怪我の功名④
「ほら、気合を入れろ!」
「隊長~、許してくださいよ~……。」
野営地へ戻る途中、どこからか威勢の良い声と情けない声が聞こえてきた。
何だろうと思って声のする方へ目を向けると、テントまでの道のりにある広場で、騎士団の人達が何やら訓練をしていた。
その中心に立っているのはクレスだ。
「私は別に怒っていない。ただ、部隊の弛緩は生命の危機に繋がる。今一度、気を引き締め直せ。」
「そんなぁ……。」
クレスの厳しい声に、騎士団の人達が揃って情けない声を上げている。
……何をしているんだろう。
広場には上半身裸の男性達が何人もいて、皆、汗だくになっていた。
地面に膝をついて肩で息をしている人もいれば、完全に力尽きたのか仰向けになって倒れている人までいる。
その周囲では、まだ動ける人達が必死になって体を動かしていた。
うーん、何だかすごい光景だね。
ここって、これから魔王の軍勢と戦おうとしている討伐隊の最前線なんだよね?
そんな場所で、上半身裸の男性達が汗だくになって倒れている姿を見ることになるなんて思わなかったよ。
「何やってるの、これ。」
思わず口から疑問が漏れた。
すると、近くにいた騎士の一人がこちらに気付いた。
「あっ! た、隊長。アイラちゃんが来ています!」
「助かったぁ……。」
その声を聞いた騎士団の人達が、一斉にこちらを振り向いた。
皆、まるで救いの神でも見つけたかのような顔をしている。
中には、両手を合わせて拝むような仕草をしている人までいた。
……いやいや、ちょっと待って。
そんな縋り付くような目で見られても困るんだけど。
そもそも、騎士団の訓練に私は一切関係ないと思うんだよね。
私が来たからって、何かが変わるわけでもないでしょ?
そう思っていると、クレスもこちらを振り向いた。
その瞬間、彼の動きがぴたりと止まる。
あれ、どうしたんだろう。
私と目が合ったまま、何か考え込んでいるようにも見える。
そして、少し間を置いてから、クレスは騎士団の人達へ向き直った。
「訓練止め! 一旦休憩とする。」
「はい!」
先ほどまで疲れ果てていた騎士達が、驚くほど元気な声で返事をした。
えぇ、本当に訓練を中止しちゃった。
さっきまであんなに厳しく指導していたのに、どうして急に休憩になったんだろう。
まさか、本当に私が来たから?
いやいや、そんなはずないよね。
私は騎士団の人間じゃないし、訓練の邪魔をするつもりだってない。
一体どういう流れなのか分からずにいると、クレスがこちらへ小走りで近付いてきた。
そして、私の前まで来るなり、真剣な表情で口を開いた。
「アイラ! 昨日はすまなかった。」
「えっ?」
突然の謝罪に、思わず目を丸くしてしまった。
昨日のことって、もしかして食事の時の話かな。
でも、クレスに謝られるようなことをされた覚えはないんだけど。
「えっと、何の話か全く分からないんですけど。それに、謝るようなことはされてないですよ。」
私がそう答えると、クレスは少しだけ表情を曇らせた。
どうやら、私が気を使っていると思ったらしい。
うーん、やっぱりちゃんと理由を聞いた方が良さそうだね。
「アイラの気持ちを考えずに余計なことをしたせいで、アイラに不快な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」
そう言うと、クレスは深々と頭を下げた。
しかも、謝罪の姿勢のまま動こうとしない。
ちょっ、ちょっと待って。
侯爵家の嫡男で、騎士団の隊長でもある人が、こんな場所で私に頭を下げるなんて。
周囲には騎士団の人達もいるんだよ?
そんな大袈裟なことをされると、こっちが困っちゃうんだけど。
「頭を上げてください。それに、不快な思いなんてしてないですよ。」
「え?」
「え?」
思わず、二人揃って間の抜けた声を出してしまった。
クレスは頭を下げた姿勢のまま顔を上げ、私を見つめている。
私はそんなクレスを見下ろしながら、どうして驚かれたのか分からずに首を傾げた。
そのまま、お互いに顔を見合わせて固まってしまう。
……何だろう、この空気。
どうやら、私達の間で何か大きな認識の違いがあるみたいだね。
しばらくして、クレスが姿勢を正した。
「……こほん。どうやらちゃんと話し合った方が良さそうだな。」
「えぇ、私もその必要を感じていたところです。」
うん、それには全面的に賛成だよ。
何がどうなっているのか分からないまま謝られても、私だってどう返事をすれば良いのか困ってしまう。
まずは、お互いが何を考えているのか確認した方が良さそうだ。
そう思ったのだけど、クレスは私と話し始める前に、突然広場の方へ向き直った。
「だがその前に、お前達、こっちに来い!」
「はい!」
号令とともに、休憩していた騎士団の人達が一斉に動き始めた。
さっきまで地面に倒れていた人達まで慌てて立ち上がり、私達の前へ集まってくる。
あれよあれよという間に、クレスの部隊の人達が勢揃いしてしまった。
えっと、今度は何が始まるの?
