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見ないようにしてたもの⑦

「ご馳走さまでした。」

私は空になった食器の前で、そっと手を合わせた。

ふぅ、美味しかったぁ。

最初に料理を受け取ったときは全部食べ切れるか心配だったけど、何とか完食することができた。


もっとも、その代償としてお腹はパンパンになってしまったけどね。

「うぅ、お腹いっぱい……。」

思わずお腹に手を当てる。

比喩でも何でもなく、物理的にお腹が膨らんでいるのが分かった。


普段は引き締まっているはずのお腹が、今は少し丸みを帯びている。

こんなに美味しい料理を出されたら、ついつい食べ過ぎちゃうのも仕方ないよね。

特にあのパンは絶品だった。

外側は香ばしく焼き上がっているのに、中はもちもちとしていて、噛むたびに小麦の甘みが広がっていく。


スープとの相性も抜群で、気が付けば最後の一口まで綺麗に食べてしまっていた。

おまけに食後の果物まで美味しかったものだから、もうこれ以上は何も入らない。

今はお水を飲むのさえ少し苦しいくらいだ。

「美味しかったね~。」


隣にいたセリーちゃんが、満足そうな笑顔を浮かべている。

「うん! 本当に美味しかった。」

「こんなに豪華なご飯が出るなんて思わなかったよ。」

「私も。明日もこんなご飯だったら嬉しいね。」


「ふふっ、そうだね。」

もっとも、毎日こんなに豪華な食事が出てきたら、今度は食べ過ぎの方が心配になってしまうかもしれない。

そんなことを考えていると、ドライアドが私の顔を覗き込んできた。

「アイラ、幸せそうだった。」


「えっ、そう?」

「うん。ずっとにこにこしてた。」

どうやら食事をしている間、随分と嬉しそうな顔をしていたらしい。

まあ、あれだけ美味しいものを食べていたんだから当然かもしれない。


「ねー。あたしまで食べてみたくなったもの。」

シルフも楽しそうに頷いている。

精霊である二人は私たちのように食事をする必要がない。

それどころか、そもそも普通の食べ物を口にすることもできないから、こうして一緒に食事を楽しめないのは少し残念だった。


「そうだね。シルフが食べられたら絶対美味しいって言ってたよ。」

「そんなに?」

「うん、間違いないよ。」

私が自信満々に頷くとシルフは少し羨ましそうに料理の載っていた食器を眺めた。


「ふーん。そこまで言われると余計に気になるわね。」

「いつか食べられるようになったら良いね。」

「そうね。」

ドライアドも小さく頷いている。


二人にもこの美味しさを知ってもらえたら良いんだけど、こればかりはどうしようもない。

せめて私が美味しそうに食べている姿を見て、少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいな。

それから私たちは食器をまとめ、返却口へと向かった。

食事を終えた人たちが次々とトレーを返していて、配給所の周囲はまだまだ賑わっている。


私たちも順番に並び、使い終わった食器を返却した。

「ご馳走さまでした。美味しかったです。」

配給を担当していた人にお礼を伝えると、相手も嬉しそうに笑ってくれた。

こうして直接感想を伝えられるのも良いね。


せっかく美味しい料理を作ってくれたんだから、感謝の気持ちはちゃんと伝えておきたい。

返却を終えて周囲を見渡すと、連合軍の人たちも随分と満足している様子だった。

仲間同士で料理の感想を話し合ったり、笑いながら肩を叩き合ったりしている。

中には今日の洞窟攻略について楽しそうに語っている人たちもいた。


あちこちから笑い声が聞こえてきて、駐屯地全体が明るい雰囲気に包まれているようだった。

何だか良い光景だね。

ついつい、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになる。

だからこそ気を付けないといけない。


今日の成果が大きかったのは確かだけど、魔王討伐が終わったわけではない。

こんなところで気を緩めてしまえば、それこそ命取りになりかねないから。

ほんの少しの油断が取り返しのつかない結果に繋がることだってある。

うん、明日からは一層気を引き締めていかなきゃ。


私は胸の前で小さく拳を握ると、ぐっと力を込めた。

「アイラ。」

「ん?」

小さくガッツポーズをしていたところで、不意に後ろから声を掛けられた。


聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはクレスが立っていた。

「あっ、クレス。」

思わず声を上げたけど、すぐに彼の格好がいつもと違うことに気が付いた。

あれ? 今日は甲冑を着ていないんだね。


普段は騎士団の一員として甲冑姿でいることが多いクレスだけど、今は随分と身軽な格好をしていた。

とはいっても貴族が着るような豪華な服というわけではない。

見た目だけなら、街で暮らす平民の男性が着ていてもおかしくないような服だ。

ただ、よく見ると生地の質が良く、皺もほとんどない。


きちんと手入れされていることが分かる清潔感のある服装だった。

普段の甲冑姿も格好良いけど、こういう服も似合うんだね。

「こんばんは。」

「ああ、こんばんは。」


私はいつものように挨拶を返した。

もっとも、空は相変わらず明るいままなんだけどね。

この場所では時間の感覚がおかしくなりそうになるけど、今はもう晩御飯を食べ終えた時間だ。

だから、こんばんはで間違っていないはず。


そんなことを考えていると、クレスが少し言いにくそうに口を開いた。

「……さっきの話をしても良いか?」

「さっきの話?」

一瞬何のことか分からなかったけど、すぐに思い当たった。


ああ、そういえば話したいことがあるって言っていたね。

「はい。ここで良いですか?」

私は周囲を見渡しながら尋ねた。

食事を終えた人たちが行き交っているけど、少し端へ寄れば話すくらいはできそうだ。


だけどクレスは何故かすぐには答えなかった。

不思議に思って彼の後ろへ目を向けると、そこには騎士団員の人たちが立っていた。

しかも、何やらクレスに向かって拳を握ったり、親指を立てたりしている。

中には口を動かして何かを伝えようとしている人までいた。


何だろう、あれ。

まるで試合に出る仲間を応援しているみたいだね。

しかも、その中にはセレナまで混ざっていた。

セレナは騎士団員たちと一緒になって楽しそうにクレスへ声援を送っている。


あれ? 何かあったのかな。

私が首を傾げていると、クレスも後ろを振り返った。

そして、何とも言えない呆れた表情を浮かべた。

「……場所を変えよう。」


「えっ、はい。」

クレスは騎士団員たちに向かって、しっしと手を払うような仕草をした。

おお、珍しい。

普段のクレスは、ああいう態度をあまり見せないんだけどね。


騎士団員たちはそんな彼の反応が面白かったのか、笑いながらテントの方へ歩いていった。

セレナも最後に何か声を掛けていたけど、私にはよく聞こえなかった。

それにしても随分と楽しそうだったね。

何か良いことでもあったんだろうか。


「行こうか。」

「あ、はい。」

クレスに促され、私は皆と別れて歩き始めた。

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