怪我の功名⑫
「昨日はごめんね、調子に乗りすぎたみたい。」
セリーちゃんが私を抱き締めたまま、もう一度謝ってくれた。
その声はさっきまでとは違って、随分と落ち着いている。
私も彼女の背中に添えていた手を少し緩め、静かに答えた。
「私の方こそごめんね。勝手に落ち込んで心配掛けちゃった。」
それ以上、言葉を重ねることはしなかった。
お互いに悪かったところを認めて、ちゃんと謝ることができたんだから。
ここであれこれ説明を付け足したら、かえって言い訳のように聞こえてしまうかもしれない。
それに、今はもう十分に気持ちが伝わっているような気がする。
私は少しだけ顔を上げ、セリーちゃんと目を合わせた。
すると、彼女も同じように私を見つめていた。
「ふふっ。」
「あはは。」
どちらからともなく笑みが零れた。
さっきまであんなに深刻な顔をしていたのに、何だかおかしくなってしまったんだ。
でも、こうして笑い合えることが嬉しい。
「じゃあ仲直り。ごめんね、もうしないよ。」
「私も、もうしないからね。」
そう約束すると、私達は最後にもう一度、ぎゅっと抱き締め合った。
今度はお互いに遠慮することもなく、しっかりと。
それから、ゆっくりと腕を解いて体を離した。
目の前には、いつものセリーちゃんがいる。
そして、きっと私もいつもの顔に戻れていると思う。
胸の奥に引っ掛かっていたものが、すっと取れたような感覚があった。
……うん。これで、本当に仲直りできたんだね。
そう思って微笑んでいると、少し離れたところから声が掛かった。
「あの、私たちも申し訳ありませんでした。」
振り返ると、セリーちゃんの後ろで待っていたピュアさんが、こちらへ歩み出ていた。
そして、私の前で立ち止まると、深々と頭を下げた。
それに続くように、周りにいた皆も一斉に頭を下げる。
うわぁ、そんなに畏まらなくても良いのに。
皆もずっと謝る機会を待っていてくれたんだろうな。
「気にしないでください。最初から怒ってたわけじゃないので。」
私は慌てて首を横に振った。
本当に、皆に怒っていたわけじゃないんだよね。
昨日は色々なことが重なって、自分の中で考えなきゃいけない問題に気付いてしまっただけなんだから。
それを皆のせいにするつもりはない。
「ですが……。」
そう言い掛けたのはリリーナさんだった。
まだ少し納得がいっていないようで、申し訳なさそうに眉を寄せている。
うーん、リリーナさんは責任感が強そうな人だからね。
自分達が原因で私を落ち込ませてしまったと思っている以上、簡単には割り切れないのかもしれない。
どうしたものかなと思っていると、横から助け舟が入った。
「リリーナ、相手が許したならちゃんと受け入れないと失礼よ。」
ティナさんだ。
落ち着いた声でそう告げると、リリーナさんの方へ視線を向けた。
なるほど、確かにそうだよね。
謝ることも大切だけど、許してもらえたなら、その気持ちを受け取ることだって大切なんだと思う。
リリーナさんもその言葉を聞いて、少し考えるような表情を浮かべた。
そして、ようやく小さく頷いた。
「そうね、ありがとうアイラちゃん。」
「いえいえ。」
私はにこっと微笑んで答えた。
すると、ピュアさんがもう一度こちらへ近付いてきた。
彼女がそっと差し出してくれた手を、私も握り返す。
強く握るわけでもなく、軽く手を重ねるような穏やかな握手だった。
これで、ピュアさん達とも仲直りできたね。
「よかった……。仲直りできなかったらどうしようかと思った。」
「うわぁっ!?」
突然、すぐ隣から声が聞こえてきた。
びっくりして飛び上がりそうになりながら振り向くと、そこにはアサシンさんが立っていた。
えっ、いつの間に!?
さっきまでそこにいなかったよね?
それとも、私が気付かなかっただけ?
いやいや、いくらアサシンだからって、こういう時まで気配を消さなくても良いと思うんだけど!
