逢魔が時③
結局、私達と騎士団の精鋭が、最初に洞窟へ突入することになった。
大軍を一度に送り込むのは危険だということで、現場では急遽、進軍方法を調整することになったらしい。
最前線で何か問題が起きた時、後続の部隊が出口まで埋め尽くしていたら、逃げることもできなくなってしまう。
そんな事態だけは、絶対に避けなきゃいけないよね。
そこで、各部隊は一定の間隔を空けながら洞窟へ入ることになった。
そして、危険を知らせる信号が出された場合には、全員が速やかに洞窟から避難する手筈になっている。
うん、少なくとも最初の計画よりはずっと現実的になったんじゃないかな。
もちろん、これで安全が保証されたわけじゃないけど、何も考えずに大軍で押し寄せるよりは遥かに良いと思う。
それから、洞窟へ突入する部隊は八人ずつに編成された。
それぞれの部隊が順番に入口へ向かい、一定の時間を置いてから次の部隊が続いていく。
……八人かぁ。
結局、ゲーム時代のパーティ人数と同じ。
あれだけ大勢の人を集めておいて、最終的にはゲームと同じ人数に落ち着くなんて、何だか呆れてしまう。
まあ、八人くらいなら狭い場所でも比較的動きやすいだろうし、人数としては悪くないのかもしれないけど。
ちなみに、私は少しわがままを言って、三人で行動することを認めてもらいました。
もちろん、私とシルフとドライアドの三人だ。
精霊と人間では戦い方が大きく違うから、無理に他の人達と組ませるとかえって連携が難しくなる。
そんなふうに説明したところ、驚くほどあっさりと意見が通ってしまった。
……いや、そこはもう少し確認した方が良いんじゃないかな?
自分からお願いしておいて何だけど、物分かりが良すぎて逆に驚いてしまった。
もしかして、どうしても私を最前線で戦わせたい事情でもあるんだろうか。
ゾディアック王国の戦力を他国に誇示したいとか、私がどれくらい戦えるのか実際に確かめたいとか。
考えようによっては、色々な理由が思い浮かぶ。
もちろん、本当のところは分からない。
単純に私達の実力を信用してくれただけかもしれないしね。
だけど、三か国が協力している以上、政治的な思惑が全く無いとも考えにくい。
はぁ。こんな命懸けの戦いにまで、そういう事情が絡んでくるのかもしれないと思うと何だかげんなりしてしまう。
まぁ、私がいくら考えたところで、上の人達が何を思っているのかなんて分からないんだけど。
それなら余計なことは考えずに自分の役目を果たすだけだ。
私には私にできることがあるんだから。
「次の隊、中へ!」
洞窟の入口から、兵士さんの大きな声が響いた。
その合図を受けて、私達の前に並んでいた八人の部隊が洞窟の中へと入っていく。
いよいよ次は私達の番だ。
私は手元にある道具をもう一度確認した。
白いペンキのような液体が入った容器と、それを塗るための筆。
武器でもなければ、魔法の道具でもない。
ただの目印を付けるための道具だ。
洞窟の中には、いくつもの分かれ道があるらしい。
そこで、先に進んだ部隊がどちらの道を選んだのか、後続の部隊にも分かるように印を残すことになっている。
分かれ道にはそれぞれ数字を書き込み、どの道を何部隊が通ったのかを示す仕組みだ。
そして、最初の方に入った部隊は、なるべく前の部隊が進んでいない道を選ぶ。
そうやって探索する方向を分散させ、洞窟の内部をくまなく調べようという作戦らしい。
なるほどね。少なくとも、全員が同じ道をぞろぞろ歩いていくよりは効率が良さそうだ。
私も容器と筆を持ち直し、洞窟の入口へと向かった。
ところで、少し話は変わるんだけど。
前世で見た実際の洞窟って、人が身をよじらないと通れないような狭い場所もあるんだよね。
場合によっては、這いつくばってようやく進めるような場所だってある。
だけど、ファンタジーの世界に登場する洞窟って、不思議と人やモンスターが普通に歩けるくらいの広さがあることが多い。
巨大な魔物が出現する場所なのに、入口から奥までちゃんと通れるようになっていたりするんだよね。
あれって、ゲームとして遊びやすくするためなんだろうけど。
実際、この世界に転生してからというもの、そんな極端に狭い道には一度も出くわしたことがない。
少なくとも、体を横にしないと通れないような場所を無理やり進んだ記憶はなかった。
今回向かうデーモンケイブも、きっと同じなんだろう。
行き止まりになる場所はあっても、人が普通に通れないような道はないはずだ。
……まあ、あくまでも私の予想だけどね。
そんなことを考えているうちに、私達も洞窟の中へと足を踏み入れた。
外の明るさが少しずつ遠ざかり、周囲は薄暗くなっていく。
壁や天井に囲まれた空間には、ひんやりと湿った空気が漂っていた。
足元も場所によっては少し湿っていて、歩くたびに小さな音が響く。
うーん、いかにも洞窟って感じだね。
「前の連中、とろとろとじれったいわね。空気もじめじめしてるし。」
隣を飛んでいたシルフが、不満そうに呟いた。
どうやら、早くも洞窟の環境が気に入らないらしい。
まあ、自由に空を飛び回るのが好きなシルフにとっては、こんな場所は窮屈だろうね。
