見ないようにしてたもの④
「はい、終わり。次は体ね。」
シルフが満足そうに頷きながら、私の髪から手を離した。
どうやら髪を洗う作業が終わったらしい。
「ありがとう。綺麗にしてくれて。」
私はお礼を言いながら、自分の髪にそっと触れてみた。
すると、指の間を銀色の髪がさらりと流れ落ちる。
「おお、凄い。」
さっきまで砂埃で少しごわついていたのに今は引っ掛かるところがほとんどない。
毛先まで丁寧に梳かしてくれたおかげか、手触りも随分と良くなっていた。
普段から髪の手入れには気を遣っているつもりだけど、人にここまで丁寧に洗ってもらう機会は滅多にない。
それに、シルフは私が思っていた以上に器用だった。
「ふふん、当然よ。あたしに任せればこれくらい簡単なんだから。」
褒められたのが嬉しかったのか、シルフは得意そうに胸を張った。
その様子が何だか可愛らしくて、私もつられて笑ってしまう。
だけどシルフはすぐに表情を引き締めた。
「それじゃ、じっとしててね。」
そう言うと、用意していた布を温かいお湯に浸した。
十分にお湯を含ませてから取り出し、何度か丁寧に絞っていく。
そして、まずは私の顔から拭き始めた。
「温かい……。」
頬に触れた布は、熱すぎず冷たすぎず、ちょうど良い温度だった。
シルフは額や頬に付いていた汚れを落とし、目元や耳の周りまで丁寧に拭いてくれる。
今日の戦闘では何度も土煙を浴びたから顔にも細かな砂埃が残っていたんだろう。
布で拭かれるたびに肌がさっぱりしていくのが分かった。
「目、閉じて。」
「はーい。」
言われるがままに目を閉じる。
シルフは私の顔を拭き終えると、今度は首元から肩へと布を動かしていった。
今までも背中など自分では手が届きにくい場所を拭いてもらったことはある。
だけど、こうして全身を隈なく綺麗にしてもらうのは初めてだった。
何だか少し落ち着かない。
自分でできることまで全部やってもらうなんて随分と甘やかされている気がする。
「はい、腕を上げて。」
「こう?」
「そう。そのまま維持しててね。」
シルフの指示に従って腕を上げる。
すると、布が脇のあたりに触れた瞬間、思わず体が跳ねてしまった。
「あはは、そこくすぐったい。」
「ちょっと動かないで。」
どうやらシルフも、こういうお世話にはあまり慣れていないらしい。
布を押し当てる力が強かったかと思えば、次の瞬間には撫でるような軽さになる。
その微妙な力加減が絶妙にくすぐったい。
思わず笑ってしまうと、シルフは少し困ったように眉を寄せた。
「もう、ちゃんと綺麗にしたいんだから我慢して。」
「ごめんごめん。」
私は笑いを堪えながら、できるだけ動かないようにした。
普段なら、こんな時のシルフを少しくらい茶化していたかもしれない。
だけど今のシルフは珍しいくらい真剣な目をしていた。
私の体に汚れが残っていないか確かめながら、一か所ずつ丁寧に拭いてくれている。
その表情を見ていたら、冗談を言うのは何だか悪い気がしてくる。
私は大人しくシルフに任せることにした。
「アイラ、これ着替えね。」
そこへドライアドが戻ってきた。
両手には綺麗に畳まれた下着と替えの服を抱えている。
私がシルフに体を拭いてもらっている間に、荷物の中から探してきてくれたらしい。
「ありがとう。」
ドライアドは私の返事に頷くと、持ってきたものをベッドの上へ並べ始めた。
だけど、その服を見た私は思わず首を傾げた。
あれ? これって、お出かけ用の服じゃないかな。
普段の冒険で着ているものとは違い、動きやすさよりも見た目を重視した服だ。
生地も柔らかく、細かな装飾が施されている。
もちろん気に入っている服ではあるんだけど戦闘には向いていない。
今回の遠征でも、もし休みの日があれば着ようと思って持ってきたものだった。
まさか、こんなところで出番が来るとは思わなかったなぁ。
「これを着るの?」
私はシルフに万歳の姿勢を取らされながら、ドライアドへ尋ねた。
