逢魔が時⑱
「確かにあいつは倒せたようだ。ここに人型の焼け跡が残っている。」
クレスが地面を見つめながら、そう告げた。
その言葉が聞こえた瞬間、周囲から大きな歓声が上がった。
「おおおおっ!」
「やったぞ! あの化け物を倒したんだ!」
「これで助かったのか!」
騎士団の人達が次々と声を上げる。
中にはその場で膝を突いて、大きく息を吐いている人もいた。
つい先ほどまで誰もが死を覚悟していたような状況だったんだから無理もない。
私もようやく戦いが終わったことを実感できた気がした。
「アイラ、あたし達も行きましょ!」
「うん、行こう~。」
シルフとドライアドに促され、私もクレスのところへ駆け寄った。
騎士団の人達も次々と集まってきて、クレスが見つめている地面を覗き込む。
周囲の地面とは明らかに色が違う場所がある。
そこには黒く焦げ付いた人の輪郭の内側には細かな黒い塵のようなものが散らばっていて、誰かがその場で燃え尽きたことが分かる。
そこはまさしくドッペルゲンガーが死を迎えた場所だった。
「それにしても、こいつ強すぎじゃなかった? それとも金髪のせい?」
シルフが焼け跡を眺めながら、そんなことを言い出した。
「わ、私のせいか!?」
突然話を振られたクレスが、驚いたように声を上げた。
その反応が面白かったのか、周囲から笑い声が漏れる。
「あはははっ!」
「確かに隊長の姿をしていましたからね。」
「強いところまでそっくりでしたし。」
騎士団の人達も口々に冗談を言い始めた。
さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように和らいでいく。
クレスは少し困った顔をしていたけど、誰も本気で責めているわけじゃないことくらい分かっているだろう。
私も思わず笑ってしまった。
でも、シルフの言うことにも一理あるかもしれない。
ドッペルゲンガーがコピーした相手がクレス以外の騎士団員だったらどうなっていただろう。
もちろんモンスター特有の強化スキルを持っている時点で厄介な相手には違いない。
だけど、クレスの身体能力と戦闘技術を再現されたことが、今回の苦戦に大きく影響していたのは確かだ。
少なくとも、私かクレス以外の人間をコピーしていたなら、ここまで追い詰められることはなかったんじゃないかな。
そう考えると確かにクレスのせいとも言えるのかな?
なんてことを冗談で考える。
まぁクレスは才能ある努力家だから、それをコピーしたら強いのは当然のことだよね。
これに関してはクレスが悪いとかじゃなくて相手が見事だったとしか言いようがない。
まぁ倒した敵の話なんて後でいいよね。
それよりも今はクレスに言わなきゃいけないことがある。
「さっきは助けてくれてありがとうございます。」
腕が千切れるほどの大怪我をしてまで私を守ってくれた騎士にまだお礼を言えてなかった。
戦いの後始末や言い訳を考えることに夢中で、お礼を言うのをすっかり忘れていた。
心の中で自分の頭に拳骨を落とす。
だけどクレスは、私の言葉を聞くと少し驚いたように目を見開いた。
「ああ、いや。……その、無事でよかった。」
そう言って、どこか落ち着かない様子で視線を逸らす。
あれ? 何だか歯切れが悪いような。
普段のクレスなら、もっとはっきりと話すと思うんだけど。
さっきまであれほど堂々とドッペルゲンガーに立ち向かっていたのに、今は妙に言葉を選んでいるように見える。
もしかして、どこか具合が悪いのかな。
私は首を傾げながら、クレスの様子を確かめた。
「どこか痛むところとかあるんですか?」
自分で尋ねておきながら、そんなはずはないと思っていた。
クレスの右腕を治した時に使ったのは『リジェネレーション』だ。
このスキルは一度発動すると、一定時間にわたって対象の体を回復し続ける。
しかも、怪我をしている場所を自動で探して治癒してくれる優れものだった。
普通の回復魔法のように、術者が患部へ意識を集中させる必要もない。
だから右腕だけじゃなく、他にも怪我が残っていたなら一緒に治っているはずだ。
それなのに、まだ痛むところがあるなんて考えにくい。
だけど、クレスの返事は予想外だった。
「悪いといえば悪いような……。胸のあたりが少し痛む。」
「えっ。大変じゃないですか!」
私は思わず声を上げた。
胸が痛いって、それはまずいんじゃないの!?
