見ないようにしてたもの⑥
しばらくして、駐屯地に晩御飯の配給を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あっ、晩御飯の時間だね。」
「今日は何が出るんでしょう?」
「いっぱい動いたから、お肉が食べたいなぁ。」
そんな会話を交わしながら、私たちはテントを出て配給所へと向かった。
外に出ると、既に大勢の兵士や冒険者たちが同じ方向へ歩いている。
どうやら皆も晩御飯を楽しみにしていたらしい。
私たちもその流れに加わり、配給所の列へと並んだ。
「今日は洞窟を攻略できたんだし、少しくらい豪華になってたりしないかな?」
「どうでしょうね。でも、そうだったら嬉しいです。」
「私は温かいスープがあれば十分かな。」
「私は甘いものが食べたい!」
それぞれ好きなものを挙げながら今日の献立を予想していく。
まさか甘味があるとは思えないけど、学校の給食を待っているような気分になるね。
もっとも、ここは魔王討伐のために集まった軍の駐屯地なんだけど。
そんなことを考えていると、周囲の人たちがちらちらとこちらを見ていることに気が付いた。
あれ? 何だろう。
最初は気のせいかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
すれ違う人たちや近くに並んでいる人たちが、何度も私たちへ視線を向けてくる。
その理由は、少し考えれば分かった。
ああ、そうか。
私たち、さっきまで皆で体を綺麗にしていたんだった。
周囲を見渡せば、今日の探索や作業で汚れたままの人も少なくない。
それなのに私たちは髪も体も綺麗にして、おまけに私は普段とは違うお洒落な服まで着ている。
こんな場所では、少し目立ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
だけど、向けられる視線は男女で随分と違っていた。
女性たちは羨ましそうに私たちを見つめている。
特に髪の毛へ視線を向ける人が多いようで、中には自分の髪に触れながらため息をついている人までいた。
うんうん、その気持ちは分かるよ。
こんな場所では満足にお風呂へ入ることも難しいし、髪を綺麗に保つだけでも大変だもんね。
一方で、男性たちの視線は少し違っていた。
何というか、妙に熱がこもっているような気がする。
確かにセリーちゃんたちは皆、かなり整った顔立ちをしている。
普段は冒険者として活動しているから動きやすい格好をしているけど、こうして身なりを整えると随分と印象が変わる。
そんな綺麗な女の子たちが揃って歩いていたら、つい目で追ってしまうのも分からなくはない。
それに、自分で言うのも何だけど、私だって可愛くて綺麗に育ったと思う。
白銀色の髪に赤い瞳。
顔立ちも悪くないし、髪や肌の手入れにもそれなりに気を遣っている。
もちろん、こうして自分の容姿を褒めるのは少し痛い気もするけどね。
ただ、この辺りは前世の感覚が残っているからこその感想なんだろう。
元々は男性だったこともあって、今の自分をお洒落させるのは、どこか着せ替えを楽しんでいるような感覚に近い。
可愛い服を選んだり、髪型を変えてみたり。
鏡に映った自分を見て、今日は良い感じだなと思えるのは素直に楽しいことだった。
だけど容姿が整っていることは良いことばかりじゃない。
時には、それが変な人を招き入れてしまうことだってある。
実際、周囲には少し気持ち悪い視線を向けてくる人もいた。
単純に綺麗な女の子が気になるという程度なら良いんだけど、明らかにそれとは違う目付きの人もいる。
そういう視線には、私も少し居心地の悪さを感じてしまう。
だけど、そんな人たちを黙って見過ごさない子たちがいた。
リリーナさん、ティナさん、アサシンさんの三人だ。
まず、リリーナさん。
普段は落ち着いた雰囲気の彼女だけど、こちらへ不躾な視線を向けてくる人には、射すくめるような鋭い眼差しを返していた。
その表情には笑みの欠片もない。
何も言わずに相手を見つめているだけなのに、妙な迫力があった。
次にティナさん。
こちらはもっと分かりやすい。
不快な視線を感じると、嫌悪感を隠そうともせずに相手を睨み返している。
近付いてこようものなら容赦しませんよ、とでも言いたげな拒絶の色がはっきりと浮かんでいた。
そして、アサシンさん。
この子が一番容赦ないかもしれない。
まるで路上に落ちている生ゴミでも見つけたかのような目で、相手をじっと見つめている。
