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逢魔が時⑤

それからも、私達は洞窟の奥へと進み続けた。

道中に現れるモンスターは、レーヴァテインを使って次々と倒していく。

シルフとドライアドも周囲の警戒を続けてくれているおかげで、不意打ちを受けるようなこともなかった。

うんうん、今のところ順調だね。


途中で何度か分かれ道にも遭遇したけど、そのたびに進む方向を決めて、白いペンキで目印を残していく。

行き止まりにぶつかることもなく、私達は着実に洞窟の奥へと進んでいるはずだった。

だけど、しばらくすると少しずつ違和感を覚え始める。

最初は気のせいかと思っていたんだけど、進めば進むほど、その違和感は大きくなっていく。


どうやら、それは私だけではなかったらしい。

さっきまで楽しそうに話していたシルフも、いつの間にか難しい顔をしている。

ドライアドも周囲の壁をじっと見つめながら、何かを考えているようだった。

そして、最初に声を上げたのはシルフだった。


「ねぇ、おかしくない?」

うん、やっぱりそう思うよね。

私は足を止めずに、シルフの方へ顔を向けた。

「一応聞くけど、何がおかしいと思うの?」


もちろん、私にも心当たりはある。

だけど、二人が何を不審に思っているのか確認しておきたかったんだ。

すると、ドライアドが周囲を見回しながら口を開いた。

「この道、どこまで続いてるの?」


……そうなんだよね。

私達が洞窟に入ってから、既に一時間ほどが経過していた。

しかも、ただ一時間歩いていたわけじゃない。

レーヴァテインを手にしているおかげで、私の身体能力は普段とは比べものにならないほど向上している。


道中に現れるモンスターも、ほとんど足を止めることなく倒してきた。

つまり、かなりの距離を進んでいるはずなんだ。

それなのに。

「どうして行き止まりの一つもないの?」


シルフが不満そうに眉を寄せた。

そう、そこが一番おかしい。

私達はここまで、一度も引き返していない。

分かれ道を見つけるたびに進む方向を決めてきたけど、選んだ道は必ずその先へと続いていた。


もちろん、運良く正しい道を選び続けている可能性もある。

だけど、それにしては距離が長すぎるんだよね。

「正解の道を進んでいるとしても、この洞窟の広さはおかしい。」

ドライアドも同じ疑問を抱いているらしい。


私は二人の言葉に頷きながら、改めて周囲を見渡した。

確かに、この洞窟はおかしい。

そもそも、洞窟の外では世界の果てが見えていた。

あの先には、もう大地が続いていないはずだった。


それなのに、私達が歩いてきた距離を考えると、とっくにその果てを越えていても不思議じゃない。

……いや、さすがにそんなことはないと思いたいけど。

もしかして、私達は進んでいるつもりで、同じ場所をぐるぐると回っているんだろうか。

最初はそう考えた。


洞窟の中は似たような景色ばかりだし、曲がりくねった道を歩いているうちに方向感覚を失っていてもおかしくない。

だけど、それなら一度くらい、他の部隊が残した目印を見つけても良いはずだ。

三つ目の分かれ道で真ん中を選んでから、もう一時間近くが経過している。

その間、他の部隊が残した白いペンキは一度も見ていない。


もちろん、誰も通っていない道ばかりを偶然選んでいる可能性もある。

だけど、いくら何でも都合が良すぎる気がする。

「うーん……。」

私は小さく唸りながら、前世の記憶を探り始めた。


そういえば、ゲーム時代のデーモンケイブって、どんな構造だったっけ。

確か、入口付近は今みたいな細い通路が続いていたはずだ。

そこを抜けると、かなり大きな空間に出られたんだよね。

広い場所に出れば、複数のモンスターを相手にしても動き回る余裕があった。


だから、パーティを組んで戦うには都合の良い場所だった記憶がある。

だけど、今の私達はいつまで経っても細い通路から抜け出せない。

これだけ進んでいるのに、広い空間どころか、その気配すら見えてこない。

……あれ?


