逢魔が時⑬
「はあっ!」
クレスが気合いと共にドラゴンスレイヤーを振り下ろす。
ガァンッ!
ドッペルゲンガーが折れた大剣で受け止めると、洞窟内に激しい金属音が響き渡った。
互いの剣がぶつかり合い、足元の土が衝撃で舞い上がる。
相変わらずドッペルゲンガーの力は凄まじい。
だけど、今度はクレスも負けていなかった。
相手の攻撃を正面から受け止め、時には剣を滑らせるようにして受け流している。
そして、ドッペルゲンガーの動きが止まった瞬間を狙って、周囲の騎士達が一斉に攻撃を仕掛けた。
「今だ!」
「おおっ!」
左右から斬撃が降り注ぎ、ドッペルゲンガーの肩や胴体へと命中する。
ガキンッ! ギィンッ!
相変わらず奇妙な金属音が響いているけど今度は明らかに手応えがあったようだ。
攻撃を受けた部分には小さなへこみが増え、既にできていたひび割れも少しずつ広がっている。
「小賢しい!」
ドッペルゲンガーが怒鳴り、折れた大剣を横薙ぎに振るった。
「くっ!」
騎士の一人が盾で受け止めようとしたものの、その衝撃に耐え切れず後方へと弾き飛ばされる。
地面を転がった男性が苦しそうに呻いた。
「セレナ!」
「はい!」
クレスの声に応じて、セレナがすぐに治癒の奇跡を唱え始めた。
柔らかな光が倒れた騎士の体を包み込み、負傷した部分を癒していく。
男性は痛みに顔を歪めながらも、やがて自分の足で立ち上がった。
「ありがとうございます!」
そう言って再び剣を構えると、クレス達の援護へと戻っていく。
その間も戦闘が止まることはなかった。
クレスが正面で攻撃を受け止め、騎士達が隙を突いて斬り掛かる。
誰かが負傷すればセレナが治療し、回復した人から戦線へと復帰する。
決して余裕のある戦いではないけど、少しずつ連携が取れてきているようだった。
もちろん、私だって見ているだけじゃない。
「『ファイアアロー』!」
私は右手を前へ突き出し、炎の矢を放った。
赤く燃える矢が空中を駆け抜け、クレスの横を通り過ぎてドッペルゲンガーへと向かう。
「むっ!」
ドッペルゲンガーは体を捻って避けようとしたけど、ちょうどクレスの大剣を受け止めている最中だった。
完全には回避できず、炎の矢が左肩へと命中する。
ボォンッ!
小さな爆発と共に炎が広がり、ドッペルゲンガーの体がわずかに揺れた。
「よし、当たった!」
今の攻撃で倒せるなんて思っていない。
あくまでもクレス達を援護するための攻撃だ。
私は体内に蓄えている大魔法用の魔力を維持しながら、別の魔力を使って攻撃を続けていた。
せっかく練り上げた魔力を霧散させてしまったら、また最初から準備し直さなければならない。
だからといって、何もしないで見ているわけにもいかないよね。
「アイラ、右から来るわよ!」
シルフの声が響いた。
ドッペルゲンガーがクレスの剣を弾き、こちらへ向かって踏み込もうとしている。
だけど、その動きよりも早くシルフが風の刃を放った。
ヒュンッ!
鋭い風がドッペルゲンガーの足元を斬り裂き、踏み込みかけた動きを妨害する。
「ちっ!」
ドッペルゲンガーが舌打ちした。
その隙にクレスが間合いを詰め、再び大剣を振り下ろす。
ガァンッ!
二人の剣がぶつかり合い、ドッペルゲンガーの意識が再びクレスへと向けられた。
「ありがとう、シルフ!」
「お礼は後でいいわ! 今は集中して!」
「うん!」
私は頷くと、再び魔法の準備を始めた。
一方、ドライアドは私達の防御を担当してくれている。
「『プラントウォール』!」
ドライアドの声と共に、地面から太い蔦が伸び上がった。
ドッペルゲンガーが振るった大剣の軌道上に植物の壁が現れ、騎士の一人へ向かっていた攻撃を受け止める。
バキバキッ!