腕や足ならともかく、胸のあたりには心臓や肺といった重要な臓器がある。
そこに痛みが残っているとなれば、簡単に考えて良い話じゃない。
しかも、あの『リジェネレーション』で治らなかったなんて。
私は急いでクレスの胸元へ視線を向けた。
外から見た限りでは、鎧が多少傷付いているくらいで大きな異常はなさそうだった。
でも外見に問題がないからといって安心できるわけじゃない。
もしかすると、回復魔法でも簡単には治せないような重い病気を患っている可能性だってある。
そんなことを考えていると、横からシルフが口を挟んできた。
「アイラ、金髪は大丈夫だけど、大丈夫じゃないからそっとしておきなさい。」
「えっ?」
私はシルフの方を向いた。
大丈夫だけど、大丈夫じゃない?
それって、どういうこと?
大丈夫なら良いけど、大丈夫じゃないなら治療が必要なんじゃないのかな。
私は何度か瞬きをしながら、シルフとクレスの顔を交互に見つめた。
シルフは何とも言えない表情を浮かべている。
一方のクレスは、ますます困ったような顔になっていた。
すると、近くにいた男性騎士がクレスの背中をそっと叩いた。
「隊長……。」
「ははは……。」
クレスが乾いた笑い声を漏らす。
その様子を見て、周囲の騎士団の人達も何だか微妙な表情をしていた。
何、この空気。
私だけ話についていけていない。
改めてクレスの顔色を確認してみる。
確かに元気がないようには見えるけど、顔色は悪くない。
呼吸が苦しそうな様子もないし、足取りもしっかりしている。
少なくとも、今すぐ倒れてしまうような重病人には見えなかった。
だったら胸の痛みって何だろう。
私はもう一度尋ねようとしたけど、その前にセレナが声を上げた。
「はいはい、色々とあると思いますが一旦ここから出ましょう。ほら、あそこから光が見えてますよ。」
セレナが指差した方向へ、全員の視線が集まった。
私もつられて顔を向ける。
「あっ、本当だ。」
ドッペルゲンガーが倒された場所のさらに奥。
洞窟の通路が続いている先から、ぼんやりと明るい光が差し込んでいた。
今まで暗い洞窟の中で戦い続けていたせいか、その光は随分と眩しく感じられる。
あんなところに光があったなんて、全然気付かなかった。
ドッペルゲンガーを倒したことで興奮していたのもあるだろう。
それに、さっきまでは土煙が立ち込めていたから奥まで見通す余裕もなかった。
どうやら他の人達も同じだったらしい。
「あれは……?」
「光が差し込んでいるぞ!」
「いつの間に?」
騎士団の人達が驚いた様子で顔を見合わせている。
「出口でしょうか?」
女性騎士が期待を込めた声で尋ねた。
確かに、あの明るさは外から差し込む光のようにも見える。
この洞窟に入ってから、ずっと薄暗い場所を歩き続けてきた。
もしあれが出口なら、ようやく外へ出られることになる。
だけど、デーモンケイブは普通の洞窟じゃない。
壁や地面から魔物が現れたり、通路そのものが変化したりするような場所だ。
光が見えるからといって、何も考えずに飛び込むのは危険かもしれない。
「私が先に行って様子を見てきます。」
一人の男性騎士がそう言うと、光の方へ向かって小走りに進み始めた。
その後ろを、別の二人の騎士が無言で追い掛けていく。
先頭の男性が周囲を確認し、残りの二人が何かあった時に援護できる位置を取っていた。
特に相談した様子はなかったのに、三人とも自然に動いている。
きっと普段から、こういう場面を想定した訓練を重ねているんだろう。
何かあった時のカバー役を、言われるまでもなく務められるなんて。
やっぱり騎士団の人達は凄いなぁ。
私はその連携に感心しながら、三人の背中を見送った。