ちょうど腕を拭いてもらっている最中なので、何だか妙な格好になってしまっている。
ドライアドはそんな私を見ながら、迷うことなく頷いた。
「うん、これが必要。」
「必要?」
「うん。」
随分とはっきりした返事だった。
普段のドライアドは、もっとのんびりしていることが多い。
それなのに、今は何故か譲る気がなさそうだ。
「何で?」
思わず尋ねてしまった。
だけど、ドライアドは答えてくれなかった。
ただ満足そうに服を眺めているだけ。
「……。」
何だろう、この妙な自信。
どうしてお出かけ用の服が必要なのか、理由くらい教えてくれても良いと思うんだけど。解せぬ。
私は少しだけ不満に思いながらも、それ以上は追及しないことにした。
シルフもドライアドも今日は朝からずっと頑張ってくれていた。
きっと二人なりに何か考えてくれているんだろう。
それに、別に嫌いな服を着せられるわけじゃない。
今は素直に従っておこう。
そんなことを考えながら横を見るとセリーちゃん達もいつの間にか体を拭き始めていた。
みんな服を脱いで、持ってきたお湯と布を使って汚れを落としている。
自分では手が届きにくい背中などは、お互いに手伝い合っているようだった。
「もう少し右かな。」
「ここ?」
「そうそう、ありがとう。」
楽しそうな声が聞こえてくる。
みんなも今日の疲れを落として、さっぱりしたいんだね。
でも全員服を脱いでしまったのは失策だったかもしれない。
もしも誰かがテントの入口を開けたら大変なことになってしまう。
もちろん、勝手に人のテントへ入ってくるような人はいないと思うけど、ここは大勢の兵士達が暮らしている駐屯地だ。
何かの用事で突然声を掛けられる可能性だってある。
私は念のため、入口の布がきちんと閉じられていることを確認した。
うん、大丈夫そう。
「はい、拭くの終わったわよ。」
しばらくして、シルフがそう告げた。
「ありがとう、シルフ。」
私は改めてお礼を言った。
顔から足先まで丁寧に拭いてもらったおかげで全身がさっぱりしている。
洞窟の中で浴びた砂埃も、汗のべたつきもほとんど気にならなくなった。
鏡があったら、きっと見違えるほど綺麗になっているんじゃないかな。
何だかピカピカに磨かれた気分だ。
シルフは使い終わった布を片付けながら、満足そうに頷いていた。
「これでよし。あとは髪を乾かして着替えるだけね。」
「うん。」
流石にいつまでも裸でいるのはばつが悪いので下着だけでも漬けてしまおう。
そう思って私はドライアドが用意してくれた下着を手に取った。
すると、ここでも少し意外なことに気付く。
あれ? これも普段使っているものとは違うね。
持ってきてくれたのは、いつもより少し可愛らしい下着だった。
特別な日に使おうと思って、他のものと分けてしまっておいたものだ。
もちろん人に見せるために用意したわけじゃない。
単純に、自分の好きなものを身に着けると気分が良くなるから持っているだけ。
以前よりも経済的な余裕ができたことで、こういう小さなお洒落も楽しみの一つになっていた。
それにしても可愛い服に可愛い下着かぁ。
随分と念入りに選んでくれたものだね。
私は少し不思議に思いながら、用意された下着を身に着けた。
どうせ明日の作戦が始まる前には、いつものハイサモナーの服に着替えるつもりだ。
それなのに、わざわざお洒落用のものを選ぶ必要があるんだろうか。
もしかすると今日の戦いで疲れ切った私を、二人なりに元気付けようとしてくれているのかもしれない。
綺麗にして、可愛い服を着て、少しでも気分良く過ごしてほしいってことなのかな。
だとしたら、随分と気の利いた心遣いだ。
私は少し嬉しくなった。
せっかく二人が用意してくれたんだから、今回は言う通りにしておこう。
もっとも、まだ服を着るわけにはいかない。
髪が濡れたままだった。
「先に髪を乾かすね。」
私はそう言って、濡れた髪を軽くまとめた。
そのまま温風の魔法を使い、髪全体へ柔らかい風を送り始める。
