盛大な勘違い④
この世界の精霊にとって、女神ガイアはこの世界を生み出した存在だ。
神様が世界を創り世界が精霊を生んで精霊が火を水を風を地を作る。
そんな二人に神様のいない世界があると言っても、簡単には受け入れられないだろう。
「精霊の常識じゃ考えられないよね。だから今はそういうものなんだって考えておいて。」
「ううん……。」
「分からないわね……。」
二人とも揃って唸り始めてしまった。
どうやら自分達が信じていた世界の根底を覆されるような話だったらしい。
いつも聞き分けが良くて、こちらが少し説明すればすぐに察してくれる二人でも、こんな顔をするんだね。
シルフは腕を組んで難しい顔をしているし、ドライアドは何か答えを探すように首を傾げている。
その様子が何だか面白くて、思わず小さく笑ってしまった。
さっきマリスとすれ違った時から続いていた緊張感も、少しずつ解れていく。
「話を戻すね。」
まだ納得できない様子だったけど、二人ともどうにか考えるのを中断してこちらへ向き直ってくれた。
「マリスの世界に神様がいれば、存在を懸けて戦ってただろうけど、マリスの世界に神様はいなかった。だから女神様はマリスの世界を滅ぼしたの。」
二つの世界が引かれ合い、どちらも消滅しかねない状況。
そんな中で、ガイアは自分が守るべき世界を選んだ。
「そっか。どちらかしか助けられないなら、女神様はこの世界を選ぶよね。」
ドライアドが静かに頷く。
精霊である二人にとって、女神様がこの世界を守ろうとしたこと自体は不思議でも何でもないのだろう。
だけど、その結果は決して軽いものではなかった。
「結果、向こうの世界は消えて住人は全員死亡。あっちの世界で一番強いサイボーグだったマリスだけが生き残ってしまったの。恋人も友達も失ってね。」
マリスだけが生き残った。
住んでいた世界も、そこに暮らしていた人々も、すべて失われた中で。
いくら強い力を持っていても、消えてしまった世界から大切な人を取り戻すことはできなかった。
少なくとも、その時のマリスには。
「世界を繋げてしまったのはそっちだから自業自得とはいえ、悲しい結末ね。」
シルフが少しだけ声を落として呟いた。
確かに、世界を繋ごうとした研究が原因だったことを考えれば、自分達で招いた結果とも言える。
だけど、その研究に関わっていなかった人達まで含めて、世界そのものが消滅してしまった。
そして、たった一人だけが生き残った。
「強すぎるが故に生き残ってしまったマリスには、たった一つだけ願いがあったの。」
すべてを失い、たった一人で見知らぬ世界に取り残されたマリス。
彼がその後、何を求めて生きることになったのかを説明する必要がある。
そこまで話すと、シルフとドライアドが揃って私の顔を見た。
「女神様に復讐する?」
ドライアドが少し不安そうに尋ねてくる。
自分の世界を滅ぼした相手なのだから、復讐を考えたとしても不思議ではない。
だけど、マリスが最も望んだものは違った。
「ううん、恋人を生き返らせること。」
「でもそれって『リザレクション』でも生き返らせられないほど前の話じゃないの?」
シルフの常識に照らし合わせれば、その通りだ。
『リザレクション』は死者を蘇らせることができる奇跡だけど、いつでも誰でも生き返らせられるわけじゃない。
「そうだね。それに恋人は世界の崩壊に巻き込まれて肉体ごと消えちゃったから、仮に間に合ってたとしても『リザレクション』はできなかったんじゃないかな。」
魂が残っていたとしても、蘇らせるための肉体が次元の向こうだ。
少なくとも私が知っている『リザレクション』では、そんな状態から人間を生き返らせることはできないはず。
「じゃあ無理だと思う。」
ドライアドもあっさりと結論を出した。
まあ、普通はそう考えるよね。
この世界には死者を蘇らせる奇跡が存在しているけど、それでも超えられない限界はある。
「だけどマリスはそうは思わなかった。もちろんマリスの世界でも死人は生き返らない。」
元々魔法も奇跡も存在しない世界にいたマリスにとって、死んだ人間が生き返らないのは当然の常識だったはずだ。
だけど、この世界には自分の常識では説明できない力が存在している。
だからマリスはこう考えた。
「『私の願いを叶えてみせろ。奇跡も魔法もある世界なら。』とね。」
「ムチャクチャね。」
シルフが呆れたようにため息をついた。
まあ、言いたいことは分かる。
死んだ人間を生き返らせることさえ奇跡なのに、その奇跡でも救えない相手を蘇らせようとしているんだから。
「私の前世も魔法がない世界の住人だから気持ちは分かるよ。自分の常識に当て嵌めたら無理なことでも、未知の力があるならそれに縋りたくなったんじゃないかな。」
それがどれほど途方もない願いだったとしても、最初から諦めることなんてできなかったのかもしれない。
私だって、もし自分の大切な人を失ってしまったら。
その人を取り戻せるかもしれない方法があると知れば、簡単には諦められないと思う。
もちろん、だからといって何をしても良いわけではないけどね。
「分かんない。でも、かわいそう。」
ドライアドが泣きそうな顔をしていた。
何を考えているのかまでは分からない。
だけど、マリスが経験した出来事を聞いて、何かすごく悲しいことを想像したのだろう。
その表情を見ていると、少しだけ胸が痛くなる。
「以降は自らは絶対に表舞台には立たず、過去に戻る装置の開発、死んだ人間の完全再生、魂の具現化。思い付くことは何でもやってる感じ。」
アルカナの実質的な権力を握りながらも、マリス自身は小さな部署の部長という立場に収まっている。
表向きの地位や名声には興味がないのだろう。
彼が求めているのは、失った恋人を取り戻すための方法だけ。
時間を遡れば、世界が消滅する前に戻れるかもしれない。
肉体を完全に再生できれば、死んだ人間を元通りにできるかもしれない。
魂を具現化できれば、失われた存在そのものへ手が届くかもしれない。
そんな途方もない研究を、マリスは続けている。
「もはや神の領域よそれ。」
シルフが呆れを通り越したような声を出す。
確かに、やろうとしていることだけを聞けば神様の御業そのものだ。
「まぁほら。神様はいるから。」
この世界には女神ガイア以外にも、ガイアの子供である神々や、ガイアと同じ時期に生まれた存在がたくさんいる。
もし彼らがマリスを助けたいと願えば、その願いは叶うかもしれない。
もちろん、本当にそんなことが可能なのかは私にも分からない。
だけど、神様という存在が実在する以上、絶対に不可能だと言い切ることもできないんだよね。