「この世界は嫌だけど、ここはそんなに不快じゃないよ。」
一方、ドライアドは随分と落ち着いていた。
おぉ、見事に意見が分かれたね。
風の精霊と地の精霊では、やっぱり感じ方も違うんだろうか。
洞窟の中は土や岩に囲まれた場所だから、ドライアドにとっては多少居心地が良いのかもしれない。
反対に、風の流れがほとんどない洞窟の中では、シルフが嫌がるのも無理はないよね。
私は二人の様子を見比べてから、シルフに声を掛けた。
「シルフは無理しないで力を貯めておいて。狭い場所は私とドライアドが頑張るから。」
「不本意だけどお願いするわ。」
シルフは少し不満そうだったけど、素直に頷いてくれた。
うん、これでよし。
もちろん、シルフの力が必要になったら遠慮なく頼るつもりだ。
だけど、今は無理に動いてもらうより、いざという時に備えていてもらった方が良いと思う。
私は『ライト』を使い、周囲を照らしながら細い通路を進んでいった。
魔法の明かりが壁や天井を照らし、暗かった洞窟の様子が少しずつ見えてくる。
足元を確かめながら進んでいると、まだ一分も経たないうちに最初の分かれ道が現れた。
「早速分かれ道だね。」
目の前の道は、三つに枝分かれしていた。
私はそれぞれの入口付近に書かれた白い数字を確認する。
左が三。
真ん中が四。
そして右も四。
なるほど、既に何部隊かがそれぞれの道を進んでいるんだね。
この場合、私達が選ぶべきなのは一番数字が小さい道だ。
「二人ともこっちに進むよ。」
「はーい。」
「ええ。」
二人の返事を聞いてから、私はペンキの容器を取り出した。
筆の先に白い液体を付け、左側の壁に書かれた数字をなぞる。
これで、この道を通った部隊が一つ増えたことになる。
「これでよしっと。」
数字がきちんと書き換わったことを確認して、私達は左の道へと入っていった。
そこからしばらく進むと、今度は左右に分かれた道が現れた。
今度は二択。
私は壁に書かれた数字を確認する。
左が二で、右が一。
「私たちが進むのは右だね。」
同じように数字を書き換えてから、右の道へと進んでいく。
ここまでは、まだ前の部隊が通った道を辿っているだけだ。
だけど、次に分かれ道が現れたら、いよいよ私達が先頭。
そうなれば、誰も調べていない場所へ足を踏み入れることになるんだよね。
そろそろ気を引き締めないと。
そんなことを考えていると、予想していたよりも早く次の分かれ道が現れた。
「道が三つに分かれてる。前の部隊は……左に進んだんだね。」
私はそれぞれの壁を見比べた。
左側には白い目印が残されているけど、真ん中と右側には何も書かれていない。
つまり、ここから先はまだ誰も進んでいないということだ。
「真ん中と右どっち?」
ドライアドが私の顔を覗き込みながら尋ねてきた。
私はうーんと唸りながら二つの道を交互に見つめた。
こういう時って、どっちを選べば良いんだろう。
何か判断材料があれば良いんだけど、今のところ見た目に大きな違いはない。
純粋な二択や三択って、前世の頃からあまり得意じゃないんだよね。
こういうのに限って、私はよく択を外してしまう。
印象だけの問題ではなく、前世の友達も私が賭けた方の逆が正解だなんて言われていたものだ。
でも今回はゲームじゃない。
命に関わることだから絶対に失敗はできない。
私は少しだけ迷った後、真ん中の道を指差した。
「……真ん中にしよう。」
そう決めると、私は再びペンキと筆を取り出した。
まだ何も書かれていない真新しい壁に、白い線を引いて目印を残す。
これで、後から来た人達にも私達が進んだ道が分かるはずだ。
筆を容器に戻し、私は二人の方へ振り返った。
「シルフ、ドライアド。洞窟内でも人やモンスターの気配は探れる?」
ここから先は、誰も通っていない道だ。
だったら、事前に危険を察知できるかどうかが重要になってくる。
シルフは少し考えるような素振りを見せてから答えた。
「人やモンスターが動いた時に起こる風や魔力の動きなら探れるわよ。」
「誰かが近くの地面を踏めばわかると思う。」
続いて、ドライアドも答えてくれた。
「それは頼もしいね。」
私は思わず笑顔になった。
なるほど、シルフは空気や魔力の動きから、ドライアドは地面を通じて周囲の様子を探れるんだね。
これなら、視界の悪い洞窟の中でも、ある程度は敵の接近に気付けそうだ。
もちろん、二人の感知能力だけですべての危険を防げるとは限らない。
動かずに待ち伏せしているモンスターもいるかもしれないし、罠が仕掛けられている可能性だってある。
だから、私自身も周囲をよく確認しながら進まないとね。
私は『ライト』の明かりが照らす通路の奥へと視線を向けた。
ここから先には、前の部隊はいない。
つまり、モンスターや罠に最初に出くわすのは私達ということになる。
今まで以上に慎重に進む必要があるだろう。
だけど、不思議と怖くはなかった。
もちろん、油断しているわけじゃない。
ただ、今回はちゃんと準備をしてきたんだ。
さっきドライアドに作戦はないなんて答えたけど、実はそれとは別に、私なりの考えがある。
私は二人に小さく頷いてから、真ん中の通路へと足を踏み出した。




