疑心暗鬼③
デーモンフォレストへ足を踏み入れてから、しばらく森の中を進んだ。
頭上には鬱蒼とした木々が生い茂り、昼間だというのに周囲は薄暗い。
足元には枯れ葉や折れた枝が散乱していて、歩くたびに小さな音が響いていた。
私たちは周囲の様子を窺いながら、慎重に奥へと進んでいく。
やがて、他の討伐隊員たちの姿が見えなくなった。
最初のうちは遠くから人の話し声や足音が聞こえていたけど、それもいつの間にか途絶えている。
どうやら皆それぞれの方向へ進んでいったらしい。
私は足を止めると周囲を見渡した。
「シルフ、木の上にも誰かいないか確認して。ドライアドも足音とか聞こえる?」
二人に声を掛けると、シルフはすぐに頭上へ視線を向けた。
ドライアドも目を閉じて、何かを探るように意識を集中させている。
少しの間、二人の返事を待つ。
「誰もいないわ。」
「こっちも見つけられない。」
どうやら近くに人の気配はないらしい。
もちろん、これだけで完全に安全だと断言できるわけじゃない。
だけど少なくとも今のところ、誰かに見られている心配はなさそうだ。
私は二人の顔を見て小さく頷いた。
「じゃあ今回は隠れていくよ。」
そう告げると、心の中でコマンドを念じる。
《HidePC》
次の瞬間、私たち三人の姿が完全に消えた。
自分自身の姿は見えないけど、シルフとドライアドの姿は確認できる。
二人からも私の姿は見えているので、お互いの位置を見失う心配はない。
「今回は初めから隠れていくのね。」
シルフが周囲を見渡しながら言った。
「そう。そうしたら目立たないし、思いっきり戦っても私とはバレないよ。」
昨日みたいに、周囲の視線を気にしながら戦う必要もない。
もちろん、何をしても良いというわけではないけど、少なくとも私たちの姿を直接見られる心配はなくなった。
これなら多少派手なことをしても正体がバレる可能性は低いだろう。
「何で洞窟ではそうしなかったの?」
ドライアドが不思議そうに首を傾げた。
「洞窟だと誰が前後にいるか分かってるでしょ? 突然、私たちが消えたらビックリするじゃない。」
昨日のデーモンケイブでは、他の人たちと一緒に洞窟内を進んでいた。
あの狭い通路で突然私たちだけが姿を消したら、さすがに不審に思われるだろう。
しかも前後には他の討伐隊員たちがいたんだから。
何もない場所で突然消えたとなれば、説明するのも大変だ。
「そっか。」
ドライアドは納得したように頷いた。
その点、今回の森は随分と都合が良い。
木々が密集していて見通しが悪いし、人目から隠れられる場所なんていくらでもある。
実際、少し進んだだけで他の隊員たちの姿が見えなくなってしまったくらいだ。
そういえば、こういう場所を探索するときって、普通は人員を等間隔に配置して少しずつ進んでいく方法もあった気がする。
前世で、行方不明者の捜索なんかに使われているのを見た覚えがあるんだけど。
だけど今回の討伐隊では、そういう方法は取られていなかった。
単に、この世界にはそういう知識や技術がないのかもしれない。
あるいは複数の国や組織が集まった連合軍だから、そこまで細かい連携が取れていないだけなのかも。
もっとも、私が知っているのは人を捜索するときの話だ。
敵が潜んでいる森を攻略する場合にも有効なのかと聞かれたら、正直よく分からない。
等間隔に広がっていたら、逆に各個撃破される危険だってありそうだしね。
前世でもミリタリー関係の知識は薄かったから、こういう場面でどんな戦術が正しいのかさっぱり。
だけど幸い、私には単独行動に特化した能力がある。
せっかく自由に動けるんだから、今回は私なりの方法で攻略させてもらおう。
「探索方法は?」
シルフが私に尋ねてきた。
「とりあえず空から見下ろしてみよう。昨日は奥まで入り込んでないし、新しいことが分かるかも。」
地上からでは木々が邪魔で、遠くまで見渡すことができない。
だけど、上空からなら森全体の様子をある程度確認できるかもしれない。
敵の集まっている場所や、不自然に開けた場所が見つかれば、それだけでも十分な収穫だ。
「分かった。いくわよ。」
シルフが軽く手を掲げる。
すると、私たち三人の体がふわりと浮き上がった。
足元から地面が離れていき、周囲の木々がゆっくりと下へ流れていく。
やがて枝葉の間を抜けると視界が一気に開けた。
「わぁ……。」
目の前には、見渡す限りの森が広がっていた。
どこまでも続く緑の絨毯。
だけど、その景色は決して明るいものではなかった。
木々は互いに絡み合うように枝を伸ばし、地面へ差し込む光を遮っている。
上空から眺めているだけでも、森の奥に何かが潜んでいそうな不気味さを感じた。
私は目を凝らして、木々の隙間を探してみる。
だけど、地上の様子はほとんど分からなかった。
所々に小さな隙間があるものの、そこから見えるのは暗い地面や倒木ばかりだ。
人や魔物の姿を探そうとしても、なかなか見つからない。
「全然見えないね。」
思わず呟くと、ドライアドが静かに頷いた。
「うん、この森は誰も管理していない。誰も歓迎していない。」
「えっ?」
私は思わずドライアドへ顔を向けた。
いつもなら、もう少し気の抜けた調子で話すことが多い彼女だけど、今は随分と真面目な表情をしている。
その視線は、眼下に広がる森へ向けられていた。




