逢魔が時⑯
目の前に、見慣れたGM倉庫の画面が現れた。
私は迷わず手を伸ばし、そこに収納していた一本の剣を取り出した。
指先が柄に触れた瞬間、確かな重みが手のひらに伝わってくる。
レーヴァテイン、私の切り札。
この剣を手にしたことで、さっきまで胸の奥にあった恐怖が嘘のように消えていった。
もう大丈夫。
どれほどドッペルゲンガーが強くても、この剣があれば負けることはない。
万に一つの敗北の可能性さえ今は考える必要がなかった。
私は剣を握り直すと、周囲の様子を確認した。
シルフとドライアドが作り出した土煙は今も洞窟内を激しく渦巻いている。
少し先にいるはずの騎士団の人達の姿さえ全く見えない。
普通なら、こんな状況で動き回るのは危険だろう。
だけど、今の私には関係なかった。
レーヴァテインを手にしたことで鋭敏になった感覚が、周囲の気配を正確に捉えていた。
誰がどこにいるかさえ手に取るように分かる。
私は迷うことなく土煙の中で手を伸ばした。
その手の先にいるのはクレスだ。
左手にドラゴンスレイヤーを握ったまま、ドッペルゲンガーがいる方向を警戒している。
右腕を失った傷口からは今も血が流れ続けていた。
その姿を間近で見て私は改めて胸が締め付けられるのを感じた。
ごめんね、クレス。
凄く痛かったよね。
私がもっと早く決断していれば、こんな怪我を負わせずに済んだかもしれない。
それなのにクレスは自分の身を犠牲にしてまで私を守ってくれた。
本当にありがとう。
私は心の中で謝罪と感謝を伝えた。
声に出してしまえば、今ここに私がしていることを周囲に知られてしまうかもしれないので言葉にはしない。
だけど、この気持ちだけは伝えておきたかった。
クレスのすぐ傍まで近付くと、私はそっと手を伸ばした。
そして回復魔法を発動する。
『リジェネレーション』。
私の手のひらから柔らかな光が溢れ出し、クレスの右肩を包み込んだ。
次の瞬間、失われていた腕が再生を始めた。
傷口から流れ続けていた血が止まり、腕から新しい組織が伸びていく。
骨が形を作り、その周囲を筋肉や皮膚が覆っていった。
肘から先へ、さらに手首へ。
失われた右腕が、まるで時間を巻き戻しているかのように元の姿を取り戻していく。
その間、ほんの数秒。
ついさっきまで存在しなかった右腕が、何事もなかったかのように再生した。
クレスは驚いた様子で、自分の右手を握り返していた。
指を開いたり閉じたりして、感覚を確かめているようだった。
「これは……?」
戸惑いに満ちた声が聞こえてきた。
そりゃ驚くよね。
失ったはずの腕が突然元通りになったんだから。
回復魔法を受けた時も、ここまでの回復力は経験したことがないはずだ。
さっき『グランドストンプ』を受けて手足を失った騎士団員の回復も、ここまでの速度で再生はしていなかった。
私はクレスを回復していた手をそっと下ろす。
もうこれでクレスは大丈夫。
あとは、この視界が戻る前に戦いを終わらせるだけ。
シルフ、ドライアド。もう少しだけ、この土煙を維持していてね。
私は二人へ心の中でお願いしながらドッペルゲンガーの方へ意識を向けた。
姿は見えないけど、相手の動きは正確に把握できている。
あいつは先ほどの爆発を避けた場所から移動していなかった。
そして、どうやら土煙に相当苛立っているらしい。
「小賢しい、こんな目眩ましなどすぐに吹き飛ばしてやる!」
ドッペルゲンガーの怒声が響き渡った。
私はその気配を感じ取りながら、相手の動きを探った。
ドッペルゲンガーが折れた大剣を大きく振りかぶる。
その構えには見覚えがあった。
もう一度『グランドストンプ』が来る!
