逢魔が時④
「ここまで進めば大丈夫かな。二人とも、私達の後ろにはまだ誰もいない?」
私はあれから洞窟の奥へとしばらく進んだところで、ぴたりと足を止めた。
周囲には『ライト』の明かりに照らされた土壁が続いていて、人の声も足音も聞こえてこない。
何度か曲がり角を通り過ぎてきたし、後続の部隊とも十分に距離が開いているはずだ。
だけど、念のため二人にも確認しておこう。
「ええ、誰の気配も感じないわ。」
シルフは少し後ろを振り返ってから、そう答えた。
「私もいないと思う。」
ドライアドも同じように頷いてくれる。
うん、どうやら大丈夫そうだね。
私は二人の返事を聞いて頷くと、意識をGM倉庫へと向けた。
そして、心の中で《Storage》と念じる。
次の瞬間、私の手には一本の剣が握られていた。
赤い刀身に金色の装飾を纏った、私の愛剣レーヴァテインだ。
「アイラ、それ。あわわわわわ!」
「ほわわ~。」
剣を取り出した途端、シルフとドライアドの様子が一変した。
二人とも突然体を震わせ始め、まるで電撃に打たれたかのように小刻みに揺れている。
ああ、そうだった。
レーヴァテインを持つと、二人の力も急激に強くなってその変化に体がびっくりしちゃうんだよね。
その変化は、私自身にもはっきりと感じられた。
全身にぞわっとした感覚が走り、肌が粟立つ。
まるで体の内側から何かが一気に膨れ上がるような、不思議な感覚だ。
何度か経験しているとはいえ、やっぱり慣れないなぁ。
「ちょっと! それの反動凄いんだから使うときは一言言ってからにして!」
ようやく震えが収まったシルフが、私に向かって抗議してきた。
確かに突然だったね。
「あはは、ごめんごめん。」
私は両手を胸元まで上げ、軽く謝った。
確かに事前に一言伝えておけば、二人とも心構えができたかもしれない。
ちょっと配慮が足りなかったかな。
すると、ドライアドが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてレーヴァテインを取り出したの? 隠すのやめた?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。」
私は小さく首を横に振った。
レーヴァテインの存在を隠しておきたいという考えは、今も変わっていない。
ただ、今回は少し事情が違うんだよね。
「後ろから人が来ちゃうかもだから、歩きながら話そう。」
そう声を掛けると、私は再び洞窟の奥へ向かって歩き始めた。
シルフとドライアドも私の隣に並び、興味深そうに顔を向けてくる。
どうやら、二人とも理由が気になっているらしい。
「今まではどこに人の目があるか分からなかったじゃない?」
私はこれまでの戦いを思い返しながら説明を始めた。
町の近くでモンスターと戦った時も、冒険者として活動していた時も、周囲には誰かがいる可能性があった。
私達だけで行動しているつもりでも、少し離れた場所から誰かに見られているかもしれない。
そんな状況でレーヴァテインを取り出したら、目撃される危険があるんだよね。
だけど、今回は違う。
「今回の調査は前には人がいないし、後ろから進んでくる人も私達に追いつくには時間が掛かるでしょ?」
討伐隊は洞窟の分かれ道で、それぞれ別の方向へ進むことになっている。
つまり、奥へ進めば進むほど、他の部隊と出会う機会は少なくなるはずだ。
もちろん、洞窟の通路が途中で繋がっている可能性はある。
だけど、その場合でも、別の部隊が既に通った道なら壁に目印が残っているはずだ。
数字を確認すれば、誰かが先に進んでいる可能性にも気付ける。
それに、後続の部隊が近付いてきたとしても、シルフとドライアドが気配を察知してくれる。
誰かと遭遇しそうになったら、その時にレーヴァテインを倉庫へ戻せば良い。
