盛大な勘違い⑨
「お待たせ~。」
トレーを両手で持ちながら、セリーちゃん達が待っているところへ近づいていく。
「あ、アイラちゃん!」
私が近づいてきたことに気付いたセリーちゃんが、嬉しそうに手を振ってくれた。
他の皆も笑顔で迎えてくれたので、何だかこちらまで嬉しくなってしまう。
「お待たせしちゃってごめんね。」
「ううん、全然待ってないよ。それより、クレスさんと一緒だったんだね。」
「うん。偶然会ったから、一緒に並んでたんだ。」
そう答えると、何故かセリーちゃん達が顔を見合わせて笑い始めた。
あれ、何か面白いこと言ったかな。
不思議に思っていると、上空から見慣れた二人が降りてきた。
「アイラお疲れ様。」
「実績解除達成。」
シルフとドライアドだ。
何故か二人とも私の顔を覗き込んでいる。
特にドライアドは、意味不明な言葉を発した。
実績解除ってゲームじゃないんだら。
「そんなことより、すごいでしょ。こんなに豪華なご飯が出るなんて思わなかったよ。」
「確かにいつもより豪華ね。」
「冷める前に早く食べるべき。」
うんうん、私も同じ気持ちだよ。
せっかく温かい料理を受け取ったんだから、冷めないうちに食べたいよね。
そんな話をしていると、今度は騎士団の人達がクレスへ声を掛けてきた。
「クレス様、お疲れ様です。」
「ああ、待たせたな。」
「いえいえ、こちらは構いませんよ。」
何だか騎士団の皆さんも妙に機嫌が良い。
さっきからずっと笑顔だし、クレスと話している間も時々こちらへ視線を向けてくる。
ひょっとして私の顔に何か付いてる?
「それでは、ここで別れようか。」
一通り挨拶を済ませたクレスが、そう言って皆へ顔を向けた。
どうやら私たちとは、ここで別れるつもりだったらしい。
だけど、その言葉を聞いた途端、周囲から次々と声が上がった。
「えっ、せっかくですから一緒に食べましょうよ。」
「そうですよ。皆で食べた方が楽しいじゃないですか。」
「アイラちゃんも一緒に食べよう?」
セリーちゃんまで嬉しそうに誘ってくれる。
もちろん、私としては断る理由なんてない。
むしろ、せっかく知り合った人達と一緒にご飯を食べられるなら、その方が楽しいと思う。
だけど、クレスは少し困ったような顔をしていた。
「いや、しかし……。」
「まあまあ、クレス様。そんな遠慮なさらずに。」
「せっかく皆揃っているんですから。」
騎士団の人達も随分と積極的だ。
クレスが何か言おうとするたびに、別の人が一緒に食べようと誘っている。
あれだけ大勢から勧められたら、さすがに断りにくいだろうね。
「分かった。皆で食べよう。」
「やった!」
クレスが根負けしたように頷くと、皆が嬉しそうに声を上げた。
何だかすごい団結力だね。
「アイラも、それで良いか?」
「はい、もちろんです。」
私も笑顔で頷いた。
皆と一緒に食べること自体は、何も問題ないからね。
そうと決まれば、早速座れる場所を探さないと。
幸い、配給所の近くには大勢で利用できる公共のテーブルがいくつも設置されていた。
ちょうど空いている大きなテーブルを見つけたので、皆でそちらへ移動する。
全員分の椅子も確保できたし、これならゆっくり食事ができそうだ。
私は空いている椅子へ向かおうとしたんだけど、何故かセリーちゃん達に誘導されるように、クレスの隣へ案内された。
「あ、アイラちゃんはこっちね。」
「えっ、ここ?」
「うんうん、そこが良いと思う。」
そうなの? まあ、どこに座っても同じだし、別に構わないけど。
そう思って椅子へ腰を下ろそうとすると、隣から声が掛かった。
「あ、少し待ってくれ。」
「うん? 何かありました?」
クレスが私を呼び止めると、椅子の座面へ手を伸ばした。
何をするのかと思って見ていると、まず座るところを丁寧に払ってくれる。
それから懐から綺麗なハンカチを取り出し、椅子の上へ広げた。
「はい、どうぞ。」
「えっ、あ、ありがとうございます。」
うわぁ、本当にこんなことする人いるんだ。
思わず椅子とクレスの顔を交互に見てしまった。
女性が座る前に椅子を綺麗にして、わざわざハンカチまで敷いてくれるなんて。
前世でも創作の世界でしか見たことがなかったよ。
いや、もちろん現実にもそういう気遣いができる人はいるんだろうけど、まさか自分がされる側になるとは思ってもいなかった。
何だか急に恥ずかしくなってきた。
でも、せっかくクレスが用意してくれたんだから、ここで断るのも失礼だよね。
私は小さくお礼を言いながら、そっと椅子へ腰を下ろした。
すると、何故か周囲が妙に静かになっていることに気付いた。
あれ?
