盛大な勘違い⑧
その後もしばらくクレスはばつが悪そうにしていたけど、列に並びながら他愛のない話をしているうちに、少しずついつもの調子に戻っていった。
「そういえば、アイラは今日ずっと調査をしていたのか?」
「はい。シルフとドライアドに手伝ってもらいながら、あちこち見て回っていました。」
「そうか。二人とも随分と頼りになるようだな。」
「ええ、とっても。私一人だったら見落としていたことも、二人のおかげで気付けたりしますから。」
何気なく上空へ目を向けると、シルフとドライアドはまだ何か楽しそうに話している。
あの二人、さっきから何を話しているんだろうね。
「クレスは今日はずっと騎士団の皆さんと一緒だったんですか?」
「ああ。明日以降の行動について確認していた。大勢の人間が集まっているからな。何をするにも調整が必要になる。」
「確かに、これだけ人がいると大変そうですね。」
「まあな。だが、こうして食事まで用意されているんだ。準備をしてくれた者達には感謝しなければな。」
クレスの言葉に頷きながら、少しずつ進んでいく列に合わせて歩く。
さっきまで妙にぎこちなかったのが嘘みたいだ。
こうして普通に話していると、いつものクレスに戻ったようで何だか安心する。
「そういえば、そろそろ敬語はやめないか?」
「えっ?」
突然話題が変わったので、思わずクレスの顔を見上げてしまった。
敬語をやめるって、私がクレスに対して?
「そんな、私なんて平民ですから。」
クレスはグローザ侯爵家の嫡男だ。
いくら親しくしてもらっているとはいえ、貴族であることに変わりはない。
平民の私が気軽にため口を使うのは、さすがにどうなんだろう。
「私はそんなこと気にしていないのだが。むしろハイサモナーという職業は今の王国にとって貴族よりも価値が高い。私とは対等な立場だと思っていいんだ。」
「そう言われましても……。」
確かにハイサモナーになってから、私を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。
家族や友達、生まれ育った町の人達は、今までと変わらずに接してくれる。
それは私にとって本当にありがたいことだ。
だけど、私のことを知らなかった人達からの扱いは明らかに変わった。
初対面なのに妙に丁寧な言葉遣いで話し掛けられたり、必要以上に敬意を払われたりすることも珍しくない。
最初は何だか落ち着かなかったけど、最近は少しずつ慣れてきた気がする。
もちろん、良いことばかりじゃない。
私が平民なのに特別扱いされていることを、面白く思わない人達もいる。
実際、そういう人達に絡まれたこともあった。
ただ、幸いなことに大きな問題になる前に、周りにいる人達が私の味方になって追い払ってくれることがほとんどだった。
シルフに至っては、クロードのような人間がいないか常に目を光らせている。
何か言い掛かりを付けられそうになると、私が対応するより先に気付いて止めてくれるので、随分と助かっているんだよね。
だけど、だからといって私自身が余計な火種を作って良いわけじゃない。
「いろんなやっかみを受けたりしますので。貴族に対しては敬意を払った態度を取った方が、私にとっても都合がいいんです。」
私がクレスにため口で話しているところを、事情を知らない人に見られたらどうなるだろう。
本人が許してくれていたとしても、周囲の人達まで納得してくれるとは限らない。
わざわざそんな危険を冒す必要はないと思う。
「確かにな。残念だが仕方ない。」
クレスは少し考えた後、納得したように頷いてくれた。
よかった。
せっかくの申し出を断るのは申し訳ないけど、私の事情も理解してくれたみたいだ。
これで一安心かな。
「それなら、二人だけの時には敬語を取って話してくれ。間違えるたびに指摘するからよろしく。」
「ええっ?」
ちょっと待って。
今、とんでもないことを楽しそうに言わなかった?
クレスを見ると、さっきまで残念そうにしていたのが嘘みたいに嬉しそうな顔をしている。
どうやら冗談ではなく、本気で言っているらしい。
しかも、間違えるたびに指摘するって。
それじゃあ、慣れるまでは何度も注意されることになりそうなんだけど。
いや、でも確かに二人きりの時なら問題はない、のかな?
周囲に誰もいなければ、貴族に対して失礼な態度を取っていると誤解される心配もない。
それに、せっかくクレスの方から歩み寄ってくれているんだ。
ここでさらに断るのは、さすがに失礼すぎるだろう。
「分かりました。二人きりの時だけですよ。」
「ああ、決まりだな。」
私の返事を聞いたクレスは、満足そうに笑った。
もう、こちらの気も知らずに、そんなに嬉しそうな顔をしちゃって。
こっちは慣れない話し方をすることになるから、今から少し緊張しているというのに。
でも、こんなに喜んでくれるなら悪い気はしないかも。
もちろん、こんなに人の多いところではため口なんて使えませんからね。
次回以降のタイミングをご期待ください。
そんな話をしているうちに、気付けば列も随分と進んでいた。
最初は数十メートルも続いていたのに、もう受け取り口がすぐそこまで近づいている。
クレスと楽しくおしゃべりしていたおかげで、待ち時間があっという間に過ぎちゃったね。
出口の方へ目を向けると、先に食事を受け取ったセリーちゃん達が待ってくれていた。
少し離れたところには騎士団の人達の姿もある。
皆、私達が来るのを待っているみたいだ。
私も早く夕飯を受け取って、皆のところへ行かないと。
だけど、ここで慌てる必要はない。
列は一定の流れで進んでいるし、私だけ急いだところで順番が早くなるわけでもないからね。
前の人に合わせて、ゆっくりと受け取り口へ進んでいく。
「はい、こちらをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
配給係の人が差し出してくれたトレーを、私とクレスはそれぞれお礼を言って受け取った。
おおっ、これはすごい。
トレーの上には、こんがり焼き色の付いた大きなお肉が盛られていた。
付け合わせには茹でた野菜と芋料理、それに温かいスープまで付いている。
さらに、ふっくらと炊かれたご飯もたっぷり盛られていて、見た目だけでも十分な食べ応えがありそうだ。
前世の定食屋で出てきそうな、立派なお肉の定食といったところかな。
この世界の一般的な平民の食事と比べたら、随分と豪華な内容だと思う。
「わぁ、こんなに大きいお肉も入ってるなんてすごい。」
思わず嬉しくなって声が出てしまった。
だって、お肉が本当に大きいんだもん。
焼き目も美味しそうだし、早く食べてみたい。
「……各国の精鋭が集められているからな。適当な物を出すわけにはいかないだろう。」
クレスが少しだけ言い淀みながら答えた。
ああ、なるほど。
その反応を見る限り、クレスも気付いているんだろうな。
ストレリチアが、精鋭と呼べる人達をほとんど出していないという事実に。
各国の精鋭が集まっているという説明自体は間違っていないんだろうけど、実際の内訳を考えると少し複雑な気分になる。
まあ、その辺りについては今さら私がどうこう言っても仕方ない。
それに、今はせっかくの豪華な夕飯を楽しみたい気分なんだ。
余計なことには気付かなかった振りをしておこう。
私はトレーの上の料理をもう一度眺めると、思わず頬が緩んでしまった。
うん、やっぱり美味しそう。
せっかくのご飯を落としてしまったら大変なので、両手でしっかりとトレーを持つ。
そして、足元と前方に気を付けながら、セリーちゃん達が待っている方へゆっくりと歩いていった。




