逢魔が時⑪
「ドライアド、あの中がどうなってるか分かったりしない?」
私は天井から伸びた巨大な土の手を見上げながら、隣にいるドライアドへと尋ねた。
あの中には、さっき私が握り潰したドッペルゲンガーが閉じ込められている。
だけど外からでは生きているのか死んでいるのか全く分からない。
かといって確認するために土の手を開くのは怖すぎる。
もし、まだ生きていたらと思うと、どうしても踏ん切りがつかないんだ。
そこで思い付いたのがドライアドの力だった。
彼女は植物や大地に関わる精霊だ。
もしかしたら土の中にあるものを感じ取ることができるんじゃないだろうか。
「うーん……。」
ドライアドは小さく首を傾げると、巨大な土の手へと意識を集中させた。
目を細め、じっと何かを探るように見つめている。
私も期待しながら、その様子を見守った。
だけど、しばらくするとドライアドは顔を左右に振った。
「ううん、わかんない。この世界の土は私達の世界とは違うものだから。」
「あっ、そっか。」
なるほど。確かに、ドライアドが生まれ育った精霊の世界と、この世界は同じじゃない。
植物や土が存在しているからといって全てが同じ性質を持っているとは限らない。
それに、今あの手を形作っているのは私の魔法によって動かしている土だ。
ドライアドなら何でも分かるんじゃないかと期待してしまったけど、さすがに無理だったみたい。
うーん、困った。
結局、振り出しに戻ってしまった。
「開いて中を確認してみるしかないか。」
クレスが土の手を見上げながら呟いた。
やっぱりそうなるよね。
私だって、それが一番確実な方法だとは思っている。
だけど、さっきまでのドッペルゲンガーの強さを考えると素直に頷くことができなかった。
あいつはクレスを一撃で吹き飛ばし騎士団の人達をまとめて戦闘不能にした相手なんだから。
もし生きていて、再び猛攻を受けたらどうなるか分からない。
しかも今度は私達の戦い方まで知られてしまっている。
私は思わず土の手を見つめた。
今のところ何の変化もない。
できることなら、このまま倒れていてほしいんだけど。
「セレナさん、私達に防御の奇跡を。」
その時、騎士団の女性がセレナへと声を掛けた。
「はい!」
セレナはすぐに頷くと両手を胸の前で組んだ。
そして静かに祈りを捧げ始める。
すると彼女の周囲に淡い光が現れた。
その光はゆっくりと集まり、やがて一人の騎士の体を包み込んでいく。
ゲームでは何度も見てきた光景だけど、こうして間近で見ると随分と神秘的だ。
セレナは一人ずつ順番に防御の奇跡を掛けていった。
騎士団の人達はもちろん、クレスやシルフ、ドライアドにも光が降り注ぐ。
そして私の番が回ってきた。
「お願いしますね。」
セレナが優しく微笑んだ。
「はい、ありがとうございます。」
私が返事をすると、柔らかな光が体を包み込んだ。
着ている服の表面がキラキラと輝き始める。
まるで細かな星の粒が散りばめられたみたい。
私は思わず自分の袖を見つめてしまった。
見た目だけならお姫様のドレスみたいで綺麗。
だけど今はそんなことを喜んでいる場合じゃない。
これは、これから起こるかもしれない戦闘に備えるための準備なんだから。
正直なところ、あのドッペルゲンガーを相手にどれほど効果があるのかは分からない。
何しろクレスの防御すら正面から押し切るような相手だ。
いくら防御力が上がったとしても、まともに攻撃を受ければ無事では済まないだろう。
それでも何もないよりはずっと良い。
ほんの少しでも生き残れる可能性が高くなるなら、それだけでありがたいんだから。
セレナは全員に奇跡を掛け終えると、小さく息を吐いた。
「ふぅ……、終わりました。」
「ありがとうセレナ。」
クレスが礼を伝えると、セレナは穏やかに頷いた。
これで、ひとまず準備は整ったみたいだ。
騎士団の人達もそれぞれの武器を握り直し、巨大な土の手へと向き直る。
私もシルフとドライアドの位置を確認しながら、もう一度気持ちを引き締めた。
いよいよ、中を確認する時だ。
できれば何も起こらず、そのまま終わってほしい。
そんなことを考えながら私は土の手へと視線を向けたその時だった。
ピシッ。
……ん? 何か、変な音が聞こえたような。
私は思わず耳を澄ませた。
ピシ、ピシピシッ。
今度は、はっきりと聞こえた。
乾いた何かに亀裂が入るような不吉な音。
しかも、その音は私達が見つめている方向から聞こえてくる。
予感に怯えながら私はゆっくりと視線を上げた。
そこには天井から伸びた巨大な土の手がある。
そして、その表面には。
「……っ!」
細い亀裂が走っていた。
最初はほんの小さなものだった。
だけど、次第にその亀裂が枝分かれするように広がっていく。
ピシピシッ!
まるで内側から何かが押し広げているかのように、土の表面が少しずつ割れ始めた。
……嘘でしょ。私は思わず息を呑んだ。
だって、あの手は私がありったけの魔力を注ぎ込んで作り上げたものだ。
しかも、ただ掴んでいるだけじゃない。
ドッペルゲンガーの体を完全に覆い尽くし、限界まで握り締めたはずなのに。
それなのに今、その内側から亀裂が入っている。
「お、おい……。」
騎士団の男性が、震える声を漏らした。
誰もが同じものを見つめていた。
さっきまで静かだった洞窟内に、再び嫌な緊張感が広がっていく。
「手の中から聞こえたわよね。」
シルフが真剣な表情で呟く。
私は小さく頷いた。
間違いない。
あの音は、土の手の中から聞こえてきた。
……やっぱり、倒せていなかったんだ。
私は小さく唇を噛んだ。
まさか倒すどころか中から抉じ開けてくるなんて完全に想像を超えている。
本当に、どれだけ頑丈なの?
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
ドッペルゲンガーが閉じ込められている間に騎士団の人達の治療は終わって、全員に防御の奇跡も掛けてもらった。
その意味では、こちらの態勢は整っている。
だけど相手は私達が何をしてくるのか学習している可能性がある。
次に飛び出してきた時、どんな攻撃を仕掛けてくるのか分からない。
そんな相手を、もう一度止めなければならない。
「総員警戒!」
クレスの鋭い声が洞窟内に響き渡った。
その一声で騎士団の人達が一斉に戦闘態勢を取った。
先ほどまで負傷して倒れていたとは思えないほど、素早く動いている。
さすがはクレスの率いる騎士団だね。
クレス自身もドラゴンスレイヤーを握り直し、土の手を睨み付けていた。
その表情には先ほどまでの穏やかさはない。
完全に戦闘へと意識を切り替えているようだった。
私もちゃんとしなきゃ。
「シルフ、ドライアド。いくよ。」
「ええ、分かってるわ!」
「うん。」
二人が私の傍へと戻ってきた。
私はその返事を聞きながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
……大丈夫。
今度はクレス達も一緒に戦えるんだから、きっと何とかなるはず。
私は両手を前に構えると、再び魔力を練り始めた。
ピシッ!
また、土の手から音が響いた。
私はその音を聞きながら、さらに魔力を練り上げる。
次にあいつが姿を現した瞬間、トドメの特大魔法を叩き込んでやるために。
私は巨大な土の手から目を離さず、いつでも魔法を放てるように身構えた。




