幕間 陽だまりの切り株
幕間はメインストーリーではなく、おまけ程度のお話です。
本作は基本的に誰か一人の視点で物語が進むため、本編では描ききれなかった出来事や補完したいエピソード、サブキャラクターたちのお話などを、幕間としてお届けできればと思っています。
森に朝日が差し込む。
木々の隙間から伸びた柔らかな光が地面を照らし、夜露を纏った草花が静かに輝いている。
夜の冷たさが少しずつ薄れ、小鳥たちがさえずり始める頃。
そんな静かな森の片隅で、一つの切り株がもぞりと動いた。
「かぷぷ……。」
何とも気の抜けるような鳴き声。
頭から生えた若芽がゆらゆらと揺れ、短い手足が眠たそうに動く。
おかしな切り株?……いや。
切り株の姿をしたモンスター『スタンプ』だった。
=w=
不思議な顔をしたまま、瞼と口がむにむに動く。
まだ眠気が抜けていないらしい。
体を左右に揺らしながら、うつらうつらと船を漕いでいる。
前へ、後ろへ、また前へ。
ゴン!
とうとう傾きすぎて、近くの木の根へ頭をぶつけてしまった。
衝撃で目が覚めたのか、「はっ」としたように目を開く。
何が起きたのか分かっていないのか、そのまま固まること数秒。
左右を何度か見返したが、危険が無いことが分かると目をそっと細めた。
「かぷぅ……。」
遅れて痛みが来たのだろう。
短い手で頭を押さえながら涙目になっている。
誰かに攻撃されたわけではない。
自分で居眠りして、自分で頭をぶつけただけである。
しばらく頭を押さえていたスタンプは、ふるふるふると体を振った。
これで眠気も吹き飛んだらしい。
短い両手を一生懸命上下に振り、体をほぐす。
右、左。もう一度右、左。そして最後に、ぎゅいーんと思い切り背伸びをした。
もちろん、人間ほど伸びるわけではない。
ほんの少しだけ体が伸びただけだ。
それでも本人(本木?)は至って真剣だった。
真面目な顔をしているのに可愛いだけなのは、ご愛敬である。
「かぷ。」
朝の準備が終わったのか、小さく一鳴き。
スタンプは木々の間から差し込む朝日を追いかけるように歩き始めた。
てくてく、てくてく。歩く速さは人間の子供ほど。
決して急がない。
……いや、急げないだけかもしれない。
本人は普通に歩いているつもりでも、一歩一歩の歩幅はとても小さい。
鳥の声を聞きながら、草を踏まないようにゆっくり森を進んでいく。
やがて木々の間隔が少し広くなった。
森の中でも特に朝日がよく差し込む場所だ。
スタンプはそこまで来ると足を止めた。
頭の若芽がぴんっと立つ。
そして体いっぱいに朝日を浴びた。
「かぷぷ……。」
気持ち良さそうに目を細める。
日光が美味しいのだろう。
さっきまで眠たそうだった顔が、みるみる幸せそうな表情へ変わっていく。
目を閉じ、とろけるような顔を浮かべた。
まるで人間がお風呂に浸かっている時のような顔だった。
風が吹けば頭の若芽が揺れる。
木漏れ日が動けば、それに合わせてスタンプも少しだけ体の位置を変える。
そんなことを繰り返しながら、朝の時間を満喫していた。
その近く。森に面した水辺では、二人の女性冒険者が狩りの準備をしていた。
武器や道具を確認していたうちの一人が、ふと森の方へ目を向ける。
そこで日向ぼっこをしているスタンプを見つけた。
思わず隣にいる仲間の肩を叩き、指をさす。
「ねぇねぇ、あれ見て。」
「ん?」
指さされた先へ視線を向ける。
そこには朝日を浴びながら、幸せそうに目を細めているスタンプ。
「……ふふっ、可愛い~。」
二人は小さく笑った。
スタンプはそんな二人に気付いているのかいないのか、相変わらず日向ぼっこを続けている。
あまりにも平和で無害。
あれを見て危機感を感じる冒険者はいないだろう。
そもそもスタンプは討伐対象として人気がない。
危険なモンスターではないし、倒したところで高価な素材も手に入らない。
木の体なので薪代わりにはなるが、森には枯れ木がいくらでも落ちている。
わざわざ生きているスタンプを倒してまで薪を手に入れる理由がない。
しかも見た目に反して体は硬く、生命力も強い。
初心者が戦えば、倒すだけでもそれなりに苦労する。
危険性は低い。
得られる物も少ない。
そのうえ倒しづらい。
結果として、スタンプはこの世界でもっとも討伐されないモンスターの一種だった。
そんな人間側の事情など知っているのかいないのか。
十分に光を浴びたスタンプは、満足そうにこくりと頷いた。
「かぷ!」
朝日、ごちそうさま。
そう言っているようにも聞こえる。
今度はくるりと向きを変え、湖へ向かっててくてくと歩きだした。
朝日を浴びた後は水分補給。
いつもの朝の日課なのだろう。
しばらく歩いて湖畔へたどり着く。
目の前には朝日を反射して輝く水面。
スタンプはすぐに飛び込んだりしない。
水辺ぎりぎりまで近づくと、一度立ち止まった。
そして慎重に片足を水へ浸ける。
ちゃぷん。
それ以上は進まない。
短い足では、水面に少し触れる程度で十分だ。
そのまま根から水を吸い上げるように、足からゆっくりと水分を取り込んでいく。
もちろん口から飲めないわけではない。
ただ、この丸い体では水面まで顔を近づけるのが少し難しいようだ。
そのため長い年月をかけて、足からも水を吸えるようになったらしい。実に便利な体である。
それでも、すべてのスタンプが最初から上手に水を飲めるわけではない。
森では時折、水を飲もうとして湖へ近づきすぎ、そのままころんと落ちてしまうスタンプもいる。
丸い体と短い手足では、一度深い場所へ落ちるとなかなか岸へ戻れない。
そのまま溺れてしまうことさえあった。
この個体は賢い方だった。
決して深い場所へ近づかず、片足だけを水へ浸ける。
ゆっくり少しずつ安全な距離を保ちながら喉を潤していく。
ちゃぷん。
時折体が揺れて、小さな波紋が湖面へ広がった。
「かぷぷ……。」
日光も浴びて水もたっぷり飲んだ。
朝食はこれでおしまいのようだ。
お腹がいっぱいになると、スタンプは水から足を離した。
濡れた足をぷるぷると振って水滴を飛ばす。
十分に光と水の恵みを受けて、満足そうに体を揺らしている。
「かぷ!」
元気よく一鳴き。
来た時よりも少しだけ軽快な足取りで、小さな足を動かして森の奥へ帰っていった。
先ほどの女性冒険者たちは、もう狩りへ向かったのだろう。
湖畔に人の姿はない。
小鳥の声と風に揺れる木々の音だけが、いつものように森へ響いている。
スタンプもまた、いつものように森の中へ消えていく。
今日もきっと日向を探して歩き、水を飲み、森のどこかでのんびりと過ごすのだろう。
誰かに倒されるために生まれてきたわけじゃない。
人間に素材を与えるために生きているわけでもない。
この世界は、人間がモンスターを狩る世界じゃない。
人もモンスターも等しく平等に、女神ガイアの子供達なのだ。