壁は簡単に砕かれてしまったけど、その一瞬が大きかった。
攻撃を受けるはずだった騎士が後方へと飛び退き、間一髪で直撃を避ける。
「助かった!」
男性が礼を言うと、ドライアドは小さく頷いた。
攻撃を避け切れず負傷した人がいれば、セレナと協力して回復も行っている。
ドライアドは本来、私達以外のために魔力を使いたがらないけど、今は文句を言うこともなく必要な場面で力を貸してくれていた。
こうして私達は少しずつドッペルゲンガーを追い詰めていった。
もちろん、こちらも無傷というわけじゃない。
騎士団の人達は何度も攻撃を受けているし、クレスだって相当な負担が掛かっている。
私も魔法を使い続けているせいで、魔力の消耗が激しくなっていた。
だけど私達には回復手段がある。
「少し下がるぞ!」
クレスが声を掛けると、騎士達が互いを援護しながら距離を取った。
その間に、負傷した人はセレナの治療を受け、余裕があればポーションを取り出す。
私も隙を見てMP回復用のポーションを自分にかけた。
経口摂取のほうが効能は高いけど今はわずかな隙も作りたくない。
誰かが攻撃している間に別の人が回復して、負傷者が出てもセレナやドライアドが治療してくれる。
一方のドッペルゲンガーはどうだろう。
私は少し離れた場所で構え直している相手の姿を観察した。
最初に騎士達が付けたへこみやひび割れが、まだ体に残っている。
その後の攻撃によって増えた傷も、完全には塞がっていないようだった。
さっき『グラウンドクランプル』から抜け出してきた時は、あれほど元気になっていたのに今は攻撃を受けた部分が、ほとんど回復していないように見える。
洞窟の魔力を吸収できるなら、もっと簡単に傷を治せるんじゃないか?
私はドッペルゲンガーの体と足元を交互に見つめた。
そこで、一つの可能性を思い付いた。
もしかして、患部を直接洞窟に接触させなければ、高速回復できないんじゃないだろうか。
『グラウンドクランプル』で握り潰した時、あいつは全身を洞窟の土に包み込まれていた。
だから、あれほど大量の魔力を吸収できたのかもしれない。
だけど今は地面に足を付けているだけだ。
もし接触している部分からしか魔力を吸収できないのなら、全身を土で覆われていた時ほどの回復力は発揮できないはず。
あるいは単純に吸収できる魔力量に限界があるのかもしれない。
一度に大量の魔力を取り込むことはできても、それを何度も繰り返せるわけじゃないとか。
そう考えれば今の傷が残っていることにも説明が付く。
もちろん、どちらが正しいのかは分からない。
だけど一つだけ確かなことがある。
ドッペルゲンガーは戦闘中に受けた傷を瞬時に回復できるわけじゃないということだ。
それなら、私達にも勝機がある。
一撃で倒せなくても、少しずつダメージを蓄積させることができるんだから。
私は再びクレス達へと視線を向けた。
騎士達の連携は、戦闘が続くにつれてさらに良くなっていた。
クレスが相手の攻撃を受け止め、その隙に周囲から攻撃を仕掛ける。
シルフが風の魔法で動きを妨害し、ドライアドが防御と回復を担当する。
私も『ファイアアロー』などで援護しながら大魔法を放つ機会を探していた。
少しずつだけど、確実にこちらへ風が吹き始めている。
だけど、それは決して盤石なものではない。
この均衡が成り立っているのはクレスのおかげだ。
ガァンッ!
激しい金属音が響き、クレスの足元が大きく沈み込む。
それでもクレスは踏みとどまり、相手の攻撃を受け流した。
そして、すぐさま反撃へと転じる。
あの異常な身体能力を持つ相手と、正面から打ち合い続けているんだから本当に凄い。
しかも、自分が攻撃するだけじゃなく周囲の騎士達が安全に動けるように、相手の注意を引き付け続けている。
私やセレナが狙われそうになれば、真っ先に間へと割り込んでくれる。
もしクレスが一度でも倒れてしまったら今の私達では、ドッペルゲンガーの攻撃を正面から受け止められる人がいなくなってしまう。
そうなれば、騎士達の連携も崩れ、私やセレナを守ることさえ難しくなるだろう。
今は何とか優勢に戦えているように見えるけど、実際にはクレス一人の働きに大きく依存している。
ほんの少しでも均衡が崩れれば、こちらの態勢は一気に瓦解しかねない。
そして、そんな戦いがしばらく続いた頃だった。
「よもやここまで追い詰められようとはな。」
ドッペルゲンガーが低い声で呟いた。
すると、クレスの大剣を弾き返し、大きく後方へと跳び退いた。
これまでとは違い、追撃を警戒するような動きも見せない。
そのまま私達から十分な距離を取ると、ゆっくりと構えを解いた。
私はその様子を見て、思わず警戒を強めた。
何をするつもり?
