怪我の功名③
しばらく二人の頭を撫でていると、ようやく涙も落ち着いてきたようだった。
シルフもドライアドも、まだ私にぴったりとくっついているけど、さっきまでの悲しそうな表情はなくなっている。
よかった。少しは安心してくれたみたいだね。
そういえば、二人に聞いておきたいことがあったんだった。
「そういえば、二人はどこにいたの?」
私が尋ねると、シルフが顔を上げて答えてくれた。
「皆寝たから、上空を散歩してたの。」
「ああ、そうだったんだ。」
確かに、二人は人間みたいに毎日決まった時間に寝る必要もないもんね。
私が眠っている間、暇になって散歩に出掛けたのかな。
すると、今度はドライアドが少し悲しそうな顔になった。
「ふらっとして戻ってきたら、アイラがいなくなってたから、置いて行かれたのかと思った。」
「あっ……。」
なるほど、そういうことだったんだ。
私が目を覚ましてテントを出た時、二人はちょうど散歩に出掛けていたんだね。
それで戻ってきたら私がいなくなっていて、置いて行かれたと思っちゃったのか。
ああ、だからあんなに泣いていたんだね。
昨日のこともあったから、余計に不安になっちゃったのかもしれない。
でも、それなら一つ気になることがある。
「もう、契約している以上、繋がってるんだから確認したら分かるでしょ。」
私達は精霊契約を結んでいるんだから、離れていたってお互いの存在を感じ取ることができる。
少なくとも、私がどこかへ消えてしまったわけじゃないことくらい、確認できたはずなんだけど。
そう伝えると、シルフが目を丸くした。
「あ、それもそうね。」
「焦ってて忘れてた。」
ドライアドまで、何でもないことのように頷いている。
「ええっ、忘れてたの?」
二人は顔を見合わせると、少し気まずそうに笑った。
もう、そんな大切なことを忘れちゃうなんて。
「あはは、何やってるの。」
思わず笑ってしまった。
だけど、そう言っている私も、二人がどこへ行ったのか分からなくて、どうしたんだろうなんて呑気に考えていたんだよね。
契約の繋がりを確認すれば良かったのは、私だって同じことだというのは黙っておこう。
さっきまで二人を慰めていたのに、実は自分も同じことをしていました、なんて格好がつかない。
何も知らない二人は、すっかり安心した様子で私にくっついている。
その姿が何だか可愛らしくて、私はもう一度二人の頭を撫でてから、ゆっくりと立ち上がった。
地面に座っていたせいで、服には少し砂がついてしまっている。
私は手で軽く払い落とし、野営地の方へ目を向けた。
丘の下では、目を覚ました人達が少しずつ動き始めている。
そろそろ戻らないとね。
「一緒に戻ろうっか。」
私がそう声を掛けると、二人は嬉しそうに顔を輝かせた。
「うん!」
「戻ろう~。」
すると、シルフが私の右手を、ドライアドが左手を取ってきた。
二人ともにっこにこの笑顔で、私の手をぎゅっと握っている。
そして、そのままぐいぐいと手を引っ張り始めた。
「わわっ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ。」
思わず笑いながら、二人に合わせて歩き始める。
でも、ちょっと不思議だね。
いつもなら二人とも空を飛んで移動することが多いのに、今日は私の両隣を歩いている。
「飛んでいかないの?」
私が尋ねると、シルフは私の手を握ったまま、にっこりと笑った。
「アイラと歩きたい。」
「ゆっくりいこ。」
ドライアドも、反対側から私の顔を見上げてくる。
うーん、うちの子が今日も可愛い。
そんな顔でお願いされたら、断れるわけないじゃない。
どうも私は、こういう可愛い子達のお願いには弱いんだよね。
「うん。いいよ、一緒に歩こう。」
そう答えると、二人はますます嬉しそうな顔になった。
それから私達は、三人で手を繋いだまま、ゆっくりと丘を下り始めた。
右にはシルフ、左にはドライアド。
二人とも私の歩幅に合わせてくれているのか、急ぐこともなくのんびりと歩いている。
しばらくすると、シルフが楽しそうに鼻歌を歌い始めた。
それにつられるように、ドライアドも同じ旋律を口ずさみ始める。
二人の声が重なって、何だかとても綺麗な響きになっていた。
聞いたことのない歌だね。
少なくとも、私が知っているネームレスオンラインの音楽ではなさそうだ。
もしかして、アールヴヘイムの歌なのかな。
「ねぇ、それはアールヴヘイムの歌?」
私が尋ねると、シルフが得意そうに頷いた。
「そうよ。妖精なら誰でも知ってるわ。」
「夜に妖精が集まって歌ったりするよ。」
へぇ、そうなんだ。
妖精達が集まって歌を歌うなんて、何だか素敵だね。
夜のアールヴヘイムで、たくさんの妖精達が楽しそうに歌っている光景を想像してみる。
きっと、とても幻想的な光景なんだろうな。
私も一度くらい、そんな光景を見てみたい。
「いいね、今度私にも教えて?」
何気なくそうお願いすると、シルフが勢いよくこちらを向いた。
「ええ、ええ! あたしが教えてあげるわ!」
「私が教えるもん。」
すると、今度はドライアドが負けじと声を上げた。
あれ、何だか張り合い始めちゃった?
「だって、あたしの方が上手に歌えるもの!」
「私だって上手。」
二人とも私の手を握ったまま、互いの顔を見合わせている。
もう、さっきまであんなに仲良く歌っていたのに。
「喧嘩しないの。二人一緒に教えて?」
私がそう言うと、シルフは少し考えるような顔をしてから頷いた。
「そうね、それが平等だわ。」
「私もそれでいい。」
ドライアドも納得してくれたようだ。
よかった。これで仲良く教えてもらえそうだね。
それにしても、二人が先生になってくれるなんて、何だか楽しみだな。
どんな意味の歌なのかも気になるし、アールヴヘイムのことも色々聞いてみたい。
そんなことを考えていると、左右から握られている手に、少しだけ力が込められた。
シルフもドライアドも、私の手を大切そうに握ってくれている。
私もそれに応えるように、二人の手をそっと握り返した。
温かいなぁ。
昨日はあんなに落ち込んで、一人になりたいと思っていたのに。
今はこうして、二人と一緒に歩いているだけで嬉しくなってくる。
この先、私達がどこまで一緒にいられるのかは分からない。
精霊である二人と、人間である私では、きっと色々なことが違うんだろう。
これから先、何が起こるのかだって分からない。
それでも、できることならずっと一緒にいたい。
少なくとも、私にできる限りは、この手を離さないようにしよう。
私はそう心に決めながら、二人と手を繋いだまま、ゆっくりと野営地へ向かって歩いていった。




