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見ないようにしてたもの⑤

「うん、ばっちりね。」

シルフが私の髪を最後にもう一度梳かすと、満足そうに頷いた。

どうやら髪のお手入れも無事に終わったらしい。

「シルフ、ありがとう。」


「どういたしまして。これで準備は整ったわね。」

「準備って何の?」

何だか妙な言い方をするね。

髪を洗って体も綺麗にしてもらったし、あとは服を着るだけだと思うんだけど。


私が不思議そうに首を傾げると、シルフは意味ありげな笑みを浮かべた。

「アイラは気にしなくて良いのよ。時が来れば分かるわ。」

「時が来ればって……。」

何それ、全然分からないんだけど。


隣にいたドライアドも、何故か満足そうに私の姿を眺めている。

「ちゃんと可愛いよ。」

「ありがとう……?」

褒めてもらえるのは嬉しいけど、そもそも戦地で可愛くする必要がどこにあるのか聞いてるんだけど。


私の質問に答える気が全くなさそうな二人を見て、思わずため息が漏れてしまった。

はぁ、もう良いや。

どうせ聞いても教えてくれないんだろうし、これ以上考えても仕方がない。

私は諦めて、ドライアドが用意してくれたお出かけ用の服に袖を通した。


こういう服を着るのも久しぶりだね。

そんなことを考えながら横を見ると、セリーちゃんたちも服を着始めている。

どうやら髪が乾いた子から順番に服を着ているらしい。

ただ、全員が一度に髪を乾かせるわけではない。


セリーちゃんが持ってきたドライヤー型の魔道具は一つだけだった。

量産はできているものの、荷物になるので今回は一つしか持ってこなかったらしい。

「はい、次どうぞ。」

「ありがとう。」


一人が使い終わると、次の子へ渡していく。

温風が出る様子を面白がったり、乾いた髪の手触りに感動したりと、みんな随分と楽しそうだった。

セリーちゃんも自分が作った魔道具を褒めてもらえて嬉しいのか、使い方を教えながら終始ご機嫌だった。

そんな様子を眺めているうちに最後の子も髪を乾かし終わった。


気が付けば結構な時間が経っていたらしい。

さて、これからどうしようかな。

晩御飯まではまだ少し時間があるけど、何かを始めるには中途半端だ。

かといって、せっかく綺麗にしてもらったので外へ出掛ける気にもならない。


そんなことを考えていると、ティナさんが私の方へ顔を向けた。

「そういえばアイラさん、さっきのお話の続きって聞いても良いですか?」

「さっきのお話?」

「はい。魔王の洞窟で何があったのか、詳しく聞けていなかったので。」


「ああ、そうだったね。」

どうやら髪を洗う前に話していたことが気になっていたらしい。

ほかの皆も興味があるようで、自然と私の周りに集まってきた。

「それじゃ、続きを話すね。」


私はベッドの上に腰を下ろすと、デーモンケイブで起きた出来事の続きを簡単に説明することにした。

洞窟の奥で遭遇した魔物のことや、途中で起きた予想外の出来事。

そして、クレスと一緒に切り抜けた戦闘についても、必要なところだけを選んで話していく。

あまり細かく説明しても長くなってしまうし、皆が知りたいのは私たちが無事に戻ってくるまでの経緯だろう。


だけど、クレスが私を庇って大怪我をした話になると、皆の反応が一変した。

「えっ、腕を斬られたんですか!?」

「それって相当な大怪我じゃないですか。」

「うん。ドッペルゲンガーの攻撃から私を庇ってくれたんだけど、あの時は本当に驚いたよ。」


思い出しただけでも胸が苦しくなる。

クレスが私の前に飛び出してきた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。

あんな大怪我をしてまで守ってくれるなんて思わなかった。

幸い、今はもう大丈夫だけどね。


「でも、そこまでしてアイラさんを守ってくれたんですね。」

「そうなんだ。お礼は言ったけど、これからどうやって返したらいいんだろうね。」

私は少し困った顔で答えた。

だけど、何故か皆の表情が変わっていく。


最初は驚いていたはずなのに、今では何やら微笑ましいものを見るような顔になっていた。

あれ? 何だろう、この反応。

「ふふっ。」

「何だか良いですね。」


「えっ、何が?」

私が尋ねても、皆は顔を見合わせて笑うばかりだった。

何か変なことを言ったかな。

ふと、あの時クレスが言っていた言葉を思い出す。


あれって、どういう意味だったんだろう。

私は近くにあった枕を手に取ると、ぎゅっと抱きしめた。

そして顔を少しだけ枕に埋めながら考えてみる。

あの時のクレスは随分と真剣だった。


いつものように冗談を言っている感じでもなかったし、私を安心させるためだけに言ったとも思えない。

だけど、いくら考えても答えが出てこなかった。