私が戸惑っていると、クレスが騎士達を見渡して口を開いた。
「では、昨日話した通りにアイラに謝罪しろ。」
「え?」
「アイラちゃん! 申し訳ありませんでした!」
騎士団の人達が揃って頭を下げた。
ええっ!?
ちょっと待って、待って!
さっきから話のペースが速すぎるよ!
クレスが突然謝ってきたと思ったら、今度は騎士団の人達まで一斉に謝ってくるなんて。
もう少し私にも分かるように説明してくれないかな。
そもそも、どうして皆が謝っているのかさえ分からないんだけど。
「全然理由が分からないんですけど、どうして皆に謝られているんですか?」
私がそう尋ねると、騎士団の人達の表情が一斉に変わった。
あれ? どうやら、私の反応は皆が想定していたものとは違ったらしい。
何人かが顔を見合わせ、困惑したように首を傾げている。
中には、クレスの方へ助けを求めるような視線を向けている人もいた。
いや、そんな顔をされても困るんだけど。
私の方こそ、何が何だか分からないんだよ。
「アイラは気にしていないようだが、お前達がしたことについては昨日話し合った通りだろう。」
クレスがそう告げると、騎士団の人達は再び姿勢を正した。
そして、代表するように一人の騎士が口を開く。
「二人の気持ちを考えず、アイラちゃんと隊長を茶化して楽しんでいました。申し訳ございませんでした!」
「ああ、そういうことでしたか。」
ようやく話が繋がった。
昨日の食事の時、皆が私とクレスを恋人同士みたいに扱っていたことだね。
確かに、あの時は色々と思うところがあった。
不愉快だったかと言われると、そこまでではないんだけど。
ただ、あまりにも皆が面白がっていたから、どう反応すれば良いのか困ってしまったのは確かだ。
それに、クレスのことを考えると、ああいう話題はあまり広めない方が良いと思う。
「そのことでしたら、もうしないでくれたら大丈夫ですよ。私と噂が立つなんて、クレスも迷惑でしょうから。」
できるだけ穏やかに、そう伝えた。
これで皆も安心してくれるかな。
そう思ったんだけど。
「え?」
騎士団の人達が、揃ってぎょっとした顔になった。
まるで何か信じられないことでも聞いたかのように、表情を固めている。
あれ、また何か変なことを言っちゃった?
私は思わずクレスの方を見た。
だけど、クレスもどこか上の空といった様子で、ぼんやりとこちらを見ている。
……うーん。私としては、別におかしなことを言ったつもりはないんだけどな。
どうして皆、そんな顔をしているんだろう。
困惑していると、突然シルフが声を上げた。
「作戦を練るわ!」
「アイラはここで待ってて。」
続けてドライアドも、何やら真剣な顔でそう告げてきた。
「う、うん? 分かった。待ってるね。」
作戦?
何の作戦なんだろう。
そう尋ねる暇もなく、シルフとドライアドはクレスの方へ向かっていった。
そして、二人はそれぞれ近くにいた人の袖を掴むと、ぐいぐいと引っ張り始めた。
「えっ、ちょっと、シルフ?」
私が声を掛けても、二人は振り向かない。
クレスも騎士団の人達も、何が始まるのか分からない様子だったけど、結局そのまま連れていかれてしまった。
しかも、シルフとドライアドは騎士達を促しながら、私から少し離れた場所へ移動していく。
……何だろう、あれ。
皆が集まったところで、何やら話し合いが始まったようだった。
距離としては、それほど遠いわけじゃない。
姿もはっきり見えるし、誰が何をしているのかも分かる。
だけど、会話の内容までは聞き取れない。
何とも絶妙な距離感だね。
私はその場に立ったまま、皆の様子を眺めることにした。
すると、シルフが何かを説明しているらしく、身振り手振りを交えながら話し始めた。
それを聞いた騎士団の人達が、驚いたように目を見開いている。
今度はドライアドが何かを話し、何人かが揃って頷いた。
クレスも真剣な顔で話を聞いているようだ。
そして、シルフが人差し指を口元へ当てた。
あっ、今のは「しーっ」ってことだよね。
何か内緒話をしているみたい。
その仕草を見た騎士団の人達が、また揃って頷いている。
……えっと。私だけ仲間外れ?
何だか皆、すごく真剣に話し合っているんだけど。
一体何を相談しているんだろう。
私も聞かせてもらいたいんだけどな。
でも、ドライアドにはここで待っていてって言われちゃったし、勝手に近付くのも良くないよね。
仕方ない。今回は大人しく待っていよう。
私は少しだけ首を傾げながら、遠くで続いている謎の作戦会議を眺めていた。