あまりにも冷たい眼差しだったので、思わず私の方が身震いしてしまった。
うわぁ……。三人とも凄いね。
案の定、怪しい視線を向けていた人たちは、一様にこの三人との睨めっこに負けて目を逸らしていった。
中には気まずそうに咳払いをしたり、慌てて別の方向へ顔を向けたりする人までいる。
何だかちょっと面白い。
それにしても、皆強いなぁ。
私はああいう視線を向けられると、どうしても戸惑ってしまうことがある。
だけど、嫌なものは嫌だとはっきり態度で示すことも大切なんだろう。
こういうところは私も見習っていかないとね。
そんなことを考えながら、ふと隣にいるシルフとドライアドへ目を向けた。
二人は周囲からの視線なんて全く気にしていない様子だった。
それどころか、何故か先ほどから私の方をちらちらと見ている。
シルフは時々何かを確認するように私の服や髪を眺めているし、ドライアドも妙にそわそわしていた。
どうしたんだろう。
そういえば、二人とも今日は随分と私のお世話をしたがっていたね。
なるほど、きっと魔力が欲しくて待ちきれないんだろう。
今日も二人には色々と頑張ってもらったし、魔力を分けてあげること自体は構わない。
だけど、ここで魔力を吸われすぎて動けなくなったら大変だ。
うんうん、魔力をあげるのは寝る前だからね。
私は心の中でそう言い聞かせながら、二人に微笑み掛けた。
すると、シルフとドライアドは何故か顔を見合わせていた。
何だろうと思ったけど、まあ良いか。
そんなことをしているうちに、ようやく私たちの順番が回ってきた。
配給所の前には料理の入った大きな鍋や皿が並べられていて、兵士たちが手際良く食事を配っている。
そこから漂ってくる匂いに、思わずお腹が鳴りそうになった。
今日は何だか良い匂いがするね。
私は期待しながら食事を受け取った。
「わぁ……!」
思わず声が漏れてしまった。
何これ、凄い。
まず目に飛び込んできたのは、色とりどりの野菜が盛り付けられたサラダだった。
新鮮そうな葉物野菜に、赤や黄色の野菜まで添えられている。
その隣には綺麗に切り分けられたハムとチーズ。
しかも、どちらも普段の保存食とは違って、見るからに上等そうなものだった。
パンもいつもの硬いものではない。
前世で見たクロワッサンを思わせるような形をしていて、表面はこんがりと焼き上がっている。
フォークで軽く触れてみると、ふんわりとした弾力が返ってきた。
おお、これは絶対に美味しいやつだ。
さらに、器いっぱいに注がれたスープからは温かな湯気が立ち上っていた。
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、何やら色々な食材の旨味が溶け込んでいそうだ。
そして驚いたことに、食後の果物まで用意されている。
えっ、ここって本当に軍の駐屯地だよね?
思わず周囲を見渡してしまった。
どこかの高級な宿屋で出されてもおかしくないような食事が、当たり前のように配られている。
しかも、量まで随分と多かった。
私の小さな体では、全部食べ切れるかどうか少し怪しいくらいだ。
「凄いね、今日の晩御飯。」
「本当ですね。随分と豪華です。」
私と同じように驚いていた皆の中で、リリーナさんが納得したように頷いた。
「まさかの探索初日から足踏みしていた洞窟を攻略しましたからね。食事も豪華にしてくれたみたいですね。」
「ああ、なるほど。」
そういうことか。
確かに、これまで攻略できずにいたデーモンケイブを突破できたんだから、軍にとっても大きな成果だったんだろう。
今日の食事は、そのお祝いも兼ねているのかもしれないね。
それなら、こんなに豪華なのも納得できる。
それにしても、これは嬉しい誤算だった。
遠征中の食事なんて最低限の栄養が取れれば十分だと思っていたから。
もちろん、これまでもちゃんとした食事は出してもらっていたけど、今日のものは明らかに別格だ。
こんな立派なご馳走は、普段の生活でもそう滅多に食べられるものじゃない。
私は料理の載った食器を大切に持ちながら、思わず頬を緩めてしまった。
ふふっ、何だか嬉しいな。
今日は色々なことがあった。
危険な戦闘もあったし、心配することもたくさんあった。
だけど、こうして無事に戻ってきて、美味しそうなご飯を食べられるのは本当にありがたいことだと思う。
明日は今日以上に大変な一日になるかもしれない。
だからこそ、今夜はしっかり食べて英気を養っておこう。
私は目の前のご馳走に期待を膨らませながら、皆と一緒に食事をする場所へと向かった。




