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盛大な勘違い⑫

テントへ戻った私は、そのまま自分のベッドに寝転がった。

柔らかな寝具に体を預け、仰向けになって目を閉じる。

ふぅ……ようやく静かになった。

さっきまで周囲にいた大勢の人達の声が、まだ耳の奥に残っているような気がする。


別に皆と一緒にいるのが嫌だったわけじゃない。

ただ、今は一人でゆっくり考えたかった。

目を閉じたまま、これまでのクレスとの出来事を思い返してみる。

最初に出会ったのは、あのゴブリンの一件だった。


あの時は、まさかこんなに何度も顔を合わせることになるなんて思ってもいなかったな。

それからも、私達は色々な場面で再会してきた。

大きな事件でいえば、魔導都市レオで起きたセリーちゃんの誘拐事件。

その後のレイディアントの復活に、魔導都市レオの復興支援。


そして、今回のレイディアント討伐隊への参加。

こうして並べてみると、随分と色々なことがあったんだね。

しかも、セリーちゃんの誘拐事件を除けば、どれもネームレスオンラインで起きた大きなイベントだ。

ゲームの中では、多くのプレイヤーが関わるような重要な出来事だった。


そして、この世界では実際に大勢の人達の運命を左右する事件になっている。

そんな大きな出来事に、クレスは何度も関わってきた。

つくづく、主人公気質な青年なんだと思う。

まるで物語の中心にいることが当たり前みたいに、重要な場面で姿を見せるんだから。


そのうえ、容姿も実力も申し分ない。

何だか感心してしまうよね。

……そんなクレスと、私が良い仲?

いやいや、ないない。ありえないよ。


思わず心の中で首を横に振った。

皆は面白がっていたみたいだけど、私とクレスが恋人同士になるなんて、どう考えても想像がつかない。

それに、クレスにはこれから素敵な人と出会う未来が待っているんだから。

私が知っている限りでは、そうなるはずなんだ。


そこまで考えたところで、ふとテントの中が妙に静かなことに気付いた。

あれ? そういえば、シルフとドライアドはどこに行ったんだろう。

さっきまで一緒にいたはずなのに、二人の姿が見当たらない。

私はベッドから上半身を起こし、テントの中を見渡してみた。


だけど、やっぱりどこにもいない。

どうしたのかな。

少し気になって意識を向けてみると、テントの外に二人の気配が感じられた。

ああ、よかった。何かあったわけじゃないみたいだ。


きっと、私が一人になりたがっていることを察して、外で待っていてくれているんだろう。

二人には申し訳ないけど、今はまだ上手く話せそうにない。

呼び戻すのはやめておこう。

私は再びベッドへ横になり、天井を見つめた。


……それにしても、さっきのもやもやは何だったんだろう。

ようやく頭も冷えてきたことだし、もう一度ちゃんと考えてみようかな。

まず、クレスのことが好きだから、というのは絶対にないと思う。

確かにクレスは格好いい。


剣の腕は一流だし、騎士としての誇りも持っている。

誰に対しても誠実で、平民の私にも分け隔てなく接してくれるし、女性への気遣いだって自然にできる。

そのうえ侯爵家の嫡男という、申し分のない生まれまで持っている。

はっきり言ってしまえば、完璧な男性とさえ思える。


だけど、だからといって恋心に繋がるわけじゃないよね。

素敵な人だと思うことと、その人を恋愛対象として好きになることは、きっと別の話だ。

そもそも、私の好みってどんな人だったっけ。

前世の私なら、もう少し不思議な雰囲気をまとっている女の子が好きだった気がする。


何を考えているのか分からないような、どこか独特の空気を持っている子。

身近な人で例えるなら、ドライアドが近いかな。

あの子も時々、何を考えているのかさっぱり分からないことを言うしね。

……いや、ちょっと待って。


それって男性だった頃の、女性に対する好みじゃない?

今の私は女の子なんだから、同じ感覚で考えて良いのか分からない。

じゃあ、今の私のタイプってどんな人なんだろう。

優しい人?


格好いい人?

一緒にいて楽しい人?

うーん、どれも魅力的だとは思うけど、それだけで好きになるかと言われると、何だか違う気がする。

そもそも、私は恋愛というものをどれだけ理解しているんだろう。


前世では四十歳を過ぎるまで生きて何人かとお付き合いしたけど、結婚を考えるほど親密になった異性はいなかった。

だから、自分の恋愛観がかなり偏っている自覚はある。

それでいて、生まれ変わったら性別まで変わっているんでしょ?

