怪我の功名②
突然、周囲に大きなチャイムの音が鳴り響いた。
「わっ!?」
不意の音に驚いて顔を上げる。
何事かと思ったけど、すぐに思い当たることがあった。
そういえば、決まった時間になるとチャイムが鳴るって聞かされていたっけ。
お昼や夕方よりも明らかに大きな音が時計塔から聞こえてくる。
朝は寝ている人間を起こす意味も含めて大き目の音に設定されたのかもしれない。
時計の針が指しているのは午前五時。
あれからもう三時間も経っていたんだ。
ずっと考え事をしていたから、時間が過ぎるのもあっという間だったみたい。
丘の上から野営地を見下ろすと、あちこちのテントから人々がぞろぞろと出てくるのが見えた。
眠そうに伸びをしている人もいれば、既に身支度を整えて歩き始めている人もいる。
さっきまで静まり返っていた野営地が、少しずつ賑やかさを取り戻していく。
そっか、もう皆が起きる時間なんだね。
私も、そろそろテントに戻らなきゃ。
いつまでも一人でいるわけにはいかないし、これから調査にも協力しなきゃいけない。
それに、皆にちゃんと謝らないと。
昨日のことを思い出すと、まだ少し気が重くなる。
でも、いつまでも避け続けていたら、余計に心配を掛けてしまうだろう。
よし、そろそろ覚悟を決めよう。
まずは、シルフとドライアドからだね。
あの二人には、特に心配を掛けてしまった気がする。
私は立ち上がって服についた土を軽く払い、二人を呼び寄せることにした。
「来て。シルフ、ドライアド。」
『サモンシルフ』と『サモンドライアド』を続けて使用する。
すると、目の前に美しい光が生まれ、二つの光がそれぞれ人の形を作り始めた。
やがて光が収まると、そこには見慣れた二人の姿があった。
「ふぅ……。」
思わず小さく息を吐く。
いざ顔を合わせるとなると、何だかすごく緊張してきた。
考えてみれば、二人とあんな空気になったのは初めてだもんね。
いつも一緒にいてくれるし、私が何か言えば素直に聞いてくれる。
そんな二人に、昨日は話し掛けないでほしいなんて言ってしまった。
怒っていないと良いんだけど。
どう切り出せば良いのか考えていると、二人がこちらを向いた。
そして、私が口を開くよりも早く。
「アイラー!」
「ごめんなさい!」
「えっ!?」
二人がものすごい勢いで飛びついてきた。
ちょっ、待って!?
予想もしていなかった勢いに体勢を崩し、そのまま地面へ転がってしまう。
幸い、柔らかい地面だったので痛くはなかったけど思いっきり尻餅をついてしまった。
気が付けば、シルフは私の頭にしがみつき、ドライアドは腰の辺りに抱き着いていた。
しかも、二人とも離れようとしない。
シルフは私の頭に頬を擦り寄せ、ドライアドも腰に顔を埋めている。
髪の毛が頬や首筋に触れて、何だかくすぐったい。
「あはは、くすぐったいよ。どうして謝ってるの?」
思わず笑い声が漏れてしまった。
本当なら私の方から謝らなきゃいけないはずなのに、二人の勢いがすごくて話を切り出す隙もない。
これは、先に二人の話を聞いた方が良さそうだね。
「だって、アイラ怒ってたから。」
「凄く落ち込んでて、辛そうだった。」
二人はそう言いながら顔を上げた。
その目には大粒の涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうになっている。
……と思ったら、本当にぽろぽろと泣き始めてしまった。
「えっ、ちょっと、二人とも?」
シルフもドライアドも、私の顔をじっと見つめながら涙を流している。
そんな顔をされたら、こっちまで泣きそうになっちゃうよ。
「泣かないで。」
私はできるだけ優しく声を掛けながら、二人の頭に手を伸ばした。
まずはシルフの髪をそっと撫で、それからドライアドの頭にも手を添える。
二人とも私の手に頭を寄せてくるので、そのままゆっくりと撫で続けた。
「もう怒ってない?」
「もう大丈夫?」
