小さく頷いてくれた。
……うん? 何だか二人とも、私が真面目に戦うことを随分と恐ろしいことのように考えていない?
まぁ、間違ってはいないのかもしれないけど。
私は小さく笑うと、意識を自分の内側へ向けた。
《Storage》
GM専用倉庫へアクセスする。
そして、そこに保管していた装備を呼び出した。
来て。
『レーヴァテイン』。
『スヴェル』。
『ギャラルホルン』。
『ブリーシンガメン』。
四種の神器が次々と姿を現し、私の体へと装着されていく。
それぞれの装備が定位置へ収まるたびに、体の奥から力が湧き上がってくるのを感じた。
まるで、それまで自分を縛っていた何かが取り払われていくような感覚だ。
急激に高まる能力。
そして、それに比例するように膨らんでいく自信。
さっきまで不気味に見えていた森が、今ではまるで違って見える。
どんな魔物が現れようと、負ける気がしない。
そんな確信めいたものが自然と胸の内に広がっていった。
……ちょっと怖いね。
この森には、確かに命を持った存在が暮らしている。
たとえ人間に害をなす魔物であっても、それぞれが生きていることに変わりはない。
それなのに、今の私はどうだろう。
まるでゲームの狩場へやって来たような気分になっている。
倒すべき敵がいて、それを倒すための力がある。
ただそれだけのことのように思えてしまうのだ。
こんな考え方は、生命への冒涜なのかもしれない。
だけど装備を整えた今の私にとって、デーモンフォレストの攻略は、もうゲームの狩りと大して変わらないものに見えていた。
私は自分の手を見下ろした。
姿が消えているから何も見えないけど、そこには確かに圧倒的な力が宿っている。
この力を、どう使うか。
それだけは間違えないようにしないとね。
「相変わらず凄い装備ね。力が漲ってくるわ!」
シルフが嬉しそうに声を上げた。
見ると、彼女は両手を握り締めて、何とも頼もしい笑顔を浮かべている。
何だかシルフの背後から炎が立ち上っているように見えるんだけど。
もちろん実際に燃えているわけじゃない。
だけど、その勢いときたら、今にも何かを吹き飛ばしそうなくらいだ。
前世の漫画やアニメだったら、確実に背後で炎が燃え盛る演出が描かれているだろう。
そんな姿を見ていると、何だか私まで楽しくなってきた。
「ふふ、じゃあシルフにも頑張ってもらおうかな?」
「何をすればいいの?」
シルフが期待に満ちた目でこちらを見つめてきた。
やる気満々だね。
まぁ、協力してもらえるのはありがたい。
私一人で全てを確認するよりも、シルフやドライアドの力を借りた方がずっと効率的だろう。
「まずは周辺を回ってみようかな。そのうえで危ない人がいたら助けていく感じで。」
討伐隊の人たちがどこまで進んでいるのか。
どんな魔物と遭遇しているのか。
まずは、それを確認しておきたい。
もし危険な状況に陥っている人がいれば、私たちが手を貸せば良い。
姿を隠しているんだから、助けた相手に正体を知られる心配も少ないはずだ。
もちろん、突然魔物が倒れたら驚かれるかもしれないけど、それは仕方がない。
「まかせなさーい!」
シルフが元気いっぱいに返事をした。
その声には、普段以上の張りがある。
……何だか、随分とテンションが高いね。
さっきまで普通に話していたのに、レーヴァテインを装備した途端にこれだ。
やっぱり、この剣の力は少し怖い。
能力が高まるだけなら良いんだけど、こうして気分まで高揚してしまうのは考えものだ。
力が漲ってくる感覚が気持ち良いのは理解できるけども。
……うーん。あまり使い続けていたら、脳内物質が出すぎて人格まで変わってしまいそうで怖いなぁ。
前世風に言うなら、ドパったってやつだろうか。
私だって装備を整えた途端に森の攻略がゲームの狩りみたいに思えてしまったんだから、人のことは言えないけどね。
やっぱり、強すぎる力には気を付けないといけない。
私は楽しそうに張り切るシルフを眺めながら、そんなことを考えていた。
さぁ、それじゃあデーモンフォレストの攻略を始めようか。
できればノーコンテニューでクリアしたいところだね。