私が胸を押さえていると、アサシンさんは何事もなかったかのようにこちらを見ていた。
……もう、本当にびっくりしたなぁ。
だけど、そんなやり取りがきっかけになったのか、周りの皆も少しずつ近付いてきた。
気が付けば、私は皆に囲まれていた。
セリーちゃんにピュアさん、リリーナさん、ティナさん、それからアサシンさん。
皆がすぐ近くにいて、さっきまでの重苦しい雰囲気が嘘のように和らいでいる。
何だか、ようやくいつもの私達に戻れたみたいだ。
昨日はあんなに気まずくなってしまったけど、こうして皆で笑い合えるなら、もう大丈夫だよね。
私は皆の顔を順番に見回してから、にっこりと笑った。
「ふふ、朝ごはん一緒に食べにいこ。」
せっかく仲直りできたんだから、いつまでもテントの中にいるのは勿体ない。
それに、そろそろお腹も空いてきた頃だ。
すると、少し離れたところで見守っていたシルフが、満足そうに頷いた。
「そうしなさい。」
「いくよー。」
ドライアドも、のんびりとした声で私達を促してくれる。
あはは、二人ともすっかりいつもの調子だね。
今朝はシルフとドライアドにも心配を掛けちゃったけど、こうして皆で一緒に過ごせるようになって本当によかった。
私は皆と連れ立って、テントを出ることにした。
外へ出ると、野営地には既に朝の活動が始まっていた。
あちらこちらで人が行き交い、食事を受け取るための列もできている。
朝食の配給が始まっているみたいだね。
昨日は皆で過ごしていた時間が変な空気になってしまったから、今日は仕切り直しにしたかったんだ。
やっぱり、ご飯は皆で食べるものだと思う。
もちろん、一人で静かに食べるのも悪くないけど、こうして仲の良い人達とお喋りしながら食べる方が、私はずっと好きだ。
何を食べるかも大切だけど、誰と食べるかだって同じくらい大切なんだよね。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか私達の集団に人が増えていた。
……あれ? さっきより人数が多くない?
不思議に思って振り返ると、クレスだけでなく、騎士団の人達まで何人か混ざっている。
どうやら、いつの間にか合流していたらしい。
あはは、皆も朝ごはんを食べに来たんだね。
まあ、配給を受け取る場所は同じなんだから、一緒になっても不思議じゃないか。
こうして私達は、随分と賑やかな集団になって配給の列へ並んだ。
「今日は何が出るんだろうね。」
「温かいものがあると嬉しいわね。」
「昨日のも美味しかったよね。」
そんな他愛もない会話が、あちらこちらから聞こえてくる。
誰かが話し始めれば、別の誰かがそれに答える。
時には笑い声が上がり、また別の話題へと移っていく。
騎士団の人達もすっかり打ち解けていて、皆で楽しそうに雑談していた。
……何だか、不思議な光景だね。
ここは戦場の最前線なんだよ?
少し先には、これから探索しなければならない危険な場所がある。
それなのに、今の私達だけを見れば、まるで普通の町で朝食を買うために並んでいる人達みたいだ。
誰もが穏やかな表情を浮かべていて、これから戦いに向かう人達にはとても見えない。
でも、きっとこういう時間も大切なんだと思う。
戦いのことばかり考えていたら、気持ちが休まる暇なんてなくなってしまうから。
私だって、昨日は色々と考えすぎてしまった。
だからこそ、今こうして皆と笑い合えることが、何だかとてもありがたく感じる。
もちろん、これから待ち受けているものを忘れたわけじゃない。
朝ごはんを食べ終えたら、また探索が始まる。
そして、その先にはレイディアントとの戦いが待っている。
どんなことが起こるのか、まだ分からない。
それでも、今は皆がこうして無事に揃っている。
私の隣には大切な友達がいて、周りには頼もしい仲間達がいる。
それだけで、昨日までとは随分と違う気持ちで前を向けるようになった。
私は楽しそうに話している皆の顔を見回して、そっと微笑んだ。




