↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
274/281

逢魔が時⑦

「我ハ、番人。コノ迷宮ニ、侵入シテキタ愚カ者タチヲ屠るもの!」

中央のオーブから、再び不気味な声が響き渡った。

先ほどと同じ、洞窟全体を震わせるような低い声だ。

だけど、私はその言葉を聞いて、あることに気付いた。


さっきよりも、喋り方が滑らかになっていない?

最初に聞こえてきた声は、一つ一つの言葉を無理やり繋ぎ合わせているような、随分とたどたどしいものだった。

ところが、今は違う。

言葉を発するたびに発音が安定し、少しずつ自然な喋り方へと変わってきている。


まるで、今この瞬間にも人間の言葉を理解し、覚えているかのようだった。

……いや、ちょっと待って。

もし本当にそうだとしたら?

このモンスターは、今も何かを糧にして成長しているということになる。


言葉を覚えるだけならまだ良い。

だけど、それ以外の能力まで成長しているのだとしたら、話は大きく変わってくる。

そして、そんな特徴を持つモンスターに、私は心当たりがあった。

だとすれば、やっぱりこのモンスターの正体は。


「人型に変化していくわ!」

シルフの声に、私は中央の祭壇へと視線を向けた。

すると、黒く濁ったオーブの輪郭がゆっくりと崩れ始めていた。

球体だったはずの形が歪み、黒い塊となって祭壇の上に広がっていく。


やがて、その一部が上へと伸び始めた。

まるで粘土をこねて人形を作っているかのように、頭と胴体、そして手足が形作られていく。

その光景を見て、騎士団の人達も警戒を強めた。

「何だ、あれは……。」


誰かが小さく呟いた。

だけど私はその問いに答えることができなかった。

だって私の予想が正しければ、あのモンスターが化けようとしているのはおそらく。

「強き力、この中で最も強き者。貴様にしよう。」


先ほどまでのたどたどしさが嘘のように、はっきりとした言葉が響いた。

そして、人の形になりつつある黒い塊の顔に、二つの目が現れる。

その目がギラリと光り、ある人物を捉えた。

……クレスだ。


「……っ!」

クレスも自分が狙われていることに気付いたらしい。

すぐに両手で剣を握り直し、相手の動きに備えて構えを取った。

さすがクレス。


得体の知れない相手を前にしても、判断が早い。

だけど、残念ながら相手の目的は攻撃ではなかった。

黒い塊はクレスに視線を向けたまま、さらに姿を変えていく。

最初は輪郭しかなかった体に筋肉が盛り上がり、長身の逞しい体つきが形作られた。


頭部には金色の髪が生え揃い、黒一色だった体には重厚な鎧が現れる。

その鎧は、位の高い騎士が身に纏うような立派なものだった。

そして、最後に顔の形が整っていく。

鼻筋が通り、口元が形作られ、目元にまで細かな特徴が現れていく。


私はその顔を見た瞬間、思わず息を呑んだ。

だって、そこに立っていたのは。

「クレスのドッペルゲンガー!」

私の叫び声が、広い空間に響き渡った。


間違いない。

目の前に現れたモンスターは、クレスと瓜二つの姿をしていた。

身長も体格も、金色の髪も、そして顔立ちまでもがそっくりだ。

まるでクレスがもう一人現れたかのようだった。


しかも、その手には大剣まで握られている。

これはまずい。

今考えられる中で、二番目に悪い結果だ。

あいつは、私達の中で一番強いのがクレスだと判断したんだ。


だからこそ、クレスの姿を模倣した。

つまり、あのドッペルゲンガーには、明確に強い相手を選んでコピーする意思があったということになる。

ただ目の前にいる人間の姿を真似するだけのモンスターじゃない。

相手の強さを見極めた上で、自分にとって有利な姿を選んでいるんだ。


……思っていた以上に知能が高いみたいだね。

私は内心で舌打ちした。

だけど、まだ最悪の結果ではない。

そう考えることもできる。


だって、もし私がレーヴァテインを持ったままこの場所に現れていたら?