そういえば、あの場所って普通に歩いているだけで先へ進めたんだっけ?

何か条件があったような。

私は足を動かしながら、古い記憶を必死に思い返してみる。

何しろ、前世で遊んでいたゲームの話だ。


運営スタッフとして関わっていたとはいえ、全ての仕様を細かく覚えているわけじゃない。

それに、デーモンケイブはそこまで何度も通うダンジョンというわけでもない。

私はそんな少ない記憶を頼りに必死に思い出そうとする。

あれは確か……。


あっ! そうだ、思い出した!

私は顔を上げると、二人に向かって声を掛けた。

「シルフ、ドライアド! ここからは一気に進むよ!」

「何か考えがあるのね?」


シルフが私の表情を見て尋ねてきた。

「うん、ちょっと試したいことがあるんだ。」

「わかった。」

ドライアドも素直に頷いてくれる。


私はレーヴァテインを強く握り直すと、一気に進む速度を上げた。

そうだよ。どうして忘れていたんだろう。

ゲーム時代のデーモンケイブには、少し変わった仕掛けがあったんだ。

あの場所は、ただ道を進んでいるだけでは次のマップへ移動できなかった。


一定の制限時間内に、周囲のモンスターを全て倒さなければならなかったんだよね。

しかも、時間内に倒しきれなければ、モンスターが再び出現してしまう。

そうなると、何度倒しても同じことの繰り返しだ。

条件を満たさない限り、いつまで経っても次の場所へ進むことができない。


ゲームとしては、メジャーなギミックだったけどこの世界に来てからは初めての経験だ。

もし、この洞窟にも同じ仕組みが残っているのだとしたら。

私達がいくら歩いても先へ進めない理由にも説明がつく。

そして、私の予想が正しいなら、やるべきことは一つだ。


「周囲のモンスターを倒しきれば、先に進む道が出てくるはず!」

私はそう叫ぶと、さらに速度を上げた。

前方の天井に張り付いていたケイブバットが、こちらに気付いて羽を広げる。

だけど、飛び立つよりも早くレーヴァテインを振り抜いた。


赤い刀身がその体を斬り裂き、ケイブバットが塵となって消えていく。

一匹!

そのまま地面を蹴り、次のモンスターへ向かう。

通路の奥に潜んでいた別のモンスターも、私が接近したことに気付いたらしい。


だけど、もう遅い。

振り下ろした剣がその体を捉え、あっという間に消滅させた。

二匹!

「シルフ、ドライアド! 周りにいるモンスターの位置を教えて!」


「任せなさい!」

「こっちにもいるよー。」

二人が次々と周囲の気配を教えてくれる。

私はその声に従いながら、レーヴァテインを振るい続けた。


三、四、五!

普段なら慎重に距離を測りながら戦うところだけど、今はそんなことをしている暇はない。

大切なのは、短い時間で周囲のモンスターを倒しきることだ。

六、七!


曲がり角を抜けると、今度は複数の気配が感じられた。

私は迷わず駆け込み、剣を振り抜く。

八、九!

残る気配は、あと一つ。


「アイラ、右の天井!」

シルフの声が響いた。

私は視線を向けるよりも早く地面を蹴り、天井に向かってレーヴァテインを振り上げる。

十!