まさか、ここで戦いをやめるなんてことはないだろう。
あいつはレイディアントの配下で私達を殺すつもりで襲い掛かってきたんだから。
それに、今までの戦い方を見れば簡単に諦めるような相手じゃないことくらい分かる。
私は練り上げた魔力を維持しながら、ドッペルゲンガーの動きを注意深く観察した。
周囲の騎士達も同じことを考えているらしい。
誰も武器を下ろさず、相手から視線を外さない。
クレスもドラゴンスレイヤーを構えたままドッペルゲンガーを睨み付けていた。
洞窟内に再び張り詰めた空気が流れる。
その中で、ドッペルゲンガーが静かに口を開いた。
「どうやら時間もないようだ。全力で決めさせてもらう!」
時間がない?
さっきも似たようなことを言っていたけど、一体どういう意味なんだろう。
だけど、その理由を考える余裕はなかった。
ドンッ!
突然、ドッペルゲンガーの体から凄まじい魔力が溢れ出した。
「なっ!?」
私は思わず声を上げた。
さっきまでとは比べものにならないほどの魔力が、ドッペルゲンガーの周囲に渦巻き始めている。
黒い瘴気が勢いよく立ち上り、周囲の空気が震えているようにさえ感じられた。
あいつ、本当にここで全力を出すつもりなんだ!
「いくぞ、人間ども。せいぜい足掻け。……『ブレイクスルー』!」
スキル名を聞いた瞬間、私は目を見開いた。
それは、モンスター専用の強化スキルだ。
全ステータスを一定の割合で向上させる能力を持ち、元々の能力値が高いモンスターほど、その恩恵が大きくなる。
ただでさえクレス以上の身体能力を持っているドッペルゲンガーが使ったら、どれほど強くなってしまうんだろう。
私はその効果を想像して、思わず背筋が冷たくなった。
だけど、ドッペルゲンガーの強化はそれだけでは終わらなかった。
「『ハードスキン』!」
再び魔力が膨れ上がる。
ドッペルゲンガーの体の表面に、鈍い光沢が浮かび上がった。
これもモンスター専用スキルだ。
『ハードスキン』は、物理防御力を飛躍的に向上させる強化スキル。
ただでさえ通常の斬撃では傷を付けることすら難しかったのに、さらに防御力を上げるなんて!
これじゃあ、騎士団の人達の攻撃がほとんど通らなくなってしまうかもしれない。
私は思わずクレスへと視線を向けた。
クレスも相手の変化に気付いているらしく、険しい表情でドラゴンスレイヤーを握り直している。
だけど、まだ終わらなかった。
「更に、『ランペイジ』!」
私はそのスキル名を聞いて、思わず耳を疑った。
グランドナイトの強化スキルじゃない!
『ランペイジ』は、全ステータスを大幅に向上させる代わりに、HPを継続的に失い続けるという危険なスキルだ。
その強力な効果から、ゲームでは短期決戦を狙う時などに使用されていた。
だけど、HPを消費し続けるという性質上、使いどころを間違えれば自滅しかねない。
まさに自分の命を削って戦うための強化スキルだった。
そして、ドッペルゲンガーはその『ランペイジ』を、モンスター専用スキルと組み合わせて使っている。
こんなの、いくら何でもズルすぎる!
ただでさえ規格外の身体能力を持っているのに、そこへ三種類もの強化スキルを重ね掛けするなんて。
『ランペイジ』のHP消費をどこまで補えるのかは分からないけど、少なくとも普通のグランドナイトよりも厄介な使い方ができる可能性がある。
私は目の前で膨れ上がっていく魔力を感じながら、思わず唇を噛んだ。
これまでの戦いだって、クレスが必死に支えてくれていたから何とか均衡を保てていただけなのに、ここからさらに強くなるなんて。
ドッペルゲンガーの周囲では、黒い瘴気が激しく渦巻いている。
その姿は、もはやクレスの偽物というだけでは説明できないものになっていた。
人間の姿と技を持ちながら、モンスター特有の能力まで使いこなす存在。
人魔一体の凶悪モンスターが、今ここに誕生した。




