危うい冒険心⑦
帰りは来た道をゆっくり戻る。
せっかく怪我をしないよう慎重に歩いてきたのだから、最後で転んだら笑えない。
「家に帰る前に手も洗いたいよね。」
重い石を何度も握っていたせいで、手には土汚れが付いている。
町へ戻る前に湖で手を洗おう。
そんなことを考えながら森の小道を歩いていく。
思えば今日はこの道に入ってから誰一人見かけていない。
「この道を選んで正解だったみたい。」
思わず頬が緩む。
まさか本当に誰ともすれ違わないなんて思わなかった。
いきなり石がふわっと宙に浮いたり、スライムが何もない空間で弾け飛んだりしたら、誰だって悲鳴を上げる。
サジタリウスの七不思議などになれば暇な冒険者が謎解きに現れてしまうかもしれない。
「変な噂が立ったらやりづらくなるもんね。」
誰もいない森の中で、一人何度も頷く。
この場所ならこれからも人目を気にせずレベル上げができそうだ。
今後も安全に使える場所として覚えておこう。
そんなことを考えながら歩いていると、ようやく木々の隙間から町の外壁が見えてきた。
もうすぐ森の出口だ。
「今日は大冒険しちゃったし、夕方までゆっくり休もう。」
しかし町に近づくにつれてざわざわし始めた。
朝方通過した時とは明らかに違う雰囲気の声が耳まで届く。
「……一体、何だろう?」
足を止めて人々の様子を窺う。
冒険者も町の人たちもどこか殺気立っていて、普通じゃない空気が漂っている。
何事かと思い、近くにいた冒険者たちの会話へ聞き耳を立ててみた。
「この騒ぎは何があったんだ?」
「小さい子供が一人、門番が目を離した隙に町の外へ出たらしい!」
「入口から真っすぐ来たなら、ここを通るはずだろう?」
「その時に誰も気付かなかったのか?」
「どうやら草むらに隠れて抜けていったみたいだ。」
「まさか、『深い森』まで入ったんじゃないだろうな!?」
「っ!」
心臓がどくりと跳ねた。
まさか私が町の外へ出たことがバレた?
だけど《HidePC》を使っていたから見つかるはずはない。
それに私は堂々と門番の前を通過してきたのだ。気付いていたならその時、止められていたはず。
だけどもし私がいないことに近所の子供が気付いて大人に通報したなら?
町中探し回ったけど私がいませんでしたと言う話なら有り得なくはない。
「前々から町の外に出て冒険したいって言ってたって。」
「町の外に出ていくのを友達が見ていたそうだ。」
「それはどんな子なの?」
良かった、私の話じゃない。
私は町の外に出たいとも誰かに見られたわけでもない。
「七歳の男の子だ。カイって名前らしい。」
カイ君なら知っている。好奇心旺盛で、やんちゃな男の子だ。
「なんて無茶なことを。下手すれば命が無いぞ。」
人々が集まる中心に視線を向けると、泣いているカイ君のお母さんの周りへ冒険者たちが次々と集まっていた。
それぞれが武器を手に取り、地図を広げて捜索範囲を確認している。
捜索隊を編成して森へ向かうつもりなのだろう。
町の近くなら、まだ穏やかなモンスターしかいないし保護も容易だろう。
けれど、その先の『深い森』には好戦的なモンスターが数多く生息している。
子供が一人で生き残れるような場所じゃない。
もし本当にそこまで入り込んでしまっていたら。
サジタリウスの深い森には二体の強力なモンスターがいる。
ゲームサービス開始当初、多くのプレイヤーへトラウマを植え付けた悪魔型モンスター『辻斬り』。
そして、チェシャ猫のような見た目をした動物型ネームドモンスター『深い森の主』。
どちらも一次職が何人集まっても勝てるような相手じゃない。
もしカイ君がそんなモンスターと遭遇したら。
「……早く見つけてあげないと。」
気付いた時には、もう体が動いていた。
さっきまで自分に言い聞かせていた『無茶をしない』という約束も頭から抜け落ちている。
冷静な判断もないまま、私は深い森へ向かって駆け出していた。




