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盛大な勘違い⑪

食事を終えた私達は、使い終わった食器とトレーを返却するため、揃って席を立った。

周囲の人達も食事を終えたようで、返却口へ向かう人の流れができている。

私も空になった器をトレーに載せ、皆と一緒に歩き始めた。

だけど、あれから私は一言も喋れていなかった。


さっきまでは普通におしゃべりしていたのに、今は何を話せば良いのか分からない。

誰かに声を掛けられても、どう返事をすれば良いのか迷ってしまう。

笑えば良いのかな。それとも、何事もなかったように普通に話せば良い?

そうしたらまた揶揄われてしまうんだろうか。


そんなことを考え始めたら、ますます分からなくなってしまった。

別に皆が悪いというほどのことをしたわけじゃない。

私を揶揄って楽しんでいたのは確かだろうけど、嫌がらせをしようとしていたわけじゃないことくらい分かっている。

むしろ、私が急に黙り込んでしまったものだから、心配して声を掛けてくれているんだと思う。


それはありがたいことだし、ちゃんと返事をしなきゃいけないとも思う。

だけど、今は少しだけ放っておいてほしかった。

「アイラ、皆のことは気にしなくていいからな?」

隣からクレスの声が聞こえてきた。


何か答えなきゃ。

そう思って口を開きかけたけど、結局言葉が出てこなかった。

「ごめんね、調子に乗りすぎてたかも……。」

今度はセリーちゃんが心配そうに呼び掛けてくる。


その声にも返事ができず、私は俯いたまま歩き続けた。

「アイラ、ごめん。怒ってる……?」

シルフも何か言っている。

だけど、その言葉もほとんど頭に入ってこなかった。


皆が私を気遣ってくれていることは分かる。

それなのに、どうしても顔を上げられない。

頭の片隅では、周囲の雰囲気が少しずつ変わってきていることにも気付いていた。

さっきまであんなに楽しそうだった皆の声から笑いが消え、代わりに戸惑いや焦りのようなものが感じられる。


きっと、私がいつまでも黙っているからだろう。

何か返さなきゃ心配をかけちゃう。

そう思う一方で、私自身にも気持ちを整理する時間が必要だった。

だって、クレスはこの世界にとって、とても重要な人物なんだから。


私なんかとカップリングにされて揶揄われていい存在じゃない。

私は本来、この世界に存在するはずのなかった異物。

前世の記憶を持ち、普通なら使えるはずのないGM権限まで持ったまま、この世界に転生してきてしまった。

そんな私とは違って、クレスにはこれから歩んでいく未来がある。


この世界で大切な役割を果たし、やがて素敵な人と出会う。

私はその未来を知っている。

少なくとも、私が知っているネームレスオンラインでは、そうなるはずだった。

だから、私がそこへ入り込むようなことは……。


ちくり。

不意に、胸の奥が小さく痛んだ。

あれ? 何だろう、今の。

別にクレスに恋をしているとか、そういう痛みじゃない。


ただ、何か悪いことをしてしまったような、罪悪感に近い感覚だった。

私は何もしていないはずなのに。

皆が勝手に勘違いして、私とクレスを恋人同士みたいに扱っていただけだ。

それなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。


クレスの未来を知っているから?

それとも、本来の物語にはいない私が、彼と親しくしていること自体に後ろめたさを感じているのかな。

ううん、何だかそれも違う気がする。

考えても考えても、答えが見つからない。


胸の奥に引っ掛かった何かが、どうしても取れなかった。

そんな状態で歩いていると、また誰かが私に声を掛けてきた。

何を言われたのかは、よく聞き取れなかった。

聞き取れなかったというより、聞こうとする余裕がなかったのかもしれない。


皆が心配してくれているのは分かっている。

私が返事をしないから、何とか元気づけようとしてくれていることも。

だけど、今はその優しさを受け止めることさえ難しかった。

次々と掛けられる言葉が、少しずつ煩わしく感じられるようになってしまう。


そんなふうに思ってしまう自分も嫌だった。

皆は何も悪くないからこそ、余計に苦しい。

このまま黙っていたら、きっともっと心配をかけてしまうだろう。

だから、ちゃんと伝えないと。


私は一度足を止め、ゆっくりと顔を上げた。

「ごめんね、しばらく私に話しかけてこないで。」

自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。

怒っているわけじゃない。


誰かを責めたいわけでもないし、嫌いになったわけでもない。

だけど、今はこれ以上話し掛けられたくなかった。

曖昧な言い方をしたら、きっと皆はまた心配して声を掛けてくれる。

だからこそ、誤解の余地がないように、明確な拒絶の意味を込めて伝えた。


言ってしまってから、少しだけ胸が痛んだ。

せっかく仲良くしてくれている人達に、こんなことを言うなんて。

でも、今の私にはこれが精一杯だった。

私はそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。


返却口へ着くと、食器とトレーを係の人に返す。

いつもならお礼の一言くらい添えるところだけど、今は軽く頭を下げるだけにした。

そのまま人の流れから離れ、テントのある方へ向かって歩いていく。

周囲にはまだ大勢の人達がいて、食事を終えた人達の楽しそうな話し声が聞こえていた。


だけど、私の周りだけは妙に静かだった。

しばらく歩いたところで、ふと違和感を覚える。

あれ? そういえば、さっきまで一緒にいた皆の気配がしない。

顔を上げて周囲を見渡してみると、クレスもセリーちゃん達も、騎士団の人達もいなくなっていた。


近くにいるのはシルフとドライアドだけだ。

二人とも何も言わず、私のそばについてきてくれている。

他の皆は別の道へ行っちゃったのかな。

それとも、私があんなことを言ったから、気を遣って離れてくれたんだろうか。


分からないけど、今の私にはその方がありがたかった。

皆のことが心配じゃないわけじゃない。

さっきの言い方で傷付けてしまった人がいるかもしれないし、後でちゃんと謝った方が良いとも思う。

だけど、それはもう少し気持ちが落ち着いてからにしたかった。


今、皆を探しに戻ったところで、きっと上手く話せない。

それなら、無理に追い掛けない方が良いだろう。

私は誰も探さず、そのまま自分のテントへ向かった。

シルフとドライアドも、何も聞かずに静かについてきてくれる。


やがて見慣れたテントが見えてきた。

ようやく一人になれる。

そう思うと少しだけ安心したけど、胸の奥に残ったもやもやは消えてくれなかった。

結局、私はその正体が分からないまま、静かにテントへ戻ったのであった。

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