怪我の功名⑦
そんなふうに、ふわふわとした気持ちで歩いていた時だった。
「もらった手紙を読んだ。」
「っ!」
突然の言葉に、意識が一気に現実へ引き戻された。
手紙。ああ、そうだった。
クレスには、私が調べたことを書いた手紙を渡していたんだっけ。
さっきまで別のことで頭がいっぱいになっていたから、すっかり意識の外へ追いやってしまっていた。
びっくりして思わず顔を向けそうになったけど、すぐに思いとどまった。
周囲にはまだ人がいるし、誰が私達を見ているか分からない。
ここで急に顔を寄せて話し始めたら、何か大切な話をしていると気付かれてしまうかもしれない。
私は前を向いたまま、できるだけ口元だけを動かして答えた。
「信じていただけるかは分かりませんが……。」
「アイラ、敬語だ。」
「あっ。」
しまった。そういえば、昨日クレスと約束したんだった。
二人きりの時は敬語を使わないこと。
もし使ってしまったら、その都度指摘するって。
昨日は色々なことがあったから、すっかり忘れていた。
「ごめん。……信じられないかもしれないけど、確かに見たの。」
私は声を落として、改めて伝えた。
手紙に書いた内容は、簡単に信じてもらえるような話じゃない。
だから、クレスが疑っていたとしても仕方ないと思っていた。だけど。
「信じるさ。元より他国の動きはかなりきな臭い。」
返事は、驚くほど早かった。
ほとんど間髪を入れずに答えてくれたところを見ると、本当に信じてくれているみたいだ。
……よかった。正直、少し不安だったんだよね。
自分で確認したこととはいえ、私が伝えた情報をクレスがどう受け止めるのかは分からなかったから。
それなのに、こうして迷わず信じてくれるなんて何だか嬉しいな。
「彼らは何かを企んでいると思う。そちらも十分に気を付けてね。」
「私は大丈夫だが、アイラの方が心配だ。次からは無茶をせずに、私に知らせるだけにしてくれ。」
「分かった。」
私は素直に頷いた。
もっとも、今回の件については、私が直接調査した方が安全だと思っている。
シルフとドライアドも一緒にいてくれるし、いざとなれば《HidePC》だって使えるんだから。
普通の人が調べに行くより、危険を避けられる可能性はずっと高いはずだ。
だけど、そんな事情をクレスに説明するわけにはいかない。
それに、こうして心配してもらえること自体は嬉しかった。
誰かが自分の身を案じてくれるって、やっぱりありがたいことだよね。
「でも、このことは上の人には……。」
念のため、もう一つ確認しておかなきゃ。
手紙にも書いておいたけど、この情報を不用意に広められるのは困る。
もし私が調査していたことまで知られたら、余計な問題を招いてしまうかもしれないから。
すると、クレスは私の言葉を最後まで聞く前に頷いた。
「あぁ、手紙に書いてあったことだな。もちろん話していない。私だけに留めてある。」
「よかった……。」
思わず胸を撫で下ろした。
あんな怪しい情報を信じてくれただけでもありがたいのに、秘密にしてほしいというお願いまで守ってくれている。
本当に、クレスには感謝してもしきれないね。
これなら、ひとまず安心して良さそうだ。
そう思ったところで、クレスが少しだけ声を落とした。
「だが、父上だけには話しておきたいのだが、良いか?」
「クレスのパパに?」
「ああ。」
なるほど、ダグラスか。
確かに、ダグラスなら今回の件を話しても問題ないかもしれない。
あの人も十分に高潔な人物だと思う。
これまで接してきた限りでは、誰かから預かった秘密を軽々しく漏らすような人には見えなかった。
それに、クレスがわざわざ相談したいと言うくらいなんだから、きっとそれなりの理由があるんだろう。
少しだけ考えてから、私は頷いた。
「分かった。二人だけなら大丈夫。」
「ああ、ありがとう。重ね重ね恩に着る。」
クレスは真剣な声でそう答えてくれた。
……うん、これで良かったんだと思う。
今回の情報は、私一人で抱えていてもどうしようもない。
かといって、誰にでも話して良い内容でもない。
だからこそ、信頼できる相手にだけ伝えておきたかったんだ。
クレスが受け取ってくれて、さらにダグラスにも共有できるなら、少しは役に立つかもしれない。
そう考えると、肩の荷が少し下りたような気がした。
それに、昨日から気まずくなっていたクレスとも、こうして普通に話せるようになった。
騎士団の人達とも謝罪を交わして、ひとまずわだかまりはなくなったと思う。
まだ自分の中で整理できていない気持ちはあるけど、それはこれから少しずつ考えていけば良いよね。
私はクレスの腕にそっと手を添えたまま、隣を歩く彼の横顔をちらりと見上げた。
……それにしても、さっきの手の甲へのキスは、本当にびっくりしたなぁ。
思い出しただけで、また少し頬が熱くなってしまう。
どうしてあんなことをしたのか、聞いてみたい気持ちはある。
でも、今はまだ勇気が出ない。
私は小さく息を吐いて、前を向いた。
こうして、クレス達との和解を無事に済ませ、重要な情報を伝えることにも成功した。
昨日から続いていた問題が、一つずつ片付いていく。
まだ胸の奥には色々な気持ちが残っているけど、少なくとも今は、こうして前へ進めている。
それだけでも、十分なのかもしれないね。




