危うい冒険心⑧
深い森は、子供の足でもそう時間がかからない場所にあった。
名前の由来は森の奥深くにあるからじゃない。
凶悪なモンスターが縄張りとしていて、人の手がほとんど入っていない。
だから深い森と呼ばれている。
深い森へ足を踏み入れると小道とは空気そのものが違っていた。
生い茂った木々は陽光を遮り、昼間だというのに辺りは薄暗い。
『スライム』や『スタンプ』といった低級モンスターの姿は消え、聞こえるのは風に揺れる葉音だけ。
自然と足へ力が入る。
ここへ来る途中、私は何度も冒険者とすれ違った。
彼らはまだ町の近くを中心に捜索しているようだ。
それでいい。
町にいた冒険者たちでは、深い森を探索するには力不足だと思う。
一方、私には《HidePC》がある。
姿を隠してモンスターから認識されない私ほど、この森の探索に向いた人間はいない。
私は木々の間を縫うように走りながら、深い森の奥へ進んでいった。
「やっぱり、走るのが少しだけ速くなってる。」
レベルアップのおかげか体がいつもより軽い。
ゲームではステータスポイントを割り振らなくても、レベルが上がるだけで基礎能力が少しずつ上昇していた。
どうやら、この世界でもその恩恵は存在するようだった。
「それよりカイ君はどこに行ったの?」
周囲へ視線を巡らせながら走り続ける。
途中、比較的おとなしい動物型や虫型のモンスターを何度か見かけた。
カイ君が刺激しなければ、おそらく逃げ切れる相手だ。
だけど恐怖に負けて石でも投げれば、取り返しのつかないことになる。
それだけは避けなければならない。
お願いだから、もしモンスターに出会っても何もしないで逃げて。
そう願いながら森を進んでいた、その時だった。
「うわあああああああぁぁぁっ!?」
森の静寂を切り裂くように、子供の悲鳴が響いた。
「近い!」
考えるより先に体が動く。
声が聞こえた方向へ一直線。
邪魔になる木を避けながら、最短距離を駆け抜ける。
やがて視界が開けた。
そこは深い森の中にある小さな広場だった。
十数人ほどの冒険者が隊列を組むように立ち、その後ろには小さな影が見える。
「あれは……。」
間違いなくカイ君だ。
「良かった、生きてた……!」
無事な姿を確認して、胸を撫で下ろしかけた。
だけど、すぐに様子がおかしいことへ気付く。
冒険者たちは全員、カイ君ではなく、その前方へ視線を向けている。
カイ君も、その場に立ち尽くしたまま動かない。
私は全員の視線の先を追った。
全員の前方、地面に何かが落ちている。
「っ……!」
よく見るとそれは首から上が無いナイトの姿だった。
切断面から流れ出た血が地面を赤く染めている。
どくん、どくんと心臓が激しく脈打った。
こんな惨い光景を見るのは、前世を含めても初めてのこと。
目を逸らすことすらできず、頭の中が真っ白になってしまった。
「まだ『リザレクション』すれば間に合う!」
「まずはこの状況を何とかしないと!」
「リーダー、指示を!」
切羽詰まった冒険者たちの声が飛び交う。
ナイトの傷口を見ても『リザレクション』をすればまだ助かるはず。
それでも誰一人、前へ踏み出せない。
彼らの視線の先には一人の男が立っていた。
ぼろぼろの着物と脇へ差した一本の刀。
見た目だけなら、人間にも見える。
だけど、その青白い顔には生気がなく、裂けるような笑みだけが浮かんでいた。
その瞳に宿るのは理性でも慈悲でもない。
獲物を前にした捕食者の愉悦だけ。
「どうしてこんな時に出会っちゃうの!」
忘れるはずがない。
ゲームサービス開始当初、多くのプレイヤーへトラウマを植え付けた悪魔型モンスター。
辻斬りが、そこに立っていた。




