疑心暗鬼①
「それじゃあ皆も気を付けてね。」
私は出発の準備を終えると、セリーちゃんたちに向かって声を掛けた。
昨日は色々なことがあったけど、今日はそんなことを気にしている余裕はない。
いよいよデーモンフォレストの攻略が始まるのだ。
私たちはそれぞれ割り当てられた班に分かれ、別々に行動することになっている。
昨日のデーモンケイブでは何とか全員が生きて帰ることができた。
だけど、今日も同じように上手くいくとは限らない。
だからこそ、皆には十分に気を付けてほしかった。
「アイラちゃんの方が危険だよ。危なくなったら逃げてね。」
セリーちゃんが心配そうに私を見つめてきた。
その表情はいつになく真剣だった。
きっと昨日のことを思い出しているんだろう。
クレスが大怪我をして、私たちも危険な目に遭った。
あんなことがあったばかりなんだから、心配になるのも当然だよね。
「分かった。また一緒にご飯食べよう。」
私はセリーちゃんを安心させるように微笑んだ。
すると彼女も少しだけ表情を和らげて、こくりと頷いてくれた。
今日の攻略が終わったら、また皆で食卓を囲もう。
昨日みたいに美味しいものが出てくるかどうかは分からないけど、皆で食べればきっと楽しいはずだ。
私はセリーちゃんだけでなく、ピュアさんやティナさん、リリーナさんたちにも挨拶をした。
皆もそれぞれ私の無事を願ってくれたので、私も同じ言葉を返す。
こうして一通りの挨拶を終えると、シルフとドライアドを連れて自分たちの持ち場へと向かった。
目指すのは、魔王の領域であるデーモンフォレストだ。
昨日の洞窟とは違い、今度は広大な森が私たちを待ち受けている。
どんな魔物が潜んでいるのか。
そして、どれほど危険な場所なのか。
私にはおおよその知識があるけど、実際に何が起こるのかまでは分からない。
昨日の出来事を思えば、なおさら油断はできなかった。
デーモンフォレストの入口へ到着すると、そこには既に多くの討伐隊員たちが集まっていた。
目の前には鬱蒼とした森が広がっている。
背の高い木々が幾重にも重なり、奥へ進むほど見通しが悪くなっていた。
森の入口から眺めているだけでは、内部がどこまで続いているのかも分からない。
昨日の洞窟とはまた違った不気味さがあるね。周囲では騎士や冒険者たちが装備を確認し、隊ごとに最後の打ち合わせを行っていた。
私もその様子を眺めながら、隣にいる二人へ顔を向けた。
「さて、二人とも。今日は真面目に攻略するよ。」
周囲に聞こえないよう、声を落として話し掛ける。
するとシルフが意外そうに眉を上げた。
「あら珍しいわね。どういう風の吹き回し?」
「明日は土が降るかも。」
ドライアドまで真顔でそんなことを言ってきた。
……降らないよ。
というか、どうして二人ともそんなに驚いているの?
私だって、やるときはちゃんとやるんだからね。
もっとも、普段の私がこういう場であまり積極的に戦おうとしていないのは事実だ。
できるだけ目立たず、必要以上に力を使わないようにしてきた。
だから、二人が不思議に思うのも仕方がないのかもしれない。
私は小さく息を吐いてから、昨日の出来事を思い返した。
「昨日はいろいろと失敗したからね。まさかクレスがあんな怪我をするとは思いもしなかったし。」
あの光景は、今でも鮮明に覚えている。
私を庇って飛び込んできたクレス。
魔物の攻撃を受けて、大怪我を負った彼の姿。
あの時は本当に驚いた。
正直なところ、クレスほどの実力があればレイディアント以外の魔物には十分に対処できると思っていた。
もちろん、絶対に負けないと考えていたわけじゃない。
だけど、彼の実力を知っていたからこそ、多少の危険があっても大丈夫だろうという安心感があった。
今になって考えれば、その認識は随分と甘かったと思う。
どれほど強い人でも、判断を間違えたり、不測の事態に巻き込まれたりすれば命を落とすことがある。
昨日のクレスがまさにそうだった。
彼が私を庇ってくれなければ、別の結果になっていたかもしれない。
反対に、私がもっと早く行動していれば、クレスが怪我をすることもなかったかもしれない。
そう考えると、昨日の戦いには反省するべきところが多かった。
それに、危険なのはクレスだけじゃない。
この討伐隊には大勢の人たちが参加している。
それぞれに家族や友人がいて、帰りを待っている人もいるだろう。
そんな人たちが、少しのボタンの掛け違いで命を落としてしまうかもしれない。
最悪の場合、討伐隊そのものが全滅する可能性だってある。
ここは、それほど危険な場所なのだ。
目の前で誰かが命を落とすのを黙って見ているつもりはない。
特に、私の大切な人たちが危険に晒されるのなら話は別だ。
昨日のようなことを、もう繰り返さないためにも、今日は少しくらい積極的に動いてみようと思う。
もちろん、やりすぎない範囲でね。
「とは言え、いきなり全てを吹き飛ばしたりしないよ。どうするかは後で分かるから。」
私は二人に向かって小さく笑った。
いくら真面目に攻略するといっても、森を丸ごと消し飛ばすようなことをするつもりはない。
そんなことをしたら、魔物だけでなく森そのものがなくなってしまう。
それに、周囲には大勢の討伐隊員がいるんだから。
私の力を無闇に見せびらかすわけにもいかない。
できるだけ自然に、必要なところで手を貸すつもりだ。
もっとも、具体的にどうするつもりなのかは、まだ二人にも内緒だ。
「何よそれ。まぁ、お任せするわ。」
「ん、分かった。」
二人とも、随分とあっさり納得しちゃった。
私はてっきり、何をするつもりなのか詳しく聞かれるものだと思っていた。
そうしたら、まだ内緒だよって言って焦らそうと思っていたのに。
それなのにシルフもドライアドも全く気にしていない様子だ。
シルフはもう周囲の様子を確認し始めているし、ドライアドもいつもどおりの落ち着いた表情をしている。
うーん、何だか張り合いがないなぁ。
もちろん、二人が私を信頼してくれているのは嬉しい。
何をするのか分からなくても、任せてくれるということなんだから。
だけど、もう少しくらい興味を持ってくれても良いんじゃない?
私は少しだけ不満に思いながら、前方へ視線を向ける。
すると、少し離れた場所にクレスたちの姿が見えた。




