盛大な勘違い⑦
あ、そうだ。
クレスに手紙を渡すなら、今が最大のチャンスじゃん。
さっきから渡す機会を探していたけど、まさか向こうから来てくれるなんて思ってもいなかった。
しかも、こうして一緒に列へ並んでいるなら、わざわざクレスを呼び止める必要もない。
周囲には大勢の人がいるけど、手紙を渡すだけなら不自然には見えないはずだ。
私はさっそく腰のポーチへ手を伸ばした。
「これ、人のいないところで読んでください。」
さっき怪しい三人組について書いた手紙を取り出し、クレスへ差し出す。
内容を他の人に知られるわけにはいかないので、ここでは詳しい説明はしない。
クレスなら、手紙を読んでくれれば事情を察してくれるだろう。
その後の対応についても、きっと適切に考えてくれるはずだ。
ところが。
「……。」
あれ?
クレスが一向に手を出してこない。
差し出した手紙を受け取ってくれると思っていたのに、何故かまったく反応がない。
不思議に思って顔を見上げると、クレスはその場で固まっていた。
「クレス、どうしたんですか。前も進んでますよ。」
「あ、ああ。すまない。」
私の声で我に返ったらしく、クレスが慌てて返事をする。
だけど、まだ少し様子がおかしい。
何だか表情が張り付いたようになっている。
それよりも今は列を進まないと。
前の人達は既に歩き始めていて、私達の前に少しずつ隙間ができてしまっていた。
ここで立ち止まっていたら、後ろに並んでいる人達の迷惑になってしまう。
「ほら、行きますよ。」
多少強引だけど、クレスの手を両手で掴んで引っ張る。
私よりずっと大きな体なので簡単には動かせないけど、歩いてほしいという意思は伝わったらしい。
クレスも私に引かれるまま、ようやく足を動かしてくれた。
これでよし。
だけど、何故かクレスの表情はさっきよりも固まってしまった。
うーん、気にしたら負けかな。
それにしても、一体どうしたんだろう。
ひょっとして手紙がみすぼらしかった?
いや、そんなはずはない。
使った紙は、この世界では高級品に分類されるような上質なものだ。
それに、普通の手紙に見えるように可愛いめのラッピングまで施してある。
不審がられないよう、私なりに気を遣って準備したんだから。
見た目に問題があるとは思えない。
となると、何が気になっているんだろう。
まあ、理由は分からないけど、とりあえず受け取ってくれないことには話が始まらない。
「大事なことが書いてあるので、読んでもらえませんか?」
「大事なこと……。」
私の言葉を聞いた瞬間、クレスの表情が一気に真剣なものへ変わった。
さっきまでの固まったような顔とは違い、今度は何かを考え込んでいるように見える。
ふぅ。
どうやら私の真剣な空気が、ようやく伝わったみたいだね。
これなら大丈夫そうかな。
私は掴んでいたクレスの手を離すと、改めてポーチから手紙を取り出した。
今度はクレスも迷わず受け取ってくれる。
「ありがとう。後で読ませてもらう。」
「よろしくお願いします。」
よかった。
これでようやく、クレスへ情報を伝えることができた。
後は彼が手紙を読んで、必要な対策を考えてくれるのを待つだけだ。
そう思ってホッとした、その時だった。
「きゃー!」
突然、少し離れたところから黄色い歓声が上がった。
驚いて声のした方を見ると、セリーちゃん達が何やら大盛り上がりしている。
あれ、どうしたんだろう。
さっきから楽しそうにしていたけど、今度は一体何があったのかな。
そう思っていると、今度は反対側からも声が聞こえてきた。
「うおー!」
騎士団の人達まで大きな歓声を上げている。
しかも、皆揃ってこちらの方を見ているような気がする。
何だか随分と盛り上がっているようだ。
セリーちゃん達も騎士団の人達も、何か楽しい話でもしているんだろうか。
私だけ話題についていけないのは、ちょっと残念だ。
まあ、今はクレスに手紙を渡せたことの方が大事だし、気にしなくても良いかな。
後で私も何があったのか聞かせてもらおうっと。
「金髪、あんたが思ってるような内容じゃないわよ。」
「御愁傷様。」
突然、頭上からそんな声が降ってきた。
見上げると、さっきまで上空で楽しそうに話していたシルフとドライアドが、いつの間にか私達のところへ戻ってきていた。
しかも、開口一番に何だか変なことを言っている。
「違うのか……。」
クレスが小さく呟いた。
何故かひどく残念そうな顔をしている。
えっ、何が違うの?
さっきからクレスの様子がおかしいとは思っていたけど、今度は見るからに落ち込んでしまった。
これまでの話で、そんなに落ち込むような要素ってあったかな。
私が渡した手紙のことを話しているんだろうけど、クレスはまだ中身を読んでいないはずだ。
それなのに、どうしてそんな顔をするんだろう。
「でも大事なことが書いてあるのは本当。ちゃんと読んで。」
シルフが今度は真剣な表情になって、クレスへ念を押してくれた。
さっきまでのからかうような雰囲気とは打って変わって、声にも真剣さが感じられる。
その言葉を聞いたクレスも、ようやくいつもの落ち着いた顔つきに戻った。
「分かった。」
短く返事をすると、手に持っていた手紙へ視線を落とす。
どうやら、ちゃんと重要性を理解してくれたらしい。
よかった。これで手紙を後回しにしたまま忘れてしまうようなことはないだろう。
ナイスフォローだよ、シルフ。
私から何度も念を押すのは気が引けるし、こうして代わりに伝えてくれるのはありがたい。
「それじゃ、後はお二人でごゆっくり~。」
シルフはそう言い残すと、くるりと身を翻して足早に上空へ飛んでいった。
あれ、もう行っちゃうの?
せっかく戻ってきたんだから、一緒に並んでいても良いのに。
「ちゃんとしなさい。」
続いてドライアドがクレスの背中をぺちんと叩く。
偉そうな態度だったけど、クレスは何も言い返さなかった。
むしろ少し困ったような顔をしている。
ドライアドもそれ以上は何も言わず、シルフの後を追って上空へ戻っていった。
二人とも、あっという間に行っちゃったね。
私は遠ざかっていく二人の背中を見送りながら、首を傾げた。
手紙が大事だって伝えてくれたのは助かったけど、本当にそれだけを言うために戻ってきたのかな。
それに、さっきからクレスに対して妙に意味深なことばかり言っていた気がする。
一体何の話だったんだろう。
まあ、手紙の重要性は伝わったみたいだし、今はそれで良いか。
そう思って隣を見ると、クレスはまだ少し複雑そうな表情を浮かべていた。
うーん。やっぱり、何かあったのかな。