最後のモンスターが塵となって消えた。

その瞬間だった。

「……えっ?」

私は思わず足を止めた。


目の前の景色が、ゆっくりと変わり始めた。

今まで何の変哲もなかった洞窟の壁が、まるで揺らめく水面のように歪んでいく。

『ライト』の明かりに照らされていた岩肌がぼやけ、通路の輪郭が曖昧になった。

そして、次の瞬間。


それまで見えていなかった景色が、少しずつ姿を現し始めた。

まるで、認識することさえできなかった霧が晴れていくような感覚だ。

さっきまで延々と続いているように見えた通路は、いつの間にかその先まで見渡せるようになっていた。

……やっぱり私達は、ずっと同じ仕掛けに捕まっていたんだ。


「何よこれ。どういうこと?」

シルフが驚いたように周囲を見回している。

ドライアドも目を丸くして、先ほどまで壁があった場所を見つめていた。

「私達全員、化かされていたみたい。」


私はレーヴァテインを握ったまま、二人に説明した。

どうやら、私の予想は当たっていたらしい。

ただし、ゲーム時代のように単純な仕掛けというわけではなさそうだ。

「周囲の魔力が普通になった?」


ドライアドが不思議そうに呟いた。

「えっ、そうなの?」

私は改めて周囲へ意識を向けた。

確かに、先ほどまでとは何かが違う。


私は魔力の細かな変化を二人ほど正確に感じ取れるわけじゃないけど、洞窟全体を覆っていた妙な圧迫感が薄れたような気がする。

……なるほど。何となくだけど、この仕掛けの正体が分かってきたかもしれない。

恐らく、洞窟全体に宿っていた魔力がモンスターを生み出していたんだ。

そして、そのモンスター達が私達の認識を惑わせ、正しい道を見えなくしていた。


つまり、モンスターそのものが洞窟の仕掛けを維持する役割を担っていたんだろう。

ゆっくり進んでいれば、モンスターを倒しても洞窟の魔力が回復する時間がある。

そうなれば、再びモンスターが生み出されて、いつまで経っても仕掛けは解除されない。

だけど、短時間で一気に倒してしまえば話は別だ。


周囲の魔力が回復する前に、仕掛けを維持するための力が失われてしまう。

その結果、私達を惑わせていたものが消え、正しい道が姿を現した。

……うん、種明かしをしてしまえば、非常に簡単な仕組みだね。

だけど、これって結構厄介な罠なんじゃないかな。


何しろ、今回の私達は洞窟の調査を目的としている。

ただ奥へ進めば良いわけじゃなくて、分かれ道を確認したり、目印を残したりしながら進まなきゃいけない。

場合によっては、洞窟の壁や地面の成分を調べる人達だっているだろう。

そんなことをしていたら、当然時間が掛かってしまう。


そして、その間に洞窟の魔力が回復してしまえば、いつまで経っても仕掛けを解除できない。

つまり、慎重に調査すればするほど、先へ進めなくなるということだ。

普通なら慎重に進む方が安全なのに、この場所ではそれが裏目に出てしまう。

しかも、洞窟の中を歩いている本人達には、何が起きているのか分からないんだから。


「なるほど、こういう仕組みだったのね。」

シルフもようやく納得したように頷いた。

どうやら、彼女も周囲の魔力の変化から仕掛けの正体に気付いたらしい。

だけど、今はゆっくり話している場合じゃない。


この仕掛けが一度解除されたからといって、永久に消えたとは限らない。

時間が経てば、再び魔力が回復して元の状態に戻ってしまうかもしれない。

そうなったら、また同じことを繰り返さなきゃいけなくなる。

それだけは避けたい。


私はレーヴァテインを握り直し、姿を現した通路の奥へと視線を向けた。

今までとは違い、そこには確かに先へ続く道が見えている。

だけど、その先に何が待っているのかまでは分からない。

ゲーム時代の記憶を考えると、この仕掛けを突破した先が安全だとは到底思えなかった。


むしろ、ここからが本番だと考えた方が良いだろう。

「気を引き締めて。あの道の先に多分、強敵がいる。」

私の言葉に、シルフとドライアドも真剣な表情で頷いた。

私は最悪の事態も想定しながら、ゆっくりと息を整えた。


何が現れても、すぐに動けるようにしておこう。

そして、レーヴァテインを構え直すと、二人と一緒に新しく現れた道へと足を踏み出した。

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