顔を上げると、皆の視線が私に集中していた。
ちょっと待って。そんなに見られると、すごく恥ずかしいんだけど。
特にセリーちゃん達、女の子の目が爛々と輝いている。
まるで何か珍しいものでも見つけたような顔をしていて、今にも歓声を上げそうな雰囲気だ。
いやいや、ただ椅子に座っただけだからね?
確かにクレスの行動は王子様みたいだなって思ったけど!
それに、騎士団の人達まで何だか乙女みたいな目をしているのは何なの。
さっきまで勇ましい顔をしていた人達が、揃ってそんな表情をしていると、何とも言えない気持ちになる。
というか、よく見ると皆が注目しているのは私だけじゃないみたい。
どちらかというと、私とクレスを交互に見ている?
うーん、絶対ろくでもないことを考えてそうだ。
とりあえず、早くご飯を食べ始めよう。
皆も座っていることだし、私だけいつまでも周囲を気にしているわけにはいかない。
「いただきます。」
そう言って食事を始めると、ようやく皆もそれぞれの料理に手を付け始めた。
まずは楽しみにしていたお肉から食べてみようかな。
一口大に切り分けて口へ運ぶと、香ばしい風味とお肉の旨味が広がった。
うん、美味しい。
これだけ大勢の人に配る食事だから、美味しそうに見えて実は味付けが手抜きなんて可能性も考えていたけど、そんなことはなかった。
温かいご飯ともよく合うし、これは当たりだね。
だけど、食事を始めて少し経った頃から、何だか妙なことに気付いた。
「そういえば、アイラちゃんとクレス様って、いつからお知り合いなんですか?」
「えっと、以前から何度かお会いしていて……。」
「へぇ、そうなんですね。」
セリーちゃんの質問に答えると、今度は騎士団の人からクレスへ声が掛かった。
「クレス様はアイラさんと随分親しそうですね。」
「ああ、以前からの知り合いだからな。」
「なるほど、なるほど。」
何がなるほどなんだろう。
その後も皆から次々と質問が飛んでくる。
クレスとどんな話をしていたのかとか、普段はどんなことを話すのかとか、そんなことばかりだ。
別に答えられないような質問ではないので、私も普通に返事をしているんだけど。
何だか皆、私とクレスばかりに話を振ってこない?
せっかく大勢で食事をしているんだから、もっと皆の話も聞きたいんだけどな。
特にセリーちゃんとクレス以外の人達とは、今日初めて会ったばかりだ。
どんな人達なのか、まだほとんど知らない。
騎士団の皆さんが普段どんなことをしているのかも気になるし、セリーちゃんと一緒にいる人達とも、もっと仲良くなれたら嬉しい。
だけど、私が話題を変えようとしても、いつの間にかまた私とクレスの話に戻ってしまう。
しかも皆、自分達のことはあまり話そうとしない。
何だろう、この空気。
楽しく談笑しながら食事をするつもりだったのに、何故か私達だけがずっと話しているような気がする。
クレスも時々困ったような顔をしているし、何だか落ち着かない。
とはいえ、皆が楽しそうにしているところへ水を差すのも気が引ける。
結局、私は質問に答えながら少しずつ食事を進めることになった。
ただでさえ私は食が細くて、食べるのにも時間が掛かる。
それなのに、今日は話し掛けられるたびに手を止めていたので、いつも以上に食事が進まなかった。
気付けば周囲の人達は、ほとんど食べ終わっている。
あれ、私だけまだこんなに残ってる。
慌てて食べるのも行儀が悪いし、何より喉に詰まらせたら大変だ。
仕方ないので、最後まで自分のペースで食べることにした。
それでも皆は嫌な顔一つせずに待ってくれていたんだけど、その優しさがかえって申し訳なく感じてしまう。
ようやくお肉とご飯を食べ終え、残っていたスープへ手を伸ばす。
温かいスープを少しずつ口へ運びながら、ちらりと周囲を見渡した。
皆は相変わらず楽しそうだし、クレスもいつもの落ち着いた表情で座っている。
別に嫌なことをされたわけじゃない。
むしろ皆、とても親切にしてくれている。
それなのに、何故か最後まで妙な居心地の悪さが残ってしまった。
私はそんな不思議な気分のまま、最後のスープを飲み干したのであった。




