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逢魔が時⑰

ドッペルゲンガーの絶叫が途切れた。

つい先ほどまで洞窟中に響き渡っていた苦痛に満ちた叫び声が、嘘のように消え去る。

それと同時に、頭上から降り注いでいた聖なる光も静かに収まっていった。

私はレーヴァテインを握ったまま、ドッペルゲンガーがいた場所へと意識を向けた。


そこにはもう何の気配も残っていない。

あれほど凄まじい魔力を放ち、私達を追い詰めていた存在が完全に消え沈黙していた。

再生するための肉体も、洞窟の魔力を吸収するための器も、もう存在しない。

「一体、何が?」


困惑したクレスの声が聞こえてきた。

その声に続いて、騎士団の人達もざわめき始める。

「今の叫び声は何だったんだ?」

「敵はどうなった?」

「何も見えません!」


そりゃそうだよね。

何が起こっているのか分からなくても仕方がない。

私だって事情を知らなかったら、訳が分からず混乱していたと思う。

だけど今の私は戦いが終わった安堵よりも、この後の始末をどうするかという問題で頭がいっぱいだ。


さて、どう説明したものかな。

状況から考えても、私がドッペルゲンガーを倒したこと自体は隠し通せないだろう。

あの時、私が大魔法を放とうとしていたことは全員が知っている。

しかも土煙が立ち込める直前には、実際に大量の魔力を放って地面を爆発させている。


そこから突然ドッペルゲンガーが消滅したとなれば、私の攻撃が原因だと考えるのが自然だ。

だったら無理に否定するよりも説明を合わせた方が良さそう。

私は頭の中で、これから話す内容を整理した。

まずクレスの右腕について。


あれほどの大怪我が、何の説明もなく治っていたら不審に思われるに決まっている。

それなら、ドライアドが治癒魔法を使ったことにしよう。

ドライアドが回復魔法を使えることは、これまでの戦闘で全員が見ている。

セレナと協力して騎士団の人達を治療していたし、クレスの腕を治したと言っても不自然ではないはず。


もっとも、失われた腕をあっという間に再生させるほどの回復魔法となると、さすがに驚かれるかもしれない。

だけどドライアドは精霊だ。

人間の回復魔法とは違う力を使えると言えば、多少は納得してもらえるんじゃないだろうか。

そしてドッペルゲンガーを倒した方法について。


これは私がずっと溜めていた魔力を使って大魔法を放ったことにするしかないかな。

大量の魔力を練っていたのは事実だし、最初の爆発を見ている。

あの後、追撃が命中して倒したことにすれば、一応の筋は通るはず。

もちろん、それで全て納得してもらえるとは思っていない。


あれだけ強力だったドッペルゲンガーが、たった一撃で消滅してしまったんだから。

何の魔法を使ったのかとか、どうしてそんな威力を出せたのかとか、聞きたいことはいくらでもあるだろう。

だけど、他に説明のしようがない。

少なくとも、突然現れた聖なる光が勝手にドッペルゲンガーを焼き尽くしたなんて説明するよりは、ずっと説得力があると思う。


そこまで考えたところで私は自分の手元に視線を落とした。

あっ! それよりも、レーヴァテインを隠さなきゃ!