涙を浮かべたまま、二人が心配そうに尋ねてくる。
ああ、そっか。
二人はずっと、私が怒っていると思っていたんだね。
昨日の私は確かに余裕がなかったし、話し掛けないでほしいとはっきり伝えてしまった。
だから、そう思われても仕方ないのかもしれない。
だけど、怒っていたわけじゃないんだよ。
「うん、最初から怒ってないよ。大丈夫。」
私は二人に微笑み掛けた。
本当は、まだ大丈夫と言い切れるほど気持ちの整理がついたわけじゃない。
胸の奥には、昨日から続く後ろめたさが残っている。
それでも、今は二人を安心させてあげたかった。
私は嘘をつくのがあまり得意じゃない。
できれば、誰に対しても正直でいたいと思っている。
だけど、こんなに泣いている二人を落ち着かせるためなら、得意じゃない嘘の一つや二つくらいついたって良いよね。
少なくとも、二人に怒っていないというのは本当なんだから。
私がもう一度頭を撫でると、二人は少しだけ安心したように表情を緩めた。
それでも、まだ私から離れようとはしない。
その様子を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなってきた。
……本当に、優しい子達だなぁ。
思えば、シルフとドライアドにはこれまで何度も助けられてきた。
冒険をしている時も、何でもない日常を過ごしている時も、二人はいつも私のそばにいてくれる。
私が楽しい時には一緒に笑ってくれるし、困っている時には力を貸してくれる。
時には振り回されることもあるけど、それも含めて二人と過ごす時間は大切なものになっていた。
そんな二人が、私のことでこんなにも泣いてくれている。
私が落ち込んでいたことを心配して、何か悪いことをしたんじゃないかと気にしていたんだ。
……ああ、もう。どうして私は、こんなに大切なことを忘れそうになっていたんだろう。
昨日、私は自分がこの世界の人達とちゃんと向き合えていなかったんじゃないかと考えていた。
ゲームで知っていることを基準にして、無意識に距離を置いていたのかもしれないって。
その考えが間違っているとは、まだ言い切れない。
だけど、そればかり考えていたら、今こうして私を大切に思ってくれている人達の気持ちまで見失ってしまいそうだ。
シルフもドライアドも、私にとって大切な存在だ。
セリーちゃんだってそう。
クレスも、これまで出会ってきた皆も。
一緒に笑ったことも、助けてもらったことも、心配してもらったことも、全部本当にあった出来事なんだから。
私がどんなふうにこの世界を見ていたとしても、皆と過ごしてきた時間まで嘘になるわけじゃない。
それなのに、私はちょっと落ち込んだだけで、悪い方へ悪い方へと考えすぎていたのかもしれない。
もちろん、昨日考えていたことが全部解決したわけじゃない。
まだ分からないこともあるし、これからちゃんと考えなきゃいけないことだってある。
でも、だからといって一人で抱え込んで、周りの人達を遠ざける必要はなかったんだよね。
むしろ、私があんな態度を取ったせいで、皆に余計な心配を掛けてしまった。
本当に謝らなきゃいけないのは、私の方だ。
私は二人を抱き寄せ、できるだけ優しく声を掛けた。
「ごめんね、二人とも。心配掛けたよね。」
二人の頭を撫でながら、今度はちゃんと自分の気持ちを伝える。
「昨日は色々考えちゃって、どうしても一人になりたかったの。でも、二人が嫌になったわけじゃないからね。」
シルフとドライアドは、私の言葉を聞きながら小さく頷いた。
まだ目元には涙が残っているけど、さっきよりもずっと穏やかな顔をしている。
その表情を見て、私も少しだけ安心した。
昨日からずっと胸に引っ掛かっていたものが、ほんの少しだけ軽くなった気がする。
すぐに全部を解決することはできないかもしれない。
それでも、こうして二人と話せて良かった。
私はもう一度、二人の頭を優しく撫でた。