熱くなりすぎないように温度を調整しながら、根元から毛先へと風を流していく。
前世では当たり前のようにドライヤーを使っていたけど、この世界ではこうして魔法を使う方が手っ取り早い。
もちろん温風を出せる魔法が使えることが前提だけどね。
「シルフ、少し手伝ってもらっても良い?」
「良いわよ。」
シルフはすぐに私の後ろへ回り、櫛を手に取った。
私が温風を送っている間、髪が絡まないように少しずつ梳かしてくれる。
風を当てる場所に合わせて櫛を動かしてくれるので、一人で乾かすよりずっと楽だった。
おお、これは良いね。
自分で風を出しながら髪を梳かすのは、意外と難しいから助かる。
そんな私達の様子を見ていたティナさんが、感心したように声を上げた。
「わぁ、すごく便利そう。」
「本当ですね……。」
リリーナさんも、こちらをじっと見つめている。
そして少し羨ましそうに呟いた。
「私もこんな魔法が使えたら……。」
その言葉を聞いて、私は思わず苦笑してしまった。
二人だけじゃない。
周囲にいる子達も何だか羨ましそうな目でこちらを見ている。
そんなに珍しいことをしているつもりはなかったんだけど、考えてみれば当然かもしれない。
髪が長いと乾かすだけでも結構な時間が掛かる。
ましてや魔法を使わずに自然乾燥させるとなれば、手入れも大変だろう。
濡れたまま寝てしまえば髪が傷むし、寒い季節には体まで冷えてしまう。
やっぱり、みんな髪の毛のケアには気を遣っているんだね。
私も前世の知識がなかったら、ここまで便利な方法を思い付かなかったかもしれない。
そんなことを考えていると、セリーちゃんが楽しそうに声を上げた。
「はいはい、皆にはこれがあるよ。」
そう言って荷物の中から何かを取り出した。
「じゃーん!」
セリーちゃんが得意そうに掲げたのは見覚えのある魔道具だった。
片手で持てる大きさの本体に、風を送り出すための吹き出し口。
持ち手の部分には、操作するための仕組みが組み込まれている。
そう、私が以前考案したドライヤー型の魔道具だ。
前世で使っていたドライヤーを参考にして、セリーちゃんに作ってもらったものだった。
もちろん、この世界では電気ではなく魔道具として動くように工夫されている。
最初に作った時は、ちゃんと使えるかどうか心配だったんだけどね。
今では随分と完成度が高くなっている。
しかも、聞いた話によると貴族の間で爆発的に売れているらしい。
「こんな魔道具があったんだ。」
アサシンさんが興味深そうに身を乗り出した。
他のみんなも、セリーちゃんが持っている魔道具へ視線を集めている。
「これで髪を乾かせるの?」
「そうだよ。温かい風が出るようになってるの。」
「へぇ、凄い!」
「便利そうですね。」
セリーちゃんはみんなの反応が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。
「何を隠そう、アイラちゃんの案で私が作ったものなんだよ。」
「それは凄いですね。アイラさんは戦闘だけではなく、発想も優れているなんて。」
ピュアさんが感心したように私を見つめてくる。
その言葉を聞いたほかの皆も、何だか尊敬するような眼差しを向けてきた。
「あはは……。」
いやいや、そんなに褒められるようなことじゃないんですけど。
そもそも私の戦い方だって、前世で遊んでいたネームレスオンラインの知識を利用しているだけだし、ドライヤーだって元々この世界にはなかったものを私が一から考え出したわけじゃない。
どちらも前世で誰かが作ったものを、私はただなぞっているだけなのだ。
だから褒めるのならネームレスオンラインを作った人たちや、ドライヤーを開発した人にしてあげてください。
そんなことを考えている間にも、皆の視線がこちらへ集まってくる。
うぅ、何だか恥ずかしくなってきた。
私は頬が熱くなっていくのを感じながら、誤魔化すように髪へ温風を送り続けるのだった。




