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見ないようにしてたもの⑪

「あ~……事件もあったが。」

クレスが何とも言えない表情で口を開いた。

その視線は一瞬だけ私の横へ向けられたけど、すぐに戻ってきた。

ちなみに、私の横ではシルフとドライアドが揃って正座している。


もちろん私がそうするように言ったからだ。

あれだけ人をからかっておいて、何のお咎めもなしというわけにはいかないからね。

二人とも最初は何か言いたそうにしていたけど、私がじっと見つめると大人しく座ってくれた。

もっとも、精霊に正座をさせたところで足が痺れるのかどうかは分からない。


それでも反省してもらうにはちょうど良いだろう。

クレスはそんな二人を見なかったことにするように、小さく咳払いをした。

「うん。」

私は肩を落としたまま返事をする。


もう色々と諦めた。

クレスから突然告白されるし、シルフたちは最初から知っていたみたいだし、おまけに下着の話まで暴露されるし。

今日は一体何なんだろう。

できることなら、今すぐベッドに潜り込んで何も考えずに眠ってしまいたい。


だけど、クレスとの話はまだ終わっていない。

私は気を取り直して彼の顔を見上げた。

「アイラもゆっくり考えてみてくれ。今はこんな状況だ。返事は急いでいない。」

クレスはそう言うと、ぐるりと周囲を見渡した。


私もつられて辺りへ視線を向ける。

少し離れた場所には連合軍のテントが並び、その向こうでは兵士たちが忙しそうに行き交っている。

食事を終えて休んでいる人もいれば、明日の作戦に向けて準備を進めている人もいた。

そうだった。


ここは戦地なんだよね。

さっきまで色々なことが起こりすぎて、すっかり忘れそうになっていた。

今日だって、私たちは命懸けでデーモンケイブを攻略したばかりだ。

明日からはデーモンフォレストへ進軍することになる。


これから先、何が起こるのか分からない。

そんな状況で恋愛について考える余裕があるのかと聞かれたら、正直なところ自信はなかった。

だけど、クレスが真剣に伝えてくれた気持ちを、いつまでも曖昧なままにしておくのも違うと思う。

今すぐ答えを出すことはできないけど、ちゃんと考える必要はあるんだろう。


私は一度姿勢を正すと、改めてクレスに向き直った。

「分かりました。ゆっくり考えさせてもらいます。」

今度は、わざと敬語を使った。

普段ならもっと気軽に話すところだけど、これは大切な話だから。


クレスが真剣に伝えてくれたのなら、私も真剣に受け止めなければならない。

そういう気持ちを込めたつもりだった。

クレスもそれが分かったのか、敬語を指摘してくることはなかった。

ただ、穏やかな表情で頷いてくれた。


「それでは私は先に戻る。考えたいこともあるだろうしな。」

「あ、うん。」

「……そろそろ二人は許してやってくれ。」

そう言って、クレスは私の横へ視線を向けた。


私もつられて視線を送る。

そこには、相変わらず正座を続けているシルフとドライアドがいた。

二人とも随分と険しい顔をしている。

シルフは口をきゅっと結んでいるし、ドライアドも普段の眠そうな表情とは違って、何やら真剣な顔をしていた。


うーん、そろそろ許してあげても良いかな。

そもそも、そこまで長く正座させるつもりもなかったし。

だけど、あの下着の件を思い出すと、まだ少し腹が立つ。

よし、一旦ステイ。


もうちょっとだけ反省してもらおう。

私は二人から視線を戻すと、クレスに曖昧な笑みを返した。

「それでは、また会おう。」

「うん、またね。」


クレスはそう言って、私に向かって一歩近付いた。

そして、何を思ったのか、私の横へ下ろしていた髪を少しだけ掬い上げた。

えっ?

そう思った次の瞬間。


彼は指先に乗せた私の髪の先端へ、そっと口付けをした。

「なっ!?」

何をしてるの、この人!?

私が驚いて固まっていると、クレスは掬い上げた髪をそっと離した。


そして、こちらを見てニヤリと笑う。

「ではな。」

軽く手を振ると、そのまま背を向けて歩き出してしまった。

「ちょ、ちょっと……!」


慌てて声を掛けようとしたけど、クレスは振り返らない。

それどころか、何だか随分と歩くのが速い。

さっきまで私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていたのに、今は大股でどんどん遠ざかっていく。

あれ、絶対に早歩きしてるよね?


私が何か言う前に逃げようとしてない?