「私たちも行こう。」
クレスがそう告げると、残っていた騎士団の人達も移動を始めようとした。
私もシルフとドライアドを連れて後を追おうとした、その時だった。
「少しだけお待ちください。」
セレナが静かに声を掛けた。
クレスが足を止め、周囲の人達も彼女へと視線を向ける。
セレナは何も説明せず、ドッペルゲンガーの焼け跡へと歩いていった。
そして黒い塵が残された場所の前で膝を突いた。
両手を胸元で組み、静かに目を閉じる。
その姿を見て周囲の人達も何をしようとしているのか察したようだった。
誰も声を掛けず、彼女の様子を見守っている。
「どうか罪を償って来世では穏やかに。」
セレナの祈りが静かな洞窟に響いた。
私はその言葉を聞いて、思わず焼け跡へ視線を落とした。
あそこにいたのは私達を殺そうとしていたドッペルゲンガーだ。
クレスの姿を奪い、騎士団の人達を傷付け、何度も命の危険に晒してきた相手。
そんな相手にまで、セレナは祈りを捧げている。
凄いなぁ。
自分達を殺そうとした相手のために、穏やかな来世を願えるなんて。
さすが聖女と呼ばれるだけのことはある。
いや、この世界線ではまだ聖女じゃないんだけどね。
それでも彼女の優しさは変わらないらしい。
私は祈りを捧げるセレナの横顔を見つめながら、そんなことを考えていた。
「……お待たせしました。さぁ参りましょう。」
しばらくして、セレナがゆっくりと目を開いた。
そして何事もなかったかのように立ち上がると、光が差し込む通路へ向かって歩き始めた。
その落ち着いた様子につられるように騎士団の人達も再び歩き出す。
私も置いていかれないように、最後尾から後を追った。
シルフは私の傍をふわふわと飛び、ドライアドものんびりとした足取りで付いてきている。
さっきまであんなに激しい戦いをしていたなんて、少し不思議な気分だった。
騎士団の人達も、まだ疲れは残っているはずだ。
それでも、ドッペルゲンガーを倒したことで気持ちに余裕が戻ってきたのか、先ほどより足取りが軽くなっているように見える。
私はその様子を眺めながら、前方へ視線を向けた。
セレナが列の先頭を歩くクレスの隣へと近付いていく。
そして何かを話し始めた。
クレスも彼女の方へ顔を向け、時折頷きながら返事をしている。
何を話しているんだろう。
私がいる最後尾からでは、二人の会話までは聞こえてこない。
さっきの戦いについて話しているのかもしれないし、これから向かう先について相談しているのかもしれない。
だけど、二人が並んで歩く姿を見ていると、どうしても別のことが頭に浮かんでしまう。
やっぱり、二人は惹かれ合っているのかな?
ネームレスオンラインの正史では、クレスとセレナはやがて恋人同士になる。
私はその未来を知っている。
だから、こうして二人が親しそうに話している姿を見ると、どうしても意識してしまう。
もちろん、この世界がゲームの物語と全く同じように進むとは限らない。
既に私が関わったことで変わってしまった出来事だってある。
それでもクレスとセレナが並んでいる姿は、私が知っている二人の未来を思い出させた。
先頭ではクレスが何かを話し、それを聞いたセレナが穏やかに微笑んでいる。
その様子を見つめながら、私はさっきクレスが口にした言葉を思い出していた。
『ああ、大事だ。』
あの時の穏やかな笑顔まで、妙にはっきりと覚えている。
……思い出しちゃった。
クレスが私を守ってくれたことは本当に嬉しかった。
だけど、それとこれとは別の話だ。
私は前を歩く二人の背中へ、もう一度視線を向けた。
そして何も言わず、騎士団の人達の最後尾を歩き続けた。