周囲の地面を激しく揺らし、広範囲に衝撃を与える攻撃スキル。
今ここで使われたら、せっかく作り出した土煙が吹き飛ばされてしまうかもしれない。
それだけじゃない。
視界を奪われた状態であんな攻撃を受ければ、騎士団の人達にも大きな被害が出るだろう。
あのスキルだけは絶対に撃たせるわけにはいかない。
私は手にしたレーヴァテインを軽く持ち上げた。
だけど、もう遅いよ。ドッペルゲンガー。
あなたは確かにかつてないほど強敵だった。
クレスの姿と能力を模倣したうえに、グランドナイトのスキルまで使いこなすなんて完全に想定外。
何度も追い詰められたし、私だって本当に死ぬかもしれないと思った。
クレスがいなかったら、今頃どうなっていたか分からない。
できれば、もう二度と戦いたくない相手だ。
私はそんなことを考えながら、レーヴァテインの剣先をドッペルゲンガーへと向けた。
せっかく土煙で周囲の視界を遮っているのに、私が攻撃したと分かってしまったら意味がない。
そうなると、攻撃の出所が分からないスキルを使うのが一番良さそう。
私はレーヴァテインで使用できるスキルの中から、条件に合うものを探して一つの魔法を選択した。
それは光の奇跡。
天上から降り注ぐ聖なる光によって、邪悪な存在を滅する破魔の魔法だった。
特に悪魔系のモンスターに対しては絶大な威力を発揮する。
ドッペルゲンガーがレイディアントの配下である以上、この魔法との相性は最悪だろう。
私は剣先を動かさないまま、スキルの発動を意識した。
『レイオブジャッジメント』。
その瞬間だった。
ドッペルゲンガーの頭上に、眩い光が生まれた。
洞窟の天井付近に現れた光は、一瞬で巨大な輝きへと膨れ上がっていく。
そして、次の瞬間。
ズドォォォォンッ!!
天上から放たれた光の奔流が、ドッペルゲンガーへと降り注いだ。
「ぐああああああああっ! 一体何が!? こんなことが、どうして!?」
ドッペルゲンガーの絶叫が洞窟内に響き渡った。
光は土煙を貫き、ドッペルゲンガーの体を容赦なく焼いていく。
相手が大剣を振り下ろそうとしていたことなんて、もう関係なかった。
『グランドストンプ』を発動するよりも早く、聖なる光がその全身を捉えていた。
「ぐっ、があああああっ!」
ドッペルゲンガーが苦痛に顔を歪めながら、必死に身を捩る。
だけど、どれほど動き回ろうとしても光から逃れることはできなかった。
頭上から降り注ぐ光は、相手の動きに合わせるように絶え間なく照射され続けている。
ドッペルゲンガーが折れた大剣を掲げ、何とか防ごうとする。
しかし、光はそんな抵抗をものともせず大剣ごとその体を貫いていった。
ジリジリと焼け焦げるような音が響く。
『ハードスキン』によって硬質化していた体の表面が、光に触れた部分からボロボロと崩れ落ちる。
肩や腕に残っていたひび割れが広がり、そこから眩い光が溢れ出す。
まるで体の内外から焼かれているようだった。
どれだけ物理防御力を高めていようと、聖なる光の前では意味がない。
ドッペルゲンガーの体を構成している細胞の一つ一つが、光によって焼かれていく。
「あり得ん! こんな力が、どこから!」
ドッペルゲンガーが叫びながら、必死に周囲を見回している。
だけど、土煙に遮られた視界では誰が攻撃しているのか分からないはずだ。
しかも光は頭上から降り注いでいる。
少なくとも私が剣を向けていることには気付けないだろう。
私はその様子を感じ取りながら、静かにレーヴァテインをゆっくり下ろした。
あれほど恐ろしかった相手が、今は抵抗することさえできずにいる。
クレスを吹き飛ばし、騎士団の人達を傷付け、私達を何度も震え上がらせたドッペルゲンガー。
その圧倒的な力が何もできずに崩壊していく。
「がああああああああっ!」
ドッペルゲンガーの体が大きく仰け反った。
これで最後と言うように全身を覆っていた黒い瘴気が消滅していく。
私はその光景を見つめながら、改めてレーヴァテインの力を実感していた。
こんなものを普通の人間が使えるはずがない。
だからこそ今まで隠してきたけど、今使ったことに後悔はしていない。
クレスを助けて、目の前の敵を倒すことができるのなら十分だった。
ドッペルゲンガーの絶叫が、次第に弱くなっていく。
それでも『レイオブジャッジメント』の光は止まらなかった。
悪魔を滅する聖なる光は、相手の体を構成する細胞が一つ残らず焼き尽くされるまで、容赦なく降り注ぎ続けた。