そう思っている間にも、クレスの姿はみるみる小さくなっていった。

そして、あっという間に見えなくなってしまった。

「もう……。」


私は思わずため息をついた。

さっきまであんなに真面目な話をしていたのに、最後にあんなことをするなんて。

本当に油断ならない人だね。

頬が熱くなっているのを感じて、私はそっと手を当てた。


きっと今、随分と赤い顔をしているんだろうな。

だけど、クレスの姿が見えなくなると、不思議とその熱も一気に引いていった。

代わりに、別のことが気になり始める。

「また会おうって……。戦場で告白した人が死ぬのはテンプレなんだからね。」


私はクレスが去っていった方向を見つめながら、小さく呟いた。

前世で見てきた物語では、こういう場面のあとに悲しい展開が待っていることも少なくなかった。

大切な気持ちを伝えて、次に会う約束をして。

それなのに二度と会えなくなってしまう。


そんな展開、私は嫌だ。

クレスのことをどう思っているのか、これからどうしたいのか。

まだ何も整理できていないんだから。

ちゃんと考えて自分の言葉で返事をしたい。


そのためにも、生きてまた会わないといけない。

私はしばらくクレスが去った方向を眺めてから、ゆっくりと振り返った。

「で、もう立って良いよ。」

「はい……。」


「ありがとうございます……。」

シルフとドライアドが、揃って殊勝な返事をした。

二人ともゆっくりと立ち上がる。

さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのやら。


シルフは少し申し訳なさそうに私の顔を窺っているし、ドライアドも大人しく両手を揃えていた。

うんうん、ちゃんと反省しているみたいだね。

まぁ私もいつまでも怒っているつもりはない。

「別に言うほど怒ってる訳じゃないけどね。」


そう伝えると、二人の表情が一気に明るくなった。

「よかったぁ。」

シルフは心底安心したように胸を撫で下ろした。

ドライアドも嬉しそうに私へ近付いてくる。


「また落ち込んだりしてない?」

「ああ……。」

その言葉を聞いて、ようやく気が付いた。

そっか。二人とも、昨日のことを気にしてくれていたんだね。


確かに昨日は色々とあって、二人にも心配を掛けてしまった。

そんな私が今日も落ち込んでしまわないように、気を遣ってくれていたのかもしれない。

そう考えると少しだけ申し訳ない気持ちになる。

もっとも、昨日の今日でこんなことをするのはどうなのかな。


むしろ簡単に許しちゃ駄目なんじゃない?

そんな気もするけど、シルフたちの気持ちも分からなくはなかった。

私は少し考えてから、シルフへ尋ねた。

「私がクレスの好意に気付いて、ううん。無視してたから教えてくれなかったの?」


シルフは一瞬だけ目を丸くした。

それから、何となく納得したように頷く。

「何となくだけどね。アイラって恋愛とか全然分かりませんって顔してるから。」

「えぇ……。」


そんな顔をしていたつもりはなかったんだけど。

どうやらシルフには、そう見えていたらしい。

だけど、よく考えてみれば間違っていないのかもしれない。

私はクレスの好意に、ずっと鈍感であり続けようとしていた。


彼が私に向けてくれる優しさも、気遣いも。

時折見せる特別な態度も。

気付かないふりをしていれば、これまでどおりの関係でいられると思っていた。

本当は何となく分かっていたのかもしれない。


だけど、それを認めてしまったら、色々なことが変わってしまいそうで。

だから気付かないように蓋をしていた。

見ないようにしていたんだ。

もっとも、恋愛についてよく分かっていないのは事実だけどね。


前世を含めても、こういう経験なんてほとんどないんだから。

私は小さくため息を漏らした。

「はぁ……。」

シルフはそんな私を見ながら、少しだけ心配そうな顔をしている。


だけど、今度は落ち込んでいるわけじゃない。

ただ少し考えることが増えてしまっただけだ。

私はシルフに小さく微笑むと、今度はドライアドへ顔を向けた。

「ドライアドも私のためにしてくれたんだもんね?」


「うん!」

ドライアドは元気良く頷いた。

その顔には、先ほどまでの反省した様子なんて欠片も残っていない。

それどころか満面の笑みを浮かべている。


うわぁ、良い笑顔だね。

普段は眠そうにしていることが多いドライアドだけど、こうして嬉しそうに笑っている姿も本当に可愛い。

元々整った顔立ちをしているし、緑色の長い髪も綺麗だ。

可愛くて美人なドライアドにこんな顔をされたら、誰だって許したくなってしまうだろう。


私だって例外じゃない。

仕方ないなぁ。

今回は二人とも、私のことを考えて行動してくれたんだもんね。

少しくらい悪戯心が混ざっていたとしても、その気持ちは素直に受け取っておこう。


「でも下着の話を男性の前でするのはやめて。」

私はドライアドの目を真っ直ぐ見つめて、はっきりと告げた。

すると、ドライアドはきょとんとした顔で首を傾げた。

いや、そんな不思議そうな顔をされても困るんだけど。


私のために色々と準備してくれたことには感謝している。

だけど、それを本人の目の前で全部暴露して良いかどうかは別問題だ。

ましてや、下着の話なんて。

あんなことを言われたら、私がどれだけ恥ずかしい思いをするか分かってほしい。


私はもう一度、念を押すようにドライアドへ顔を近付けた。

「良い? そこだけは本当に気を付けてね。」

だって、それとこれとは話が違うのだから。

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