見ないようにしてたもの⑫
「それで、アイラはどうするつもりなの?」
シルフが興味津々といった様子で尋ねてきた。
どうするって、クレスのことだよね。
私は腕を組むと、うーんと唸って考え込んだ。
さっきはゆっくり考えさせてもらうと答えたけど、正直なところ何から考えれば良いのかも分かっていない。
だけど、いつまでも分からないと言っているわけにもいかないよね。
まずは恋人としてのクレスが、どういう人なのかを考えてみよう。
うん、確かにクレスは格好良い。
整った顔立ちに、背も高くて立派な体格。
剣の腕前だって申し分ないし、何より仲間を大切にする優しい人だ。
責任感も強くて困難な状況でも簡単には諦めない。
おまけに侯爵家の嫡男という立派な生まれまである。
能力もあって性格が良くて育ちも良い。
こうして条件だけ並べてみると、本当に凄い人なんだよね。
少なくとも『アイラ』のパートナーとして考えるなら、これ以上ないくらいの優良物件だろう。
でも問題がないわけじゃない。
まず、クレスは貴族だ。
しかも、ただの貴族ではなく侯爵家の嫡男。
将来的には家を継ぐ立場にあるはずだ。
一方の私は、どこにでもいる平民の娘。
冒険者として活動しているとはいえ、家柄や身分という意味では大きな隔たりがある。
そんな二人が一緒になったとして、上手く生活できるものなんだろうか。
貴族の暮らしなんて、私にはほとんど分からない。
礼儀作法だって詳しくないし、社交界で上手に振る舞える自信もない。
そもそも私は自由に冒険者として暮らしていきたいんだけど。
もしクレスと一緒になったら、そういう生活を続けることは難しくなるんじゃないかな。
他にも問題がある。セレナのことだ。
私の知っている正史ではクレスの恋人になるのはセレナだった。
二人はお似合いだったし、物語の中でも大切な関係だったはずだ。
今日だってデーモンケイブで見たクレスとセレナはあんなに仲が良さそうだったじゃない。
それなのに、どうしてクレスは私に告白したんだろう。
正史と今の世界が必ずしも同じ展開になるとは限らない。
それは、これまでの出来事からも十分に分かっている。
だけど、だからといってセレナの気持ちを無視して良いわけじゃないよね。
もしセレナがクレスのことを好きだったら?
そう考えると、どうしても簡単には答えを出せなかった。
「気になることがあるの?」
私が黙り込んでいると、ドライアドが顔を覗き込んできた。
どうやら随分と難しい顔をしていたらしい。
「ある、かなぁ。」
私は曖昧に頷いた。
一つひとつ説明するには、少し複雑すぎる。
特にセレナとクレスの関係については、二人にどう説明すれば良いのかも分からない。
そんな私を見て、シルフは呆れたように肩をすくめた。
「ぐじぐじ悩んでるくらいなら動いてみたら?」
「ぐじぐじって……。」
随分な言い方だね。
私はそんなにぐじぐじしているつもりはなかったんだけど。
……いや、してるか。
クレスのことを考えようとしているのに、あれこれ理由を並べては結論を先延ばしにしている。
しかも、その理由の中には自分で確かめられることだってある。
だったらシルフの言うとおり、まずは動いてみた方が良いのかもしれない。
考えているだけでは分からないことも、実際に話してみれば分かるかもしれないからね。
「そうだね。そうしてみよっか。」
私は組んでいた腕を解いて、小さく頷いた。
何だか少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
うん、まずはセレナと直接話してみよう。
セレナがクレスをどう思っているのか。
それを本人に確かめてみたい。
もしセレナがクレスのことを好きだと言うのなら、私は身を引こう。
元々、二人は正史で恋人になる関係なんだから。
私が間に入って、その関係を壊してしまうのは違うと思う。
もちろん、クレス自身の気持ちを無視して良いわけではない。
だけど、少なくとも今の私には、セレナを押しのけてまでクレスと一緒になりたいと思えるほどの気持ちはない。
反対に、セレナがクレスを恋愛対象として見ていないのなら。
その時は、また改めて考えてみよう。
クレスのことをどう思っているのか。
私自身がどうしたいのか。
きっと、今よりは少し落ち着いて考えられるはずだ。
とりあえず方針は決まって私が一人で納得していると、ドライアドが少し不満そうに頬を膨らませた。
「好きなら好きでいいのに。」
「えぇ……。」
どうやら、私なりに答えを出したつもりでも、ドライアドには納得してもらえなかったらしい。
いや、言いたいことは分かるよ?
好きなら好きで良い。
私だって、それが正しいとは思いますけどね?
だけど、そんなに簡単に割り切れるものじゃないんだよ。
そもそも私はまだクレスのことを好きなのかどうかも分かっていないんだから。
格好良いと思うし、優しい人だとも思う。
一緒にいて安心できるし、彼が傷付けば心配にもなる。
だけど、それが恋愛感情なのかと聞かれたら、今はまだ答えられない。
いい歳してたのに結婚できなかった前世を考えても、誰かから恋愛感情を向けられること自体、慣れない経験なんだから。
そういう意味でも少しだけでいい。時間が欲しい。
私はドライアドを見つめながら、ふと疑問に思った。
「精霊だって恋愛とかしないじゃない。どうしてそんなに気になるの。」
シルフもドライアドも、人間の恋愛感情になんて興味がないはずだ。
それなのに、どうして私のことになると、こんなに熱心なんだろう。
少し不思議に思って尋ねてみると、ドライアドは迷うことなく答えた。
「アイラに幸せになってほしいから。」
「……あ。」
あまりにも真っ直ぐな答えだったので、私は思わず言葉を詰まらせた。
ドライアドは私の顔を見つめながら、にこりと微笑んでいる。
そこには、からかうような様子なんて少しもなかった。
ただ本当にそう思ってくれているんだろう。
「素敵な旦那を捕まえなさいよ。金髪なら合格点だわ。」
続けてシルフが、何故か偉そうに腕を組んで言った。
「ああ、そう……。」
どうやらクレスは、精霊のお眼鏡に適ったらしい。
それはそれで凄いことだ。
何しろ、シルフもドライアドも普段から私のことを随分と大切にしてくれている。
そんな二人が認める相手なんだから。
まあ、それは私だって最初から分かっているんだけど。
こうして二人の話を聞いていると、ようやく今日の行動にも納得できた。
髪を綺麗にしてくれたことも、服を選んでくれたことも。
私には何も教えず、クレスとの話を見守っていたことも。
全部、私に幸せになってほしかったからなんだね。
二人の気持ちが嬉しかった。
自分たちには関係のない恋愛のことなのに、こんなに真剣に考えてくれている。
私が幸せになることを、まるで自分たちのことのように願ってくれている。
私はシルフとドライアドの顔を交互に見つめた。
「はぁ~……。」
思わず、大きなため息が漏れる。
シルフとドライアドは不思議そうに私を見つめていたけど、私は小さく笑って首を振った。
別に嫌なことがあったわけじゃない。
ただ、今日は色々あったなと思っただけだ。
考えなければならないことも随分と増えてしまった。
でも、今すぐ全部の答えを出す必要はないんだよね。
クレスだって、ゆっくり考えて良いと言ってくれたんだから。
私は二人へ微笑み掛けた。
「さて、そろそろ皆のところへ戻ろうか。」
明日もきっと忙しくなる。
今日はゆっくり休んだ方がいいだろう。
ベッドに入ったあともクレスの顔を思い出さずにいられるかどうかは、ちょっと自信がないんだけどね。




