見ないようにしてたもの⑩
クレスが落ち込まなくて良かった。
そう思っている自分がいる。
どうしてだろう。
秘密を守れたことへの安心とは、少し違う気がする。
彼が傷付かずに済んだことが、ただ嬉しかった。
この気持ちが何なのか、今の私にはよく分からない。
だけど、そこには確かに安堵があった。
「質問に答えてくれてありがとうね。」
私はクレスを見上げて、小さく微笑んだ。
傍から聞いていた人がいたら、きっと不思議に思うだろう。
いつから好きになったのかという質問に対して、クレスは昔出会った少女の話をしている。
そして私は、その少女が不思議だという感想を述べただけ。
これでは話が繋がっていないじゃないか、と言われても仕方がない。
だけど、私とクレスの間では確かなやり取りがあった。
クレスは、あの少女が私だと確信している。
私は、それを認めない。
そしてクレスも私が認めないことを分かったうえで、それ以上は追及してこない。
きっと、この話はこれで終わりなんだろう。
お互いに納得しているのなら、それで良い。
少なくとも、あの少女の正体については。
だけど、もう一つの話はそう簡単に終わらせられなかった。
クレスが私に伝えてくれた気持ち。
それについては、ちゃんと返事をしなければならない。
私は一度だけ小さく息を吸った。
「だけど私はその気持ちに答えることができないよ。」
言ってしまった。
だけど、これは必要なことだと思う。
クレスがどれだけ真剣に話してくれたとしても、今の私には同じ気持ちを返すことができない。
だったら、曖昧な返事をして期待を持たせるより、ここできっぱりと断ってあげる方が優しいはずだ。
少し申し訳ないけど、こればかりは仕方がない。
私はクレスの返事を待った。
きっと残念そうな顔をするだろう。
そうなったら、どうやって声を掛ければ良いんだろう。
そんなことを考えていたのに、彼から返ってきたのは諦めの言葉ではなかった。
「未練がましくて申し訳ないが、諦めるつもりはない。何度でも挑戦するさ。」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
えっ、何? 今、断ったよね?
ちゃんと断ったはずなんだけど。
クレスは私の反応を見ても、特に気にした様子はなかった。
それどころか、どこか楽しそうに笑っている。
ああ、そうだった。
この人は確かにこういう人だった。
一度決めたことは簡単に曲げないし、困難な状況でも諦めずに道を探そうとする。
そういうところは私のよく知る人物像のままだ。
普段なら頼もしいと思える性格なんだけど、まさかこんな場面で発揮されるとは思わなかったよ。
「振られた理由も分からずに引き下がるつもりもないし、理由があるなら改善できる。」
しかも本人を目の前にして堂々とそんなことを言ってくる。
いやいや、ちょっと待って。
何、その精神力。
普通、告白して振られたら多少なりとも落ち込むものじゃないの?
それなのに、もう次の挑戦に向けて原因を分析しようとしているんだけど。
メンタルお化けかな?
私は呆れたようにため息をついた。
「はぁ……。私は突然のことで整理もついてないし、クレスのことをそういう目で見たことがないから。」
これが今の私に言える、正直な気持ちだった。
そもそも、さっきまでクレスが私を好きだなんて考えたこともなかった。
それなのに、いきなり告白されて返事を求められても困ってしまう。
少なくとも今すぐ恋人になりたいと思えるような状態ではない。
だから、これで納得してほしい。
そう思っていたのに。
「では検討が十分にできておらず、私にも不満な点はないと。」
「不満ならあります。そういうところです。」
思わず即答してしまった。
何でそうなるの!?