もう何が何だか分からないよね。


前世の経験がそのまま役に立つとも思えないし、むしろ余計に感覚が複雑になっている気がする。

そういえば、アイラとして生きるようになってから、恋愛的な意味で誰かに惹かれたことってあったかな。

これまで出会った人達の顔を、一人ずつ思い浮かべてみる。

優しい人もいたし、格好いい人だっていた。


一緒にいて楽しいと思える人も、もちろんいる。

だけど、その中の誰かと恋人になりたいと思ったことは……。

うーん、記憶にない。

もしかして私、十代にして早くも枯れちゃってる?


前世の記憶があるとはいえ、さすがにそれは悲しすぎるんだけど。

いやいや、そんなことはないと信じたい。

だって、私にだって将来は誰かを好きになって、幸せな家庭を築きたいという願望はあるんだから。

それは以前から変わっていない。


大切な人と一緒に暮らして、毎日笑い合って、温かい家庭を作る。

そんな未来には、今でも憧れている。

だけど、その光景を具体的に思い浮かべようとすると、いつも同じところで止まってしまう。

頭に浮かぶのは、実家で暮らしていた頃のパパとママ、そして私の姿だ。


家族で食卓を囲んだり、他愛のない話をしたり。

私が知っている幸せな家庭の姿は、結局そこに行き着く。

じゃあ、その未来にいる私の隣には誰がいるの?

そう考えてみても、何も浮かんでこなかった。


特定の誰かと添い遂げたいと思ったこともないし、どんな人と一緒に暮らしたいのかさえ、はっきりしない。

幸せな家庭を築きたいという願望はあるのに、そこへ至るまでの相手がまったく想像できないんだ。

一体どうして、いつから私はこうなってしまったんだろう。

……いや、それは考えるまでもないか。


きっと、前世の記憶を取り戻した時からだ。

五歳のあの日、私は自分が何者だったのかを思い出した。

この世界がネームレスオンラインと同じ世界であることも、そこで起きるはずの出来事も知ってしまった。

それからの私は、ずっと何かを意識しながら生きてきたような気がする。


思えば、パパとママを除いた人達に対して、どこかで一線を引いていたのかもしれない。

友達もできたし、大切だと思える人達も増えた。

困っている人がいれば助けたいと思うし、誰かが喜んでくれれば私も嬉しい。

その気持ちに嘘はない。


だけど、それでも心のどこかで、私は自分と周囲の人達を分けて考えていたんじゃないだろうか。

私が異世界から転生してきた人間だから?

それとも、この世界がゲームと同じだと知っているから?

クレスの未来について考える時だって、私はいつもネームレスオンラインで知っている出来事を基準にしていた。


彼がこれから誰と出会い、どんな人生を歩んでいくのか。

それを、まるで既に決まっていることのように考えている。

でも、ちょっと待って。

それって、おかしくない?


クレスは今、この世界で生きている人間だ。

自分で考え、自分の意思で行動している。

それなのに、私はゲームで知っている未来を当然のものとして扱っていた。

もしそうだとしたら、なんて失礼なことを考えていたんだろう。


それじゃあ、まるでこの世界で生きている人達を、ゲームのデータみたいに見ていたことにならない?

クレスだけじゃない。

セリーちゃんも、シルフも、ドライアドも。

これまで出会ってきた人達だって、皆それぞれの気持ちを持って生きている。


そんな当たり前のことを、私は本当に理解していたんだろうか。

もちろん、皆を大切に思っている。

それは間違いない。

だけど、どこかで一線を引いていたのだとしたら。


私は本当の意味で、この世界の人達と向き合っていなかったんじゃないだろうか。

そう考えた途端、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

ああ、もしかして。

さっき感じた、あのもやもや。


あれは、そういうことだったのかな。

皆が私とクレスを恋人同士みたいに扱った時、私は真っ先にゲームで知っている彼の未来を思い浮かべた。

そして、その未来に私が入り込むことを、あってはならないことのように考えた。

でも、それは誰が決めたことなんだろう。


少なくとも、今のクレスがそう望んでいると聞いたわけじゃない。

私はただ、自分の知っている物語を基準にして、勝手に線を引いていただけなのかもしれない。

それに気付いたから、あんなに胸が痛んだんだろうか。

……分からない。


だけど、もし本当にそうだったのなら。

私は今まで、何をしていたんだろう。

考えれば考えるほど、自分が嫌になってくる。

もう、これ以上は考えたくなかった。


私は耐え切れなくなって掛け布団を頭から被り、体を横向きに丸めた。

布団の中は暗くて、誰の顔も見えない。

それなのに、さっきまで一緒にいた皆の顔が、次々と頭に浮かんでくる。

どうして、こんなことになっちゃったんだろう。


自分でも答えの出せない問いを繰り返していると、頬に冷たいものが伝った。

あれ……?

気付けば、目尻からこぼれた涙が、静かに枕へ染み込んでいた。

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