危うい冒険心⑨
『辻斬り』は、サービス開始時から『深い森』に配置されていたモンスターの一体だ。
『ネームドモンスター』じゃない。
普通のモンスター。
だけど、多くのプレイヤーの記憶に刻まれたトラウマモンスターでもある。
本来、生息地はサービス開始当初の最難関ダンジョン。
それなのに、初心者の町の一つ『サジタリウス』近くにある深い森にも、時間湧きで配置されていた。
その理由について、後のインタビューで開発チームはこう答えている。
「冒険には常に緊張感が必要だ。」
結果、多くの初心者が森で突然辻斬りと遭遇し、何をされたのかも分からないまま戦闘不能になる事件が多発。
匿名掲示板には、怒りや戸惑いの投稿が溢れていた。
当時は、そんな理不尽もゲームだから笑って許せた。
だけど、これは現実だ。
死ねば終わり。
だからこそ、この絶望的な状況では最善の選択が求められる。
死の象徴と遭遇してしまったのだから。
ここへ到着してから、まだそれほど時間は経っていないはず。
なのに、時間の感覚さえ失うほどの緊張感が辺りを支配していた。
冒険者たちは動けない。
辻斬りは笑っている。
――恐怖で、体が動かない。
初めて目の当たりにする命のやり取り。
本物の殺意。
自分へ向けられたものじゃない。
それなのに喉が締め付けられ、息が浅くなる。
――逃げたい。
本当なら、《Storage》と念じて『レーヴァテイン』を取り出せばいい。
それだけで何とかできるはずたった。
だけど、極度の緊張で頭は真っ白になり、その選択肢さえ浮かばない。
先に硬直を破ったのは冒険者たちだった。
活路を見出したわけじゃない。
張り詰めた緊張に、耐えきれなかっただけだ。
「構えろ!」
リーダーらしき男が叫ぶ。
冒険者たちは一瞬で陣形を組み直した。
前衛が前へ出る。
後衛が辻斬りへ狙いを定める。
さらに後方ではプリーストが『プロテクション』を唱え、前衛たちの防御力を高めていた。
いい連携だった。
素人の私が見ても、それなりのダンジョンなら十分通用しそうな動きに見え――
――キンッ。
辻斬りが動いた。
一番前にいた冒険者の首が落ちる。
――キンッ。
二番目の冒険者の首が落ちる。
――キンッ。
三番目の冒険者の首が落ちる。
何も見えなかった。
正確には、刀を鞘へ納める動作だけが見えた。
それは前世で知る、居合の動きだった。
「っ……!」
誰もが息を呑む。
一瞬で前線が壊滅した。
誰が見ても絶望的な状況。
それでも、冒険者たちはまだ諦めていなかった。
「『ライトニングケージ』!」
『ウィザード』が冒険者たちと辻斬りの間に雷の檻を作り出す。
「『エンフィーブルメント』!」
『プリースト』が辻斬りを弱体化させる。
「『パワーショット』!」
『ハンター』が雷の檻の隙間から辻斬りを狙う。
放たれた矢が一直線に迫る。
しかし、辻斬りはいとも簡単に身を躱した。
「クソ、避けられた!」
連携は良かった。
だけど、相手が悪すぎた。
回避の直後、辻斬りがもう一度、不自然に身を躱して刀へ手をかける。
――キンッ。
辻斬りが何かを斬ると突然、すぐ隣に男の姿が現れて、その首が落ちる。
今度こそ、全員が完全に硬直した。
新たに首を斬られた男が身につけていたのは、『ローグ』の装備だった。
『シーフ』系の二次職。
『ハイド』などの姿を隠すスキルを駆使して戦う近接アタッカーだ。
仲間たちの攻撃に合わせ、《ハイド》で姿を消したまま辻斬りへ奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。
その動きは悪くなかった。
だけど、私は知っている。
辻斬りは悪魔型モンスター。
この種族は『ハイド』のような身を隠すスキルを看破する能力を持っている。
しかしこの無謀な攻撃を見る限り、冒険者達は辻斬りの種族も、特性も知らなかったのだろう。
だから、通用するはずのない奇襲を仕掛けてしまった。
今度こそ、完全な詰みだ。
辻斬りは獲物を見定めるように、裂けるような笑みを浮かべている。
「もう、無理だ……。」
誰かが呟いた。
あのローグが、この中で一番の実力者だったのだろう。
最後の希望を失った冒険者たちの心は、完全に折れてしまっていた。
「せめて子供だけでも……。」
「『ポータル』を早く繋げ!」
もう自分たちは助からない。
そう確信したのだろう。
それでも、せめてカイ君だけは助けようとしている。
――私は、動けなかった。
手足の震えが止まらない。
怖い。
怖い。
怖くて仕方がない。
ふっ、と両者を隔てていた雷の檻が消えた。
『ライトニングケージ』の効果時間は十秒しかない。
辻斬りが一歩、前へ踏み出した。
「うわあああああああああ!!」
最後の命綱を失ったカイ君の絶叫が森に響く。
「っ!」
次に起こるであろう悲劇に耐えられず、思わず目を閉じた。
もう、ダメだ――。
「下がって!」
突如、どこかで聞いたことのある声が響いた。
思わず目を開けてその声の主を見る。
そこには、一人の女性が立っていた。
辻斬りと冒険者たちの間。
まるで彼らを守るように、その背中を辻斬りへ向けている。
「なんで……。」
五年前とは髪型が変わっていて、後ろ姿だけでは分からなかった。
だけど。
命の恩人の顔を忘れるはずがない。
あの日、死にかけていた私を救ってくれた女性。
ハイプリースト様が、辻斬りの前に立っていた。