私が言いたかったのは、まだ恋愛対象として考えたことがないってことなんだけど。
それを、検討不足だから可能性はあると解釈するなんて。
しかも、不満がないことまで勝手に確認している。
本当に抜け目がない。
ここまで言ったら傷付くかな、なんて心配は、もうとっくに通り過ぎてしまった。
むしろ、ここまでのやり取りで確信した。
この人、これくらいじゃ絶対に傷付かない。
「はは、手厳しいな。」
案の定、クレスは楽しそうに笑っている。
いや、だから。
私はこんなに困っているんだけど。
あちらは告白してすっきりしたのか、最初に見せていた緊張なんてどこかへ消えてしまっていた。
何だか随分と不公平な気がする。
私だけが振り回されているような気分だ。
それに検討するも何も、私はまだ自分の気持ちすら整理できていないんだから。
どうしたものかなぁ。
「やっぱり振られたの、金髪。」
「玉砕、喝采。」
「うわぁビックリした!」
突然聞こえてきた声に、私は思わず飛び上がった。
慌てて声のした方を振り返ると、そこにはシルフとドライアドがいた。
二人とも、いつものように平然とした顔をしている。
いやいやいや!
ちょっと待って!
全然気配がなかったんだけど!?
いつからそこにいたの!?
少なくとも、私がクレスと見つめ合っていたときには近くにいなかったよね?
いたら絶対に気付いていたはずだ。
……いや、さっきは色々と動揺していたから、気付かなかった可能性もあるけど。
それにしたって、こんな大事な話をしているところへ突然現れるなんて。
私は驚きながら二人を見比べた。
すると、シルフが何やら得意げな顔をしていることに気が付いた。
あれ? ちょっと待って。
今、何て言った?
「……って、やっぱりってことは知ってたのシルフ!?」
私は思わず声を上げた。
さっき、確かに『やっぱり』って言ったよね?
つまり、クレスが私に告白することを最初から知っていたってこと?
シルフは私の問い掛けに、悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「やぁね。お子様に合わせて見守っててあげただけよ。ねぇ、ドライアド。」
「そうそう、服も下着もせっかく可愛くしてあげたのに。」
……。
…………。
ああ、なるほど。
そういうことだったんだ。
髪を丁寧に洗ってくれたことも。
体を綺麗に拭いてくれたことも。
ドライアドが妙に張り切って服を選んでいたことも。
シルフが『準備は整った』なんて意味深なことを言っていたのも。
全部、このためだったってこと?
それなのに私には何も教えてくれなかった。
むしろ、私が不思議に思って尋ねても、二人揃って誤魔化していた。
そして今は、私が振られたわけでもないのに、勝手に結果を面白がっている。
……カッチーン。
はい、怒りました。
私に何も教えてくれなかったことも。
私の反応を楽しんでいたことも。
絶対に許さないからね。
私は二人に向かって文句を言おうとした。
だけど、その前にクレスが小さく声を漏らした。
「し、下着……?」
「はっ。」
しまった。
私は慌ててクレスの方を振り返った。
彼は片手を口元に当てて、何とも言えない表情で狼狽えていた。
さっきまであんなに堂々としていたのに、今度は明らかに動揺している。
そりゃそうだよね。
だって今、ドライアドがとんでもないことを口走ったんだから。
服だけならまだ良い。
お洒落をしてきたんだな、で済む話だ。
だけど、どうして下着の話まで持ち出すの!?
そんなこと、クレスに聞かせる必要なんてないでしょうが!
しかも、今の言い方だと、まるで私がクレスに会うために下着まで選んできたみたいじゃない。
違うから!
私は何も知らなかったんだから!
そもそも、下着を選んだのはドライアドでしょう!?
私は顔が熱くなっていくのを感じながら、ゆっくりとドライアドへ視線を向けた。
すると、当の本人はというと。
「ぶい。」
小さな手で、得意げに二本の指を立てていた。
……。
…………。
「~~~~~ドライアド!!!!!!!!」
駐屯地の片隅に、私の叫び声が響き渡った。
ここ数年で何度目になるだろう。
少なくとも、今までこんなに大きな声を出した記憶はない。
こうして私は、人生で一番大きな叫び声を上げることになったのだった。




