危うい冒険心⑪
足に力が入らない。
私はよろよろと少し離れた木陰まで歩き、その場へぺたんと座り込んだ。
乱れた呼吸を、何とか落ち着かせる。
ゲームと同じなら、辻斬りはしばらく出現しないはずだ。
ネームドモンスター『深い森の主』と出会わないかだけは心配だけど、
仮に出現してもレーヴァテインを握ったままなら何とかなる、かな?
とにかく、これで危機は去ったのは間違いないはず。
「その子を見ていてください。」
ハイプリースト様はカイ君を抱っこしていたハンターにそう告げると、
最初に首を斬られたナイトのもとへ駆け寄った。
地面に両膝をつき、静かに祈りを捧げる。
「『リザレクション』」
唱えた瞬間、光がナイトの体を包み込んだ。
あれはプリースト系だけが扱える奇跡。
物理でも、魔法でもない。女神ガイアへの信仰が引き起こす、第三の力だ。
ゲーム時代の効果は、『戦闘不能状態からの復活』。
肉体が死んでいたとしても、魂が現世に残っていれば蘇生できる。
とはいえ、完全に死亡した人間を無条件で生き返らせることはできないらしい。
そのため、メインストーリーでも蘇生が間に合わず、命を落とす者が一定数いたことを覚えている。
ナイトの周りにある光が収束していく。
お願い、上手くいって――。
「……っ!」
ナイトの胸が大きく上下した。
呼吸が戻り、瞼が震え、ゆっくりと開かれた。
「俺は……?」
よかった。魂は、まだ残っていたみたい。
ハイプリースト様も、ほっとしたように小さく笑みを浮かべる。
けれど休む間もなく、次の仲間のもとへ駆け寄った。
「『リザレクション』」
一人。また一人。倒れていた冒険者たちが光に包まれ、次々と息を吹き返した。
斬られた順番に。誰一人として取りこぼさないよう、一人ずつ確実に蘇生していく。
最後の一人が息を吹き返す頃には、ハイプリースト様の額に大量の汗が滲んでいた。
さすがに『リザレクション』を連続で使った疲労は大きいようだ。
一方、蘇生された冒険者たちは互いに抱き合い、無事を喜んでいた。
しかし、ここは『深い森』。
まだモンスターの腹の中にいるのだ。
「喜ぶのはまだ早い。強力なモンスターと出会う前に撤退しよう。」
リーダーが注意すると冒険者達は気を引き締める。
「蘇生して疲れているところすまないが、『ポータル』をお願いできるか?」
ハイプリースト様は頷くと、残った力を振り絞るように杖を掲げた。
「『ポータル』。」
青白い魔法陣が地面に展開される。
町へ帰還するための転送門だ。
「さあ、急げ。全員無事で町に戻るまでが救助活動だ。」
最初にハンターがカイ君と手を繋ぎ、転送陣へ足を踏み入れた。
二人の体が青い光に包まれ、その姿が消える。
「今回ばかりはもうダメかと思った。」
「全くだ。奇跡ってあるんだな。」
続いてナイトやウィザード、ローグたちが一人ずつ転送されていった。
あ、置いていかれちゃう。
ぼんやりと眺めていた私は慌てて駆け寄る。
――お邪魔します。
心の中でそう呟き、そっと転送陣へ飛び乗った。
《HidePC》を使っているため、私が乗り込んだことに気付いた者はいない。
転送される直前、ハイプリースト様が最後に転送陣へ足を踏み入れる姿が見えた。
彼女も青い光に包まれる。
やがて深い森から人間は一人残らずいなくなった。
転送が完了すると私は町を出てすぐの広場に投げ出された。
目の前ではすでにカイ君を中心に人集りができている。
「無事で良かったなぁ。」
「カイ!」
「本当に心配したぞ!」
「怪我はない?」
次々と人が駆け寄り、無事な姿を確認すると安堵の表情を浮かべていく。
「深い森まで入り込んでいましたが、何とか保護できました。」
「お前、いくらなんでも、無茶しすぎだ。」
「おいおい、助かって良かったな。」
「冒険者様方、探索を手伝っていただき、ありがとうございました。」
「え、辻斬りに会った!?」
冒険者たちもようやく張り詰めていた緊張が解けたみたい。
互いの顔を見合わせ、小さく笑みを浮かべている。
その時だった。
「カイ!!」
女性の悲鳴にも似た声が聞こえた。
人混みを押しのけるように走ってきた一人の女性が、そのまま勢いよくカイ君を抱き締めた。
「よかった……よかったぁ……!」
それはカイ君のママだった。
涙を流しながら強く息子を抱き締める。
そして次の瞬間。
「どうしてこんな危ないことしたの?みんながどれだけ心配したと思ってるの!?」
泣きながら叱った。
「ごめんなさい!」
カイ君も堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
好奇心でこんな事件を起こしたうえに、さっきの出来事だ。
泣き崩れてしまうのも無理はない。
声を上げて泣き続けるカイ君を見て、私は苦笑した。
カイ君のパパも隣で二人を見つめていた。
怒るでもなく、泣くでもなく、何とも言えない表情で。
やがて大きく息を吐くと、静かに二人の肩へ手を置き、何度も深く頷いた。
家族三人が揃っている。
その光景だけで、無事に帰ってこられたことが伝わってきた。
「あ……。」
ふと視線の端に見慣れた人を見つけ、私は思わず息を呑んだ。
「パパ……。」
服のあちこちが泥で汚れ、枝で擦ったような傷まで付いている。
きっと森の中を必死に探し回っていたのだろう。
「ママ……。」
その隣にはママもいた。
両腕には売り物のポーションを大事そうに抱えている。
治療が必要な人がいるかもしれない。
そんな思いで慌てて持ってきたのだろう。
両親と泣きながら抱き合うカイ君たち家族を交互に見つめて、胸がちくりと痛む。
カイ君の姿が、自分に重なって見えたからだ。
「……今日、すごく危ないことした、よね。」
もしかしたら深い森へ向かう途中で、また崖から落ちていたかもしれない。
辻斬りに《HidePC》が効かなかったかもしれない。
もしそうなら、私はきっと命を落としていた。
その時、パパとママはどれだけ悲しんだだろう。
今回は結果的には全員を救うことができた。
でもそれだけだった。
たとえGM権限という切り札があったとしても、十分な検証も終えていない力に頼る以上、
その危険性まで考えればもっと慎重になるべきだったのに、
過ぎた力を手に入れたことで正常な判断ができていなかったと思う。
ぽろりと涙が零れた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
自分が軽率な行動をしたことを、心の中で何度も、何度も謝った。
ああ、精神が幼い体に引っ張られているのかな?
溢れだした涙を止めることができない。
声を漏らさないよう必死に口を押さえながら、
私は大粒の涙を零し、一人静かに泣き続けた。