やめやめ。一旦このことについて考えるのは無しにしよう。

今ここで悩んだところで、どうせ答えなんて出ないんだから。


それよりも、明日の作戦に関わる情報を皆に伝えておいた方が良い。

私は枕を抱えたまま話題を切り替えることにした。

「そうだ。洞窟を抜けた先のことも話しておくね。」

「抜けた先ですか?」


「うん。大きな森があったんだけど、明日の作戦にも関係してくる場所だから。」

私は実際に見てきたデーモンフォレストの様子について説明を始めた。

洞窟とは違って周囲には木々が生い茂り、場所によっては見通しが悪くなる。

木の幹や枝が障害物になることもあるし、足元にも注意が必要だ。


もちろん、これらは私が実際に見て感じた印象であって、森の全域を調べたわけではない。

だから説明するときも、確認できたことと私自身の推測を分けて話すように心掛けた。

「ここからは私が見た範囲での印象だから、実際には違う場所もあると思うよ。」

「なるほど、分かりました。」


皆が頷くのを確認してから、さらに話を続ける。

明日の作戦では、私が伝えた情報を元に行動する人もいるかもしれない。

それなのに私が何となく感じたことまで確定情報として扱われてしまったら大変だ。

思い込み一つで事故に繋がることだってある。


だからこそ、この辺りは慎重に説明しておきたかった。

「へぇ~、そんな感じなんだ。」

セリーちゃんが興味深そうに頷いた。

「森ですか……私はあまり森での戦闘経験がありません。」


ティナさんは少し考え込むような表情を浮かべている。

「木が多いなら、剣を振り回すと危ないね。」

アサシンさんの言うとおり、森の中では武器の扱いにも注意が必要だ。

広い場所なら問題なく振るえる剣でも、周囲に木があると引っ掛かってしまう可能性がある。


「洞窟の中とはまた違った危険がありますね。」

「そうですね。木の上なんかも警戒が必要です。」

ピュアさんとリリーナさんも、それぞれ気になる点を挙げていく。

確かに、森では地上だけを警戒していれば良いわけじゃない。


木の上から襲われる可能性だってあるし、茂みに隠れた魔物に気付かないことも考えられる。

「私やアイラちゃんは育った街の近くが森だから、教えられることもあると思うよ。」

セリーちゃんがそう言うと、皆の視線がこちらへ集まった。

「そうだね。私も森で戦った経験はあるから、少しくらいなら役に立てると思う。」


もちろん、デーモンフォレストが故郷の近くにある森と同じとは限らない。

だけど、森の中での基本的な動き方なら共通する部分も多いはずだ。

それからは自然と、森で戦うときの注意点について情報交換が始まった。

視界の悪い場所では仲間との距離を開けすぎないこと。


足元ばかりに気を取られず、頭上や周囲にも意識を向けること。

そして、木々に囲まれた場所では武器や魔法の使い方にも気を付けること。

私が知っていることを伝えるだけでなく、皆からも色々な意見が出てきた。

「それなら、こういう場合はどうでしょう?」


「その時は無理に追い掛けない方が良いと思うよ。」

「なるほど、確かにそうですね。」

一つの疑問から次の疑問が生まれ、それについて皆で考えていく。

良いね。このパーティは向上心があって何よりだ。


こうして自分たちで危険を考え、対策を話し合えるのはとても大切なことだと思う。

冒険者として活動していると、ほんの少しの油断が命取りになることだってある。

特に初めて足を踏み入れる場所では、普段なら当たり前にできることが通用しない場合もあるからね。

こういう確認を怠っていると、いつか死神に目を付けられてしまうかもしれない。


それだけは絶対に避けてほしい。

何しろ明日の作戦でも、私は基本的に個人行動をするつもりだ。

皆と一緒に行動できるわけではないし、何かあったとしてもすぐに助けに向かえるとは限らない。

だからこそ、無理をせず自分の身を守ることを最優先にしてほしかった。


「皆、明日は本当に気を付けてね。危ないと思ったら無理しないで。」

「はい、分かりました。」

「アイラちゃんも気を付けてね。」

「うん、もちろん。」


セリーちゃんの言葉に頷きながら、私は小さく微笑んだ。

私だって皆に心配を掛けるつもりはない。

明日の作戦を無事に終えて、またこうして一緒にお喋りできたら良いな。

そんなことを考えながら、私たちは森での戦い方や注意点について話し合いを続けた。


気が付けば、晩御飯の時間が近付いていた。

結局、残っていた時間はほとんど情報交換に使ってしまったけど、これはこれで有意義な時間だったと思う。

明日も皆が無事に帰ってこられますように。

私はそう願いながら、楽しそうに話すセリーちゃんたちを眺めていた。

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