見ないようにしてたもの①
結局、光の差し込む通路の先にあったのは、私達が待ち望んでいた洞窟の出口。
先行していた騎士団の人達が安全を確認してくれたので、私達もそのまま外へ出た。
暗い洞窟から一歩踏み出すと、眩しい光に思わず目を細める。
久しぶりに感じる外の空気は、洞窟の中とは比べものにならないほど暖かい。
「うわぁ、凄い森……。」
そこにあったのはジャングルを思わせるほど鬱蒼とした森林だった。
天高く伸びた木々が幾重にも枝を広げ、その隙間を蔓植物が複雑に絡み合っている。
木々の間からは湿った土の匂いが漂い、どこからともなく何かの鳴き声まで聞こえてくる。
とても洞窟の出口とは思えない景色だ。
私は少し周囲を見回してから、シルフにお願いして体を浮かせてもらった。
「シルフ、ちょっとだけ上から見ても良い?」
「良いわよ。だけど、浮かすだけよ。ここの森、何かおかしいから。」
「うん、ありがとう。」
ふわりと体が浮き上がり、木々の上まで視界が開けていく。
そこから見えた景色に、私は思わず目を見開いた。
森が、どこまでも続いている。
遠くには起伏のある地形まで見えているのに、そのほとんどが緑に覆われていた。
駐屯地の周囲を見渡した時には世界の果てが見えていた。
なのにデーモンフォレストは地平の果てまで森で埋め尽くされている。
どう考えても広さが合わない。
「これ、どうなってるのかな……。」
思わず独り言が漏れる。
洞窟の内部が異常だったことは、もう十分に理解した。
だけど、この森も同じく異様な雰囲気を漂わせている。
ここはレイディアントが作り出した世界。
魔王がどんな力を使ってこの場所を作ったのか私には分からないけど、どちらも普通ではないことだけは分かった。
ひとしきり見渡し終わると、シルフに地面へ下ろしてもらうと、実際に見た光景についてクレスたちに説明する。
全員が興味深そうに様々なことを訪ねてきたけど私にできるのはせいぜい、森の広さを教えることくらいだ。
「私たちだけでは探索の続きは難しいだろう。」
私の話を聞いてクレスは待機の判断を下した。
きっと後から入ってきた部隊が私たちに追いついてくるので、ここから先に進むかはそこで相談して決めようとのことだった。
しばらくすると洞窟の奥から複数の足音が聞こえてくる。
「おお、いたぞ!」
「先行部隊を確認!」
振り返ると、洞窟の出口から次々と兵士達が姿を現した。
どうやら目論見通り、後続の部隊が追い付いてきたらしい。
私達がドッペルゲンガーを倒した直後から、急に道が開けたことで先へ進めるようになったそうだ。
やっぱり、あのドッペルゲンガーこそがデーモンケイブのボスであり、心臓のような存在だったわけだ。
あいつが倒されたことで、洞窟を維持していた仕掛けも機能を失ったんだろう。
しかし驚いたのは入口から出口までの本来の距離だった。
何でも、普通に歩けば十分程度で通り抜けられるらしい。
「たった十分!?」
私は思わず声を上げてしまった。
あれだけ長い時間を掛けて、何度も魔物と戦いながら進んできたのに実際の距離は徒歩十分程度だったなんて。
迷路のように通路を変化させ、魔物を生み出し、最後にはあんな化け物まで待ち構えている。
そう考えると、この場所を作り出したレイディアントがどれほど常識外れの存在なのか、改めて思い知らされる。
しかも、私達がようやく突破したのは洞窟だけ。
その先には、まだ広大なデーモンフォレストが残っているなんて本当に先が思いやられる。
そんなことを考えていると、呼び出されていたクレスが少し離れた場所から戻ってきた。
どうやら王国の貴族に呼び止められ、何かを話していたらしい。
ただ、その表情が妙に疲れている。
「どうやら今日はここまでのようだ。」
クレスが騎士団の人達へ告げた。
今日の進軍はここで終了して、一度駐屯地へ戻るということらしい。
それを聞いて、私は内心でほっとした。
さすがに今日は疲れたからね。
ドッペルゲンガーとの戦いだけでも十分すぎるほど危険だったし、これ以上進むのは勘弁してほしい。
休めるなら喜んでも良さそうなものだけど、クレスはあまり嬉しそうじゃなかった。
むしろ先ほどよりも表情が険しくなっている。
何か良くないことでも言われたのかな。
「隊長、何か言われたんですか?」
騎士団の男性が、私と同じ疑問を口にした。
クレスは一度小さく息を吐いてから、答えた。
「ああ、王国の大臣たちはこの魔王の洞窟を我が国の戦力が攻略したことを大層お喜びとのことだ。……世界の命運を分けるときに国のメンツのほうが大事とはな。」
最後の言葉は、吐き捨てるような口調だった。
私は少し驚いてクレスを見上げた。
こんな言い方をするクレスは珍しい。
私の知っているクレスは、どんな相手にも礼儀を忘れず、感情に任せて誰かを批判するような人物じゃなかった。
もちろん、理不尽なことを言われれば腹も立つだろう。
だけど、それを部下の前でここまではっきり口にするなんて。
それほど今回の話が気に入らなかったのかもしれない。