そう考えると、今の状況は私にとって随分と都合が良いんだよね。
「へぇ~、確かに一理あるわね。」
シルフは感心したように頷いた。
「だから私達に周りを警戒させてたんだ。」
ドライアドも納得したような顔をしている。
「そういうこと。それに今なら前よりも力が伸びて、探知範囲が広くなってるでしょ? こんな風に、ね。」
私はそう言うと、前方へ視線を向けた。
『ライト』に照らされた通路の先には、何の変哲もない天井と壁が続いている。
だけど、私には既に気付いているものがあった。
次の瞬間、私は地面を蹴る。
一瞬で前方へ十メートルほど跳躍し、手にしたレーヴァテインを振り抜く。
赤い刀身が天井近くを通り過ぎると、そこには一匹のモンスターが張り付いていた。
『ケイブバット』。
洞窟の天井に身を潜め、獲物が近付くのを待っていたらしい。
だけど、私の剣がその体を斬り裂いた瞬間、ケイブバットは塵となって消えてしまった。
うん、あっけなかったね。
ケイブバットは、このデーモンケイブに生息する固有のモンスターだ。
ロックゴーレムやロックワームと同じく、魔王細胞から生み出された魔物の一種なんだよね。
もっとも、そこまで強力なモンスターというわけではない。
二次職相当の冒険者なら、十分に倒せる程度の相手だ。
とはいえ、洞窟の天井から不意打ちされれば、厄介なことになる可能性はある。
だからこそ、先に気付けたのは大きい。
それにしても、ちょっとかわいそうだったかな。
きっと、あのケイブバットは自分が見つかっているなんて思ってもいなかっただろう。
獲物が近付いてくるのを待っていたら、突然斬られてしまったんだから。
あまりの速さに、反応する暇もなかったはずだ。
レーヴァテインを握ったことで、私の身体能力も大幅に向上している。
今なら、モンスターがこちらに近付く前に倒してしまうことだって難しくない。
私は着地すると、剣を軽く振ってから二人の方へ振り返った。
「おぉ~。」
ドライアドが小さく拍手をしてくれた。
ぱちぱちと響く音が、静かな洞窟の中に広がっていく。
「確かにこれなら万が一の取りこぼしもなさそうね。」
シルフも腕を組み、うんうんと頷いていた。
どうやら、二人とも私の考えに納得してくれたみたいだ。
「いい考えでしょ。」
私は少し得意げに微笑んだ。
もちろん、レーヴァテインを使えば何もかも安心というわけじゃない。
それでも、今の私達なら、普段より遥かに広い範囲を警戒しながら進めるはずだ。
敵を早く見つけられれば、その分だけ危険を避けやすくなる。
何より、万が一の時に力を出し惜しみせずに済むのは大きい。
私だって、本当は冒険を心行くまで楽しみたい気持ちがある。
未知の場所を探索して、少しずつ成長していく。
そういう冒険者らしい経験は、今でも大好きなんだけどね。
だけど、今回ばかりはそうも言っていられない。
何しろ、相手はレイディアントなんだから。
それに、もう一つ気掛かりなことがある。
ドッペルゲンガーの存在だ。
もし、あのモンスターが私の姿や能力をコピーしてきたらどうなるんだろう。
考えたくもないけど、レーヴァテインまで再現されてしまう可能性だってある。
戦いが始まった時、相手が先にレーヴァテインを握っていたら。
……うん、想像するのも嫌だね。
ただでさえ厄介な相手なのに、こちらの力まで利用されたら、どれだけ危険なことになるか分からない。
そんな事態だけは避けたい。
だからこそ、今回は最初から全力で挑むことに決めたんだ。
冒険を楽しむことも大切だけど、それ以上に優先しなきゃいけないことがある。
レイディアントを倒して、皆で無事に帰ること。
そのためにも力を貸して。
私は手にしたレーヴァテインを見つめ、改めて気持ちを引き締めた。
申し訳ないけど、今回ばかりは私が出せる全力で行かせてもらいます。




