逢魔が時②
出発の号令が掛かると、野営地に集まっていた人達がそれぞれの持ち場へと動き始めた。
とはいえ、これだけの人数が一斉に移動したら、かえって進軍の邪魔になってしまう。
道幅にも限りがあるし、何より全員が同じ場所へ向かうわけじゃないんだよね。
そのため、討伐隊は大きく三つの隊に分かれて行動することになっていた。
一つ目は、洞窟の内部を調査する隊。
二つ目は、駐屯地周辺を調査する隊。
そして三つ目は、駐屯地に残って防衛を担当する隊だ。
私達が配属されたのは、もちろん洞窟を調査する隊だった。
ゾディアック王国の最高戦力に数えられているからには、当然と言えば当然だよね。
危険な場所へ真っ先に向かうことになるけど、それだけ期待されているということなんだと思う。
……まあ、期待されすぎるのも少し困るんだけど。
私としては、いつも通りシルフとドライアドと一緒に頑張るだけだ。
そんなことを考えながら洞窟へ向かって歩いていると、隣にいたドライアドが声を掛けてきた。
「作戦はあるの?」
「作戦かぁ。無いかも。」
「ないんかい。」
……おおっ。ドライアド、いいツッコミだね。
いつもの間延びした喋り方からは想像できないくらい、見事な切り返しだった。
思わず感心してしまったけど、今はそんなことを考えている場合じゃないか。
そもそも、作戦がないというのも少し語弊がある。
正確には、現地の状況が分からないから、具体的な戦い方を決められないんだよね。
「場所が洞窟だからね。シルフの魔法は最大限に活かせないから、私たちが一番得意な空中戦を交えた戦闘ができないんだよね。」
私達の強みは、何と言ってもシルフの風の魔法を利用した機動力だ。
空中を自在に移動できれば、地上からの攻撃を避けたり、相手の死角へ回り込んだりすることもできる。
だけど、洞窟のような場所では話が変わってくる。
天井が低かったり、通路が狭かったりすれば、自由に飛び回ることなんてできない。
無理に飛ぼうとして壁にぶつかったら、それこそ笑い話にもならないからね。
「あ、そっか。狭い空間じゃ機動力も何もないわね。」
シルフも納得したように頷いた。
そうなんだよね。
もちろん、風の魔法そのものが使えなくなるわけじゃない。
ただ、普段のように空間を広く使った戦い方が難しくなるというだけだ。
「一応、開けた空間はあるはずなんだけど、どの程度の広さか分からないのが……。」
私は少し考え込みながら、言葉を濁した。
前世のネームレスオンラインでも、この洞窟は存在していた。
だから、内部の構造についてもある程度は覚えている。
だけど、ゲーム画面で見ていた広さと、実際に足を踏み入れた時の広さが同じとは限らないんだよね。
画面越しでは十分に広く見えた場所でも、実際に立ってみたら思ったより狭いかもしれない。
逆に、想像以上に大きな空間が広がっている可能性だってある。
ゲームのマップの広さが現実の広さと同じとは限らない。
パーティ人数を遥かに越える人数での行軍なんてゲーム時代には無かったことだ。
今回はかなりの人数が洞窟の調査へ投入されている。
これだけの大軍を送り込むからには、それなりの広さがあると判断されているはずだよね。
まさか、内部の広さも確かめずにこんな大人数を進軍させるなんて、そんな無茶なことはしないでしょ。
狭い通路に兵士が密集してしまったら、前方で何か起きても後ろの人達は動けなくなってしまう。
それどころか、モンスターに襲われた時に身動きが取れなくなる可能性だってある。
いくら何でも、そんな基本的なことくらい考えているはずだ。
……大丈夫だよね?
私は少し不安になりながらも、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
すると、ちょうどその時だった。
「アイラ、悲報がある。」
「……えっ?」
突然、隣から聞き覚えのある声がした。
振り向くと、クレスがこちらへ歩いてきていた。
どうやら、私達に伝えたいことがあるらしい。
だけど、その第一声が『悲報』って。
……うわぁ、ものすごく嫌な予感がする。
しかも、さっきまで私が考えていたことと関係がありそうな気がしてならない。
お願いだから、気のせいであってほしい。
そんな私の願いも虚しく、クレスは少し呆れたような表情で口を開いた。
「どうやら上層部が、洞窟の広さを考えずに大軍を投入したらしい。」
……ああ、やっぱり。
私は思わず肩を落とした。
いやいや、ちょっと待って。
さっきまで私が心配していたこと、そのままじゃないの。
まさか本当に、洞窟の広さも考えずに大軍を送り込もうとしていたなんて。
そんなことある?
これだけ大規模な討伐隊を編成しているんだから、もう少し慎重に計画を立てていると思っていたんだけど。
「どうしてそんなことになったんですか?」
私は思わず尋ねた。
すると、クレスは困ったように眉を寄せながら説明してくれた。
「討伐隊の上層部の多くは各国の将校たちなんだが……どうも現場のことなんて分からない人間だったようだ。まぁ三か国とも戦争はおろか、魔王の大規模討伐経験なんて無いからな……。」
「……なるほど。」
そういうことかぁ。
確かに、言われてみれば納得できる部分もある。
今回の討伐隊には三か国の戦力が集められているけど、そもそも各国とも大規模な戦争を経験していない。
ましてや、魔王を相手にした大規模討伐なんて、そう何度も経験できるものじゃないだろう。
指揮を執る立場の人達だって、これほど大勢の兵士や冒険者を実戦で動かした経験があるとは限らないんだよね。
だからといって、洞窟の広さを考えなくて良い理由にはならないと思うけど。
……はぁ、本当に先が思いやられる。
私は前を歩く討伐隊の人達を眺めながら、前世の記憶を思い返した。
そういえば、ゲームの中では冒険者達はもっと好き勝手に動いていたんだよね。
行きたい場所へ向かって、好きなようにモンスターと戦って、危険だと思えば引き返す。
もちろん、パーティを組んで協力することはあったけど、これほど大勢の人間が軍隊のようにまとまって行動することなんて、普段はほとんど意識していなかった。
それに、私がゲーム内で話していた相手も、現場で活動している人達ばかりだった。
冒険者や兵士、現地の担当者といった、実際にその場所で動いていた。
だから、彼らのさらに上にいる人達がどんな判断をしていたのかなんて、ほとんど考えたことがなかった。
今までは、それでも特に困らなかったんだよね。
だけど、こうして実際に大規模な討伐隊の一員として行動してみると、ゲームでは見えていなかった事情が次々と出てくる。
現場の人達がどれだけ優秀でも、上から出される指示が適切とは限らない。
そして、その指示によって危険に晒されるのは、実際に戦う人達なんだ。
私はもう一度、前方へ視線を向けた。
そこには、これから危険な洞窟へ向かおうとしている大勢の人達がいる。
今朝、皆で無事に帰ろうと誓ったばかりなのに。
……本当に大丈夫なのかな、この討伐隊。
私は思わず、もう一度深く肩を落とした。