あいつが私の力を一番強いと判断して、私の姿をコピーしていた可能性だってある。

その上、レーヴァテインまで模倣されていたとしたら。

うん、考えたくもない。


少なくとも、今のところそんな事態は避けられている。

それに、相手がクレスの姿を模倣したということは、こちらには本物のクレスがいるということだ。

本人なら、自分の剣技の特徴や弱点だって理解しているはず。

確かに危険度は上がったけど、決して勝てない相手というわけではない。


私達だって、ただ見ているだけじゃないんだから。

そう考えて、少しだけ気持ちを落ち着かせようとした。

だけど、その考えはすぐに打ち砕かれることになる。

「いくぞ!」


ドッペルゲンガーが、突然声を上げた。

その声までクレスに似ている。

そして、両手で大剣を構えると、一気に地面を蹴った。

「……えっ?」


私は思わず目を見開いた。

速い!

さっきまで祭壇の上に立っていたはずなのに、次の瞬間にはクレスの目の前まで迫っていた。

しかも、その動きには一切の迷いがない。


両手で握った大剣を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろす。

あれは、クレスが使っているドラゴンスレイヤーだ。

いや、正確にはそれを模倣したものなんだろうけど。

その巨大な剣が、恐ろしい速度でクレスへと迫っていく。


「っ!?」

クレスは咄嗟に剣を構え、攻撃を受け止めようとした。

その反応は、決して遅くなかった。

むしろ、あの距離から突然攻撃されたことを考えれば、驚くほど素早い判断だったと思う。


だけど。

ガァァンッ!

耳をつんざくような金属音が響いた。

次の瞬間、クレスの体が大きく後方へ吹き飛ばされる。


「……っ!」

防御の姿勢は取れていた。

確かに、クレスは剣で相手の攻撃を受け止めていたはずだ。

それなのに、ドッペルゲンガーの一撃はその防御ごとクレスを押し飛ばしてしまった。


クレスの体は地面から浮き上がり、そのまま後方の壁へと叩き付けられる。

ドンッ!

鈍い衝撃音が洞窟内に響き、壁から土埃が舞い上がった。

「クレス!?」


私は思わず叫んだ。

嘘でしょ?

あのクレスが、たった一撃でここまで吹き飛ばされるなんて。

しかも、今の攻撃はただ力任せに剣を振り下ろしただけじゃなかった。


構え方も、踏み込みも、剣の振り方も。

どこかで見覚えがある。

「今のは隊長の剣技!」

騎士団の男性が驚愕したように声を上げた。


やっぱり、あれはクレスの剣技だったんだ。

そして、さらに信じられない言葉が続いた。

「そんな、隊長より速かったわ!?」

女性騎士さんが、信じられないという表情でドッペルゲンガーを見つめている。


……隊長より速かった?

私は改めて、祭壇の前に立つドッペルゲンガーへと視線を向けた。

あいつはクレスの姿を模倣した。

それだけじゃなく、クレスの剣技まで再現している。


だけど、もし本当にクレスより速く動いていたのだとしたら?

ただ姿や技をコピーしただけでは説明がつかない。

もしかして、あいつは模倣した相手の能力を、自分自身の肉体で再現しているんじゃないだろうか。

つまり、クレスの剣技を使える上に、肉体そのものはクレスより強い可能性があるということだ。


……それって、ものすごくまずくない?

クレスは一次職時代でさえ、二次職の冒険者を上回るほどの実力を持っていた。

そのクレスの技を、クレス以上の身体能力で繰り出せる相手。

しかも、あいつにはまだどれほどの力があるのか分からない。


私は土埃の舞う壁際と、目の前に立つドッペルゲンガーを交互に見つめた。

クレスが無事なのかも、まだ分からない。

そして、私達の目の前には、そのクレスを一撃で吹き飛ばしたモンスターが立っている。

もし、私の予想が正しいのだとしたら。

私たちは今、絶体絶命のピンチに立たされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。