そして同時に、ここにいる騎士団の人達を心から信頼しているんだろう。
そうでなければ王国の大臣に対する不満をこんなに率直に口にできるはずがない。
私もいたのに口にしたってことは私のことを少しは信頼してくれているのかな。
それが何だか嬉しかった。
もっとも、クレスが怒る気持ちはよく分かる。
私達が命懸けで戦っていた間、偉い人達はどこの国が手柄を立てたかを気にしていたらしい。
世界の命運が懸かっているというのに、そんなことを優先するなんてとも思うけど冷静に考えれば今に始まったことでもないか。
王国に限らず、この世界の権力者達には色々と思うところがある。
私だって、これまで何度もげんなりさせられてきた。
だけど、もちろん全員がそういう人達というわけじゃない。
立場に関係なく信頼できる人物だって、私はちゃんと知っている。
クレスも、その一人だった。
「では総員帰還する。」
クレスが気持ちを切り替えたように背筋を伸ばし、号令を掛けた。
「はっ!」
騎士団の人達が一斉に敬礼する。
その動きにはほとんど乱れがなく、誰もが次の指示を待っていた。
さっきまで命懸けの戦いをしていた人達とは思えないほど、統率が取れている。
やっぱり、クレスの率いる部隊は優秀だね。
私はそんなことを考えながら、隣にいる二人へ声を掛けた。
「私達も帰って休もう。」
「後で魔力くれなきゃ明日戦わない。」
ドライアドが、いつもの眠そうな声で言った。
「そうよ。あたしもヘトヘト。」
シルフまで同意する。
二人とも、随分と疲れているらしい。
それも当然だろう。
シルフはずっと風の魔法で私達を守り続けてくれたし、最後には土煙まで操ってくれた。
ドライアドも何度も防御魔法を使い、セレナと一緒に怪我人の治療をしてくれた。
あれだけ働いてくれたんだから、疲れていない方がおかしい。
「はいはい。今日は頑張ってくれたもんね。」
私は苦笑しながら頷いた。
普段なら魔力を要求されると少し身構えてしまうけど、今日ばかりは私も観念するしかない。
そもそも、あれだけ助けてもらっておいて何のお礼もしないなんて、私の主義にも反する。
二人がいなかったら、あのドッペルゲンガーを倒すための時間すら作れなかっただろう。
そう考えれば、魔力くらい喜んで渡すべきだ。
「久しぶりにご馳走だわ!」
「やったね。」
シルフが嬉しそうに両手を上げ、ドライアドも満足そうに頷いた。
さっきまで疲れたと言っていたのに、もう元気になっている。
本当に分かりやすい二人だ。
でも、これだけ喜んでもらえるなら、魔力の二、三割はあげないと。
私にとってはそれなりの量だけど、今日は特別だ。
二人が頑張ってくれたご褒美としては、それくらい奮発しても良いだろう。
私は楽しそうに話している二人を見ながら、ようやく少しだけ肩の力を抜くことができた。
帰還の準備が整うと私達は来た道を引き返すことになった。
ただし、行きとは部隊の配置が大きく変わっていた。
洞窟へ進入する時にはクレス達が先頭を任されていたのに、帰りは連合軍の最後尾を歩くことになった。
「魔王の洞窟の帰路は、我々が先導いたします!」
後続部隊の人達が、そんな威勢の良いことを言っていたらしい。
確かに、デーモンケイブの仕掛けが解除された今なら、帰り道を案内するのはそれほど難しくないだろう。
だけど、私にはどうしても別の意図があるように思えてならなかった。
これ明らかに殿を務めさせられているよね?
だって最後尾にいるということは、後ろから何かが襲ってきた時に最初に対応するのは私達ということになる。
デーモンフォレストには、まだどんな魔物が潜んでいるか分からない。
もし強力な魔物が現れたら、さっきまで命懸けで戦っていたクレス達が再び相手をすることになる。
それって、どう考えてもおかしくないかな。
洞窟の攻略を任せたうえに、帰りの護衛まで押し付けるなんて。
もしかして他の部隊は安全なところだけ歩くつもりなんだろうか。
いや、きっとそうに違いない。
『デーモンフォレストから強力な魔物が出てきたら、お前達が戦え。』
そう言われているようにしか思えなかった。
私は前を歩く連合軍の兵士達を眺めながら、何とも言えない気持ちになっていた。
さっきの大臣達の話といい、どうしてこういうことをするのかな。
せめて今日くらい、クレス達をゆっくり休ませてあげれば良いのに。
私は小さく息を吐きながら、列の後ろを歩き続けた。
すると、少し前方で見覚えのある光景が目に入った。
セレナがクレスの隣へ近付いて、何かを話し始めたのだ。
あれ? また二人で話してる。
さっき洞窟から出る時も、ああして並んで歩いていたよね。
私は少し離れた場所から、二人の様子を眺めた。
何を話しているのかは聞こえない。
だけど、セレナが何かを伝えると、クレスは少し驚いたような表情を浮かべた。
その後、何度か言葉を交わしてから、セレナが穏やかに微笑む。
やっぱり仲が良いなぁ。
私は何となく二人から視線を外そうとした。
だけど、その直後だった。
クレスが列から離れ、こちらへ向かって歩いてきた。
えっ、こっち?
私は思わず足を止めそうになったけど、周囲の人達にぶつからないように歩き続けた。
クレスはそのまま私の隣へ来ると、少し緊張したような表情でこちらを見つめた。
「隊列を崩して、どうかしましたか?」
何か緊急の用事でもあるんだろうか。
それとも、さっきの戦いについて確認したいことでもあるのかな。
私が首を傾げていると、クレスは少し言いにくそうに口を開いた。
「後で二人で話したいことがあるんだが、良いか?」
「えっ?」
思いがけない申し出に、私は目を瞬かせた。
二人で話したいこと?
何だろう。今ここで話せないような内容なのかな。
もしかして、ドッペルゲンガーを倒した魔法について詳しく聞きたいとか?
クレスは私の返事を待ちながら、真っ直ぐこちらを見つめていた。
ただ、いつもの堂々とした雰囲気とは少し違っている。
何だか自信がなさそうというか、私の返事を気にしているような。
そんなに大事な話なのかな。
そう思っていると、周囲から小さな歓声が聞こえてきた。
「おお……。」
「隊長……!」
騎士団の人達が、何故か嬉しそうな顔をしている。
中には隣の人と顔を見合わせて、こっそり頷いている人までいた。
何、この反応。
私はますます訳が分からなくなった。
そして隣を見ると、シルフとドライアドまで妙なことをしている。
二人は胸元で手を組みながら、うんうんと何度も頷いていた。
何だか、ものすごく満足そうな表情だ。
ちょっと待って。
どうして二人までそんな反応なの?
もしかして、私だけ知らない話があるのかな。
どうにも今日は私だけ蚊帳の外に置かれることが多い気がする。
だけど、ここで考えていても答えは出そうにない。
そもそも、クレスと二人で話すことに何の問題もなかった。
私はクレスに助けてもらったばかりだし、話したいことがあると言われて断る理由なんてない。
「良いですよ、いつ頃が良いですか?」
私がそう答えると、クレスの表情が少し和らいだ。
「そうだな、夕食を食べた後に私から声をかける。もし疲れていたら寝てしまってもいい。」
「命の恩人の頼みをそんな無下にはできませんよ。」
私は笑いながら答えた。
今日の戦いでクレスが私を守ってくれたことは、絶対に忘れない。
あの時、クレスが助けに入ってくれなかったら、今こうして話していることさえできなかったかもしれない。
そんな相手がわざわざ時間を作って話したいと言っているんだから、多少疲れていたって付き合うつもりだ。
だけど、クレスは少し困ったように笑った。
「命の恩人という意味なら、あの魔物を倒したアイラに言うべき言葉だと思うが。」
「いいえ、クレスが助けてくれなかったらその前に死んでましたよ。」
私はすぐに言い返した。
そこは譲れない。
確かに最後にドッペルゲンガーを倒したのは私だ。
だけど、それまでの戦いを支えてくれたのはクレスだった。
私一人だったら魔法を溜める時間すら作れなかっただろう。
ましてや最後の攻撃を受けていたらどうなっていたことか。
だから、私にとってクレスは間違いなく命の恩人だ。
クレスも何か言い返そうとしたようだけど、結局そのまま笑い出した。
「ははっ、そうか。」
「ふふっ、そうですよ。」
私もつられて笑ってしまう。
さっきまで少し緊張していたクレスの表情も、ようやく普段の穏やかなものに戻っていた。
それを見て、私も何だか安心した。
そこからは特に気負うこともなく会話が続いた。
今日の戦いで騎士団の人達がどれほど頑張っていたか。
シルフとドライアドがどれほど頼もしかったか。
そして洞窟を抜けた先に広がっていた森が、どれほど奇妙な場所だったか。
クレスも私の話を楽しそうに聞いてくれて、時折自分の考えを話してくれた。
気が付けば、周囲の騎士団の人達もいつもの調子を取り戻していた。
シルフが横から冗談を言い、ドライアドがのんびりと相槌を打つ。
そのたびに笑い声が上がり、帰り道は思っていたよりもずっと賑やかになった。
もちろん、警戒を怠っているわけじゃない。
騎士団の人達は周囲を確認しながら歩いているし、クレスも時折後方へ視線を向けていた。
それでも、私達の間に流れる空気は穏やかだった。