私は慌てて周囲を確認した。

シルフとドライアドが作ってくれた土煙は、少しずつ薄くなり始めている。


さっきまでは自分の手元さえ見えにくかったのに、今は数歩先にある岩の輪郭がぼんやりと分かるようになっていた。

このままでは、もうすぐお互いの姿が見えるようになるだろう。

そんな時に私が見慣れない赤い剣を握っていたらどうなるか。

せっかく考えた言い訳が、最初から破綻してしまう。


私は急いでGM倉庫を開いてレーヴァテインを放り込む。

普段なら丁寧にしまうところだけど今はそんな余裕がない。

剣が倉庫の中へ収まったことを確認すると、私はすぐに画面を閉じた。

こんなに活躍してくれたのに、雑に扱ってごめんね。


心の中でレーヴァテインに謝りながら、私は大きく息を吐いた。

ひとまず、見られて困るものは片付けられた。

あとは、さっき考えた説明を周囲の人達に信じてもらうだけ。

私は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、土煙の向こうへ向けて声を張り上げた。


「ありがとうシルフ、もう良いよ!」

「やったわね、アイラ!」

嬉しそうな声が返ってきた。

それと同時に、土煙の中から影が飛んでくる。


シルフだ。

風を操っていたシルフは、私の声を聞くとすぐにこちらへ飛んできた。

その表情は、まだはっきりとは見えない。

だけど弾んだ声を聞くだけでどれほど喜んでいるのか伝わってきた。


「アイラ、お疲れさま~。」

続いてドライアドも近くへ駆け寄ってきた。

こちらも普段と変わらない、のんびりとした声だった。

二人とも無事で良かった。


私は近付いてきたドライアドへ軽く手を伸ばした。

そして、周囲からは見えないように、その腕へ指の腹を当ててコンコンと叩く。

「んぅ?」

ドライアドが不思議そうな声を上げた。


突然何をするのかと、首を傾げているようだった。

私はその反応には取り合わず、少し大きめの声で話し掛けた。

「ドライアド、クレスを回復してくれてありがとうね!」

「……!」


ドライアドが一瞬だけ息を呑んだ。

だけど、すぐに私の意図を理解してくれたらしい。

「うんっ。」

元気な返事が返ってきた。


よし、これでクレスの右腕については説明できるはず。

少なくとも、ドライアドが治したという話は周囲にも聞こえただろう。

真相を知っている私からすれば、随分とわざとらしい茶番に感じられる。

だけど、事情を知らない人達にとっては自然なやり取りに聞こえるかもしれない。


実際、ドライアドはずっと治療を担当してくれていたんだから。

私がわざわざお礼を言うことだって不思議ではないはずだ。

そう自分に言い聞かせていると、シルフが口を開いた。

「あいつは倒したの?」


その質問を聞いて、私は思わずシルフへ顔を向けた。

さすがシルフ。

私が次に何を説明しようとしているのか、ちゃんと分かってくれている。

打ち合わせなんて一切していないのに、こんなに都合良く話を振ってくれるなんて。


やっぱり私の家族は頼りになるね。

私は内心で感謝しながら、できる限り自然な声を意識して答えた。

「さっきまで溜めていた全魔力を放ったから。どうやら当たったみたいで安心したよ。」

言い終わってから、少しだけ不安になった。


今の言い方、変じゃなかったかな?

自分では自然に話したつもりだけど、演技なんて慣れていない。

事情を知っているシルフやドライアドからすれば、随分とぎこちなく聞こえたかもしれない。

だけど、もう始めてしまった以上は後戻りできない。


私達は、この空気のまま最後まで突っ走るしかなかった。

「倒したのか!?」

クレスの声が聞こえてきた。

私はそちらへ顔を向ける。


土煙はさらに薄くなり、今では近くにいる人なら顔まで確認できるようになっていた。

「分かりません。でも魔法が直撃したのは確かです。」

本当は完全に消滅したことまで分かっている。

だけど、ここで断言してしまうのは不自然だ。


土煙で視界が遮られていたのだから、私だって結果を確認できていないことにした方が良い。

だから、あくまでも攻撃が当たったことだけを伝える。

すると周囲の騎士団の人達から歓声が上がった。

「おおっ!」


「やったのか!?」

「隊長、あの化け物を倒したんですか!」

さっきまで絶望的な表情を浮かべていた人達が、ようやく希望を取り戻したようだった。

だけど、クレスはすぐには喜ばなかった。


「私が様子を見てくる。」

そう言って、ドラゴンスレイヤーを構え直す。

右腕を取り戻したことで、先ほどまでの痛々しい姿からは想像できないほどしっかりとした足取りになっていた。

それでも警戒は怠らず、ゆっくりと前へ進んでいく。


騎士団の人達もクレスの後ろから慎重に様子を窺っていた。

私もシルフとドライアドを傍に置きながら、その背中を見守った。

土煙は少しずつ晴れ、洞窟の床や周囲の岩壁が見えるようになっている。

最初に私が大魔法を放った場所には大きく抉れた地面が残っていた。


そこからさらに少し先。

ドッペルゲンガーが『レイオブジャッジメント』を浴びた場所へと、クレスが近付いていく。

あの辺りには、もう敵の気配はない。

それを分かっていたけど、何も言わずに様子を見守った。


クレスが一歩、また一歩と進んでいく。

そして聖なる光が降り注いだ場所まで辿り着いた時。

クレスの足が、ぴたりと止まった。

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