逢魔が時①
「本当に一人で良いのか?」
出発の準備を整えていると、クレスが少し心配そうな顔で尋ねてきた。
朝食を終えた私達は、これからの探索に向けてそれぞれ行動を開始するところだった。
皆が装備を確認したり、持ち物を整えたりしている中、私もシルフとドライアドを連れて出発しようとしていたんだけど。
どうやらクレスは、私が単独で行動することをまだ心配しているらしい。
「はい、私もその方が動きやすいですから。」
私がそう答えると、クレスは少しだけ肩を落とした。
「そうか……。」
何だか、ものすごく残念そう。
さっきまで凜々しい顔をしていたのに、みるみるうちに表情が曇っていく。
何というか、見えない耳と尻尾がしゅんと垂れ下がっているような気がする。
まるで、一緒に散歩へ行けると思っていたのに置いていかれた子犬みたいだ。
「大丈夫、いつものことですから。」
私は安心させるように微笑んだ。
そもそも、普段から一人で行動することは珍しくない。
それに、私には頼もしい精霊達が付いている。
「あたしは三人の方が動きやすいの。」
ちょうどその時、シルフが横から口を挟んできた。
どうやら、彼女も私と同じ考えらしい。
「私もー。」
ドライアドも、いつもの間延びした声で同意してくれる。
うんうん、そうだよね。
私達三人なら、お互いの動きもよく分かっているし、余計な気遣いをしなくて済む。
何より、普段から一緒に戦っているんだから、連携も取りやすいはずだ。
クレスはそんな私達を順番に見つめると、ようやく納得したように頷いた。
「そうか。十分気を付けてな。」
「はい。」
私が笑顔で返事をすると、今度は少し離れたところから声が飛んできた。
「アイラちゃーん、気を付けてな~。」
振り返ると、騎士団の人がこちらへ大きく手を振っている。
あはは、随分と気さくになったものだね。
最初の頃はもう少し畏まった雰囲気だった気がするんだけど、今ではすっかり親しげに声を掛けてくれる。
すると、別の女性騎士さんもシルフに向かって声を掛けた。
「シルフちゃんも危険が迫ってきたら、いつでも助けを呼んでくださいね。」
「ええ。」
シルフは軽く頷いて答えた。
続いて、今度は男性騎士さんがドライアドに向かって身を乗り出した。
「ドライアドちゃんのこと、絶対守るから!」
「いらない。」
即答だった。
見事なまでに三者三様の返事だね。
「こら、ドライアド。」
私は思わず注意した。
せっかく心配してくれているんだから、もう少し言い方ってものがあるでしょ。
この子は時々、妙にお口が悪いんだよね。
まあ、本人は冗談のつもりで言っているみたいだし、別に怒っているわけじゃないんだけど。
それでも、相手が傷つくようなことは言わない方が良いと思う。
ドライアドは私の方を見ると、何事もなかったように小さく首を傾げた。
……もう、仕方ない子だなぁ。
そんなやり取りをしていると、今度はティナさんが近付いてきた。
「私たちは一緒に行動してますので、何かあればいつでも頼ってください。」
「ありがとうティナさん。逆に危なかったらいつでも頼ってくださいね。」
私がそう返すと、ティナさんは穏やかに微笑んでくれた。
どうやら、セリーちゃん達は皆でまとまって行動するらしい。
うん、それなら少し安心かな。
前衛職が多めのパーティではあるけど、プリーストもいるから多少の怪我なら対処できるだろう。
もちろん、怪我をしないに越したことはないんだけどね。
それに、ここは普通の狩場とは違う。
ロックゴーレムやロックワームといった、厄介なモンスターも生息している場所なんだ。
どちらも油断して良い相手じゃない。
特にロックゴーレムなんて、まともに攻撃を受けたら大怪我では済まない可能性だってある。
ロックワームも地中から突然襲ってくることがあるから、周囲への警戒は欠かせない。
そして、奥の洞窟まで進めば、さらに強力なモンスターが次々と出現するはずだ。
これから向かう先は、それだけ危険な場所なんだよね。
さっきまで皆で朝ごはんを食べながら笑っていたけど、もう気持ちを切り替えなきゃ。
楽しい時間は楽しい時間として大切にして、戦う時にはしっかり集中する。
そうしないと、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
私は小さく息を吸い込み、改めて気を引き締めた。
すると、クレスが皆の方へ向き直った。
それまで和やかに話していた騎士団の人達も、彼の動きに気付いて自然と姿勢を正す。
さっきまでの親しげな雰囲気から、一瞬で隊長としての空気に変わったような気がした。
クレスは周囲を見渡すと、よく通る声で告げた。
「それでは各自健闘を祈る。全員無事に帰ってこよう。」
「おー!」
その場にいた全員から、一斉に声が上がった。
騎士団の人達も、セリーちゃん達も、皆がそれぞれの思いを込めて応えている。
……そうだよね。
私達は命懸けで敵を倒すためだけに、ここへ来たわけじゃない。
もちろん、レイディアントを倒すことは大切な目的だ。
だけど、そのために誰かが命を落として良いなんてことにはならない。
戦いが終わった時、ここにいる皆が無事に帰ってこられること。
それが何よりも大切なんだと思う。
私は握り締めた拳に力を込めた。
絶対に、皆で帰ろう。
私は意識をそっと、GM倉庫へと向けた。
そこには、今も一本の剣が眠っている。
赤い刀身に金色の装飾を纏った私の武器、レーヴァテイン。
今はまだ、その力を振るう時じゃない。
だけど、この戦いのどこかで、きっと必要になる瞬間が訪れるだろう。
その時には、迷っている暇なんてないはずだ。
私は倉庫に収められたレーヴァテインの存在を確かめながら、女神様と交わした約束を思い出していた。




