怪我の功名⑧
「姫、到着いたしました。」
クレスの声に顔を上げると、いつの間にか私達のテントの前まで来ていた。
あれ、もう着いちゃったんだ。
色々と話し込んでいたせいか、随分と早く感じた。
クレスはまだ私に腕を貸したまま、どこか芝居がかった丁寧な態度を取っている。
そういえば、このエスコートはお姫様ごっこから始まったんだっけ。
「あはは、姫って。……ここまでありがとう。もう大丈夫。」
思わず笑ってしまったけど、せっかくここまで付き合ってくれたんだから、最後くらいは私もちゃんと応えてあげたい。
お姫様ごっこの締めくくりといえば、やっぱり騎士への労いの言葉だよね。
クレスは最初から最後まで立派な騎士を演じてくれたんだから、私もそれに相応しい態度を取らないと。
そう思って、少しだけ背筋を伸ばした。
「ご苦労様でした。おかげで安心して戻ることができました。」
ちょっとだけお姫様らしく微笑んでみる。
うーん、こんな感じで良いのかな。
本物のお姫様がどういう言葉を掛けるのかは知らないけど、少なくとも感謝の気持ちは伝わったと思う。
私はクレスの腕に添えていた手をそっと離した。
これにて、お姫様ごっこは閉幕だね。
すると、クレスも小さく息を吐いて、ゆっくりと腕を下ろした。
さっきまでの芝居がかった雰囲気もなくなり、いつもの穏やかな表情に戻っている。
こんな経験始めてだから、何だか少しだけ名残惜しいような気もする。
……いやいや、何を考えているんだろう。
あれはただのエスコートであって、別に特別な意味があったわけじゃないはずだ。
そう自分に言い聞かせていると、クレスがテントの方へ視線を向けた。
「皆心配していたし、アイラに謝りたがっていた。」
「あっ……。」
そうだった。
クレスや騎士団の人達とはちゃんと話せたけど、セリーちゃん達とはまだ話していないんだよね。
昨日は皆が心配してくれていたのに、一人になりたいなんて言ってテントへ戻ってしまった。
今朝も目を覚ました時にはまだ皆が眠っていたから、結局そのまま外へ出てきちゃったんだっけ。
もちろん、戻ったらちゃんと話そうとは思っていたんだけど。
……あれ? そういえば、セリーちゃん達とまだ話せていないことは、クレスには伝えていなかったよね。
どうして知っているんだろう。
もしかして、さっきシルフとドライアドが皆を集めていた時に聞いたのかな。
あの二人なら、私が朝から丘にいたことも、まだ皆と顔を合わせていないことも知っている。
だから、クレスに話していても不思議じゃない。
でも、わざわざここで確認するのも野暮な気がするね。
さっきの作戦会議の内容は教えられないって言われたばかりだし、今はあまり深く考えないでおこう。
「うん、私もちゃんとお話しなきゃって思ってたところ。」
そう答えると、クレスは静かに頷いた。
昨日のことを考えると、少しだけ緊張する。
セリーちゃん達がどんな気持ちでいるのか、まだ分からないからね。
でも、いつまでも避けているわけにはいかない。
むしろ、私の方から謝らなきゃいけないと思っていたんだから、ちょうど良い機会だろう。
すると、クレスが少しだけこちらへ顔を向けた。
「私も付いていって良いか?」
「えっ?」
思わず聞き返してしまった。
クレスも一緒に?
うーん、それはどうしようかな。
セリーちゃん達とは私だけで話した方が良いのかもしれないし、人数が増えると少し話しにくくなる可能性もある。
だけど、よく考えればクレスだって昨日の一件の当事者なんだよね。
騎士団の人達との話は済んだけど、セリーちゃん達とはまだちゃんと話せていない。
それなら、クレスにも話を聞く権利はあるはずだ。
それに、さっきだって私の気持ちを尊重してくれていたんだから、無理に何かを聞き出そうとすることもないだろう。
だったら、断る理由もないよね。
「いいよ。一緒に行こう。」
「ありがとう。」
私が頷くと、クレスはほっとしたように微笑んだ。
うん、これで良かったんだと思う。
シルフとドライアドも一緒にいるし、私を含めて四人だ。
一人で話すよりも、きっと心強いはずだよね。
もし途中で話が拗れてしまったり、重苦しい雰囲気になってしまったりしても、誰かが助け舟を出してくれるかもしれない。
特にクレスは、こういう時に落ち着いて話を進めてくれそうだ。
そう考えると、少しだけ気持ちが楽になってきた。
私はふと、さっきから大人しくしているシルフとドライアドへ視線を向けた。
いつもなら何かしら話し掛けてくる二人だけど、クレスと一緒に歩いている間も、今も、妙に静かなんだよね。
何を考えているのかは分からないけど、二人もちゃんと話を聞いてくれていたみたいだ。
「二人も一緒に来てくれる?」
そう尋ねると、シルフは何も言わずにこくこくと首を縦に振った。
そして、ドライアドはというと。
「ふふん。」
なぜか得意げな顔で、ぐっと親指を立てている。
……あはは、まるで全部任せておけとでも言いたげだね。
でも、そんな二人の姿を見ていると、何だか頼もしく感じてくる。
さっきは二人とも泣いていたのに、今はこうして私のことを支えようとしてくれているんだから。
本当にありがたい。
「よし、それじゃあ行こうか。」
昨日の一件から始まった謝罪祭りも、いよいよ大詰めだ。
シルフとドライアドとは仲直りできたし、クレスや騎士団の人達ともちゃんと話せた。
残すところは、セリーちゃん達だけ。
この流れも元はといえば私が皆を心配させてしまったのが原因なんだよね。
だったら、最後まできちんと向き合わなきゃ。
それに、昨日はあんなに落ち込んでいたけど、今はもう一人で抱え込む必要はないんだと思える。
皆が心配してくれていることも、私のことを大切に思ってくれていることも、ちゃんと分かったから。
あとは、私の気持ちを伝えるだけだ。
私は小さく息を吸い込み、目の前のテントへ視線を向けた。
いよいよ最後の大トリだね。
さてさて、どうなることやら。
少しだけ緊張しながらも、私はクレス達と一緒に最後の関門へと足を踏み出すのであった